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【記事翻訳】かつて密かな嗜好品だったロマンス小説は、もはや布団の中に隠される秘密の存在ではない

今回は、オーストラリアのメディアであるThe Sydney Morning Heraldでロマンスに関する面白い記事を見かけたので訳してみました。ロマンス小説はBookTokの牽引もあり、今や出版業を支える存在となっています。ロマンスの持つパワーと、ジャンルに対する偏見・ミソジニー問題、ロマンス小説における多様性に触れた良記事です。

元記事:Once a secret indulgence, romance novels are coming out from under the covers - The Sydney Morning Herald

昔々、ロマンス読者はミルズ&ブーンの本に偽のカバーをつけたり、kindle端末で『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』をこっそり読んだりしていた。しかし、今や彼らは声高に、誇らしげに、ソーシャルメディア上で意見を交わし、ペーパーバックや電子書籍に大金をつぎ込んでいる。書店は読者の旺盛なニーズに応えるため、ロマンス本を前面に押し出して陳列している。
(えこ注釈:ミルズ&ブーン社はイギリスの出版社で、ロマンスを中心にハードカバー本を出版している。それらの再版権を買い取ったのがカナダのハーレクイン社で、ミルズ&ブーンのハードカバーをペーパーバック化し、「ハーレクイン・ロマンス」と銘打って売り出した。これがかの有名なハーレクイン。そのためハーレクイン・ロマンスの舞台のほとんどがイギリスで、英連邦王国の一部であるオーストラリアやニュージーランドが舞台のロマンスも多いのだ)

病気、戦争、気候危機、利上げに悩まされる世界で、ロマンス小説は読者に安らぎと希望を与える。そのため、2020年が出版業界全体で、あらゆるジャンルのフィーリング・グッド・フィクション(心が温まる小説)が豊作の年であったことは驚くことではないかもしれない。人々は時間に余裕があり、困難な状況にあるとき、逃避と娯楽を求めて読書に走る。

ハーパー・コリンズの一部門、HQの発行者であるレイチェル・ドノヴァンは、フィクションがもたらす「心地よさ」についてこう説明する。「心理学的に、物事が本当に恐ろしくなった時、そこから逃避できる安全な空間があるのはいいこととされています」

それがフィーリング・グッド・フィクションであれば、読者はハッピーエンドになるとわかっている。「結局のところ、人間は習慣の生き物です。私たちはただ楽しませてもらい、幸せにしてもらいたいだけなのです。私たちが求めているのは、私たちを旅に連れて行ってくれる存在なのです」
ロマンス小説は、そのハッピー・エバー・アフター(えこ注釈:ロマンス界隈ではよく”HEA”と略される。物語が幸せな結末を迎えることを確約するため、概要欄に記載されることが多い)のエンディングのおかげで、常に読者にこの満足感を与えてくれるが、その途中には予想外の不確定要素がいくつか放り込まれる。

2018年オーストラリア・ロマンス作家協会(RWA)会議の基調講演で、パンテラ・プレスの発行者であるケイト・カスバートは、ロマンスは女性たちに「健やかに生きる」という希望を与えると語った。彼女は、現在のロマンス小説で扱われるテーマや問題は「人間性、キャリア、野心、自己受容、自己愛、セックス、素晴らしいセックス、心を揺さぶるセックス、性の自律、身体の自律、生き生きとした滋養に満ちた友情、情熱的で永続的な恋愛」に対する楽観主義を提供する、と提起した。

このジャンルは他の文学作品と同様に、社会の変化を反映している。例えば、セーフ・セックスと性的同意は現代の人間関係で求められるようになり、ロマンス小説にもそれが反映されている。ロマンス作家が親しみを込めて 「ロマンセランディア」と呼ぶように、ロマンスのヒロイン達は現実の女性と同じような存在だ。彼女たちは、常に自分を「完成」させてくれる支配的なアルファヒーローを求めるナイーブな異性愛者の乙女ではない。むしろ、彼女たちは旅慣れた、しばしば皮肉屋で、たいていは面白いパワフルなプロフェッショナルであり、有意義なキャリアと機能的なパートナー──男性であれ、女性であれ、それ以外であれ──を求めて努力している。そして時には一度に複数の相手を探すこともある。

作家のクレア・コネリーは、ロマンス小説はいつの時代でも社会の視点を反映するものであり、何十年にもわたって社会を研究するのに適した方法だと考えている。
「ロマンス小説では、恋に落ち、幸せに暮らす二人の登場人物の間に、本物の人間的なつながりがあることが分かります。とても意味があり大切なことで、あらゆる文化、時代、性的指向を超越しています。それは主体性、自己表現、相互尊重、自分自身の境界線を引くこと、そして誰かにそれを尊重してもらうことなのです」

