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小説「実在人間、架空人間」第十六話

 木漏れ日が大道から吐き出された煙草の煙の間を抜け、黒煙に似た灰色が薄く鈍った色に変化する。その空気中にただよにごった色を何となく、ただ何となく目で追っていると、突如選挙カーかのような大音量の音声が辺りに響き渡った。

『あー、テステス、ただいまマイクのテスト中』

 木々の隙間から聞こえたこの場に似つかわしくない機械音声は「んー、あー」と更に続け、幾度か音声のチェックをしているようだった。一時の静寂から妙なリバーブの効いたステレオ音声、妙な人では無くそれでいて機械じみた声が音声のチェックをどうやら終えたようで、さらに続けて小気味いBGMが流れ、その音楽に乗せてこの場の案内かのようなガイダンスが始まった。

『ようこそお集まり頂いた皆様、御初にお目にかかります、当ゲームにおけるナビゲーター兼プレイヤーを務めさせて頂いております、フィクテイシャスと申します』

 機械音声が、ははっと笑う。

『おっと、目には見えないようでしたね、私達は架空の存在、実在するあなた達にとってはまさに神のような存在と感じるでしょう』

 皆は驚かない。

 それはここでの数々の不可思議な現象に慣れてしまっている為だ。

 むしろしっかりとこの場の状況を知れるこの声こそ聞き入る必要があると感じ、現状をさらに知りたいといった様子で私を含め、皆この音声をただ黙って聞いている。

『いやいやご安心を、私達は神ではございません、次元の違いと言えば宜しいでしょうか、あなた達が生きている世界とはまた別、そこに存在する者であるとしてご理解頂ければ判り易いかと思います。正確には私達は存在はしないのですがね、そちら側の人間の言葉を利用するならば、別の世界とお伝えするのが正しいと言えましょう』

 ここに来て機械的な音声が人のようなしっかりとした口調に変わっていく、声に実に迫った人間らしい抑揚が付き始める。

『ここの存在理由は、あなた達の元居た世界と同様、存在理由はありません。これは私達でさえ知る由は無いのです。しかし、しかしながら、私達の目的ははっきりとしているのです』

「目的?」「目的?」

 ガクとハクが音声に対して目的という言葉を反芻はんすうするようにして聞いた。

『そうです、目的です。これはあなた達で言う所の本能というべきでしょうか、あなた達に生きている理由を問えば、本能のようなただ生きている、という認識であるとする、この一種の行き付く考え、結論のようなものと同じと考えて下さい』

 音声はこちらと対話も出来るようだ、どうやら録音では無いらしい。

『ここに主要な九人が集まれば私達二人は、その九人から無作為に二人を選び乗っ取る、そう決定づけられています、かといってあなた達と同様に私達にもしっかりと自我はあり、そしてこの乗っ取りという行為はごく自然に行われるのです』

「乗っ取る?」

 私は思わず聞いた、というよりも自然に口に出た。どういう意味だ、それにこの音声の主が言うに、彼らは二人いるとも言っているが……。

『ええ、乗っ取ります、そしてゲーム、ここではあるゲームがこれから行われるのです』

 BGMがここで停止、次にドラムロールのような音が響き渡る。

『そのゲームとは……』

 ドラムロールがしばらく続いたのちにシンバルの音が響いた、この音も木々から抜けた音のように感じさせられる。

『実在人間、架空人間』

 少しの間、その少しの静寂を待って音声が叫んだ。

 いや、叫ぶという感情のようなものではなく、少々恰好をつけた気取った声で荒げた。まさにゲームのようにタイトルコールを発声するかの如く、エコー、リバーブ、そういった音の要素をプラスした音声で叫ぶかのようにして発せられた。

「え、何やそれ……」

 松葉は恐らくは意味は理解出来ていない、この音声によるテンションの差というべきか、違和感だけを感じ取っているようだった。

 ここで軽やかなBGMが流れ始める。

『簡素ではございますが、これから軽くルール説明を致します、まずはテーブルをご覧になって下さい』

 白い円卓を見ると先程までは存在しなかったリボルバー式の拳銃が九丁、そして九冊の本があった。

『口頭では一度しかご説明致しませんが、ご安心下さい、そこに置かれたノートに詳しく載せております、謂わばそれはルールブックのようなものと捉えて頂ければと思います』

 話も途中だというのに有本は小走りでテーブルに向かい、ノートと銃を手に取って確認した。皆はそれをただ眺めてアナウンスに耳を傾けた。

『さて、お気づきの方もおられるようですね、このゲームは皆様で殺し合いをして頂くというものです』

 ここに来てもう意外性は存在しない、皆もこの異様な雰囲気に飲まれることなく聞いた。時間を表記するデジタル時計、九脚の椅子、拳銃、ある程度この時点で皆も察していたのだろう。普段よく喋る松葉も、一切説明に割り込む様子も無く「何やそれ……」と小さく呟いただけだった。

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