オーストラリア人作家のためのエージェンシーを率いる著作権代理人、アレックス・アドセットは、ロマンス小説が垣根を取り払いつつあると付け加える。
「クィア・ロマンスは非常に多く、クィア・ヒストリカル・ロマンスは私が今一番読みたいもののひとつです。しかし、トランス・ロマンスや、さまざまなヒロインやヒーローの表現、強くあることの意味についてのさまざまな考え方もあります。いろんな作家がいろんなキャラクターを書いています。
 ロマンス作家は、世界を変え、境界を押し広げる芸術を創っています。彼らは人々が幸せに感じ、読者が勇気づけられる方法でそれを成し遂げており、業界の誰よりも多くの金を稼いでいます」

しかし、アドセットは以前ロマンスに対して 「鼻持ちならない」ところがあったと認めている。「古いミルズ&ブーンの本を読んで、ロマンスとはそういうものだと思っていました。物心ついたときから本の中のロマンスに惹かれていたけれど、20代になって初めてロマンスの読者であることを受け入れ、ロマンスがいかに豊かで幅広いものであるかを知りました」

コネリーは、女性が主導し女性が書いた物語というだけでロマンスを読むことに恥ずかしさを感じる人がいるのは、ミソジニー(女性差別)の一種だと考えている。「ロマンス小説を侮辱するような言葉──たとえば定型的だ、などという言葉でさえ、私は気が狂いそうになります。どのジャンルも慣例に従っているし、そもそもそれは悪いことでは全くないからです。ロマンス小説は一編一編が異なる物語であり、登場人物も葛藤も異なるのだから」

コネリーは初めて本を出版してから9年間で120冊の小説を執筆した。現在、彼女はミルズ&ブーンと契約し年に4作を執筆している傍ら、毎年4作を自己出版している。

オーストラリアでは小説家はあまり儲からないという思い込みが蔓延っているが、伝統的な出版方法であれ自己出版であれ、作品で生計を立てている地元のロマンス作家は何十人もいる。オーストラリア・ロマンス作家協会(RWA)をはじめとする団体は、彼らがキャリアを成功させることができるよう、技術とビジネスの両方を学ぶ手助けをしている。

オーストラリアで作家として成功するには、努力とプロ意識が必要だとコネリーは言う。「執筆活動は他の仕事と同じように様々な要因に左右されます。でも、書くことでフルタイムの仕事と同じレベルの生計を立てている人もたくさんいます」

RWAに参加したことで、コネリーは孤独感が和らぎ、コミュニティやつながりを求める気持ちが満たされたという。最初のRWA会議で出会ったレイチェル・ジョンズやエイミー・アンドリュースといったベストセラー作家は、当初は彼女の執筆の支えとなり、今では私生活の友人となっている。
「ラブストーリーを書くことに惹かれる人々には、きっと何かあるのでしょう」とコネリーは言う。「彼らには楽観主義と前向きさが内在しているのです」

アドセットも同意する。「ロマンス作家は自分の仕事を愛しています。彼らはヒーロー・ヒロインと、うっとりするような瞬間を愛しています。そして、これがビジネスであることもよく理解している。彼らはやり手で、戦略的で、業界を自分たちのために働かせることができます。出版業の他のあらゆる面が低迷しているかもしれませんが、ロマンスは力強く生き続けています。
 ロマンス作家は、文章を書くという芸術と、出版という商業とがどのように交わるかについて、特別な意識を持っています。そのような戦略的センスを持つ作家と仕事をすることは、私にとってとても新鮮で刺激的です」

商業的な側面で、ドノヴァンはロマンスというジャンルが市場において非常に重要な位置を占めていることに同意している。ロマンス作家に対する彼女の尊敬の念も同様に高い。彼女は彼らを「とてもビジネスライクで、自分のスキルを分かち合い、お互いに協力し合っている」と評する。

ドノヴァンは、ロマンス・ファンの読書欲は旺盛で、彼らが週に5冊から10冊読むこともあることを意識し、常に新しい作家や新しい意見に目を光らせている。
「私たちは、読者が定期的な出版を望んでいることを頼りにしています。私たちは、そのような読者層に応えるために、一定のノルマを課しているのです」

傾向として、ドノヴァンは、ルーラル・ロマンス(地方や田舎が舞台のロマンス)は業界の重要な要素であり続けると予測している。「私たちは田舎を旅して、自分たちを反映したものを読むのが大好きです。オーストラリアの魅力はこれからも強くあり続けるでしょう。人々がオーストラリアのコンテンツを求める限り、ヒストリカルであれコンテンポラリーであれ、オーストラリアのロマンスは存在し続けるのです」

ドノヴァンは、読者に地元の作家を応援するよう勧めている。「本を買ったり、借りたり──本を読むのに悪い方法はありません。オンラインでも、オーディオブックでも、あなたが好きなフォーマットで地元の作家を応援し、特に特定のジャンルの作家を応援してください。
 新しい本の話を聞いたり、興味をそそられるものを見たり、例えば『うーん、自分には向いてないかも』と思わせるようなことを誰かが言っていたとしても、試しに読んでみてほしいです」

アドセットはまた、先入観を捨ててロマンス本に挑戦するよう読者に勧めている。「このジャンルには、最もエキサイティングで楽しく、画期的な物語があります。本当に革新的な文章がどこにあるのか知りたければ、ロマンスを読んでみてください」

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