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野生の思考の音楽

野生の思考


 「野生の思考」という哲学書がある。構造主義哲学だ。1962年に出版され、著者はレヴィ・ストロース。この本は非常に示唆に富んだ本だと思う。良い本なんて大概示唆に富んでいるんだけど。
 この中にある「熱い社会」「冷たい社会」という概念は面白い。「熱い社会」とは簡単に言うと文明社会のことで、「冷たい社会」は未開の社会のことだ。詳しくは後ほど。
 レヴィ・ストロースという人だが、他にも有名なものに「悲しき熱帯」があり、その中で彼は当時まだ多く存在していたアマゾンやらそこらの原住民、裸族の方々と交流している。野蛮人、土人、未開といった表現もあったような。なんにせよフィールドワークというやつだ。それが「野生の思考」の発見に繋がる。

冷たい社会のバランス感覚

 レヴィ・ストロースは未開の社会が決して低レベルとは言えない複雑な構造であることを発見する。彼らの生活する集団の構造だ。配偶者をどのように選ぶかなど。細かいことは省くが、緻密な計算で導かれた訳では無いのにも関わらず、複雑且つ合理的な法則を彼らは自分たちの社会に取り入れていた。それこそ「野生の思考」によるものだという。
 半族やらトーテムなどのグループ分け、そして全体的な協調。それらは絶妙なバランス感覚だ。レヴィ・ストロースは自文化中心主義的な文明社会の風潮の中でそのような主張をしたわけだ。文明社会の驕りに冷水をぶっかけた。
 半族を例にすごくざっくり説明すると、半族は二つのグループから成るのだけど、結婚の際には相手側のグループから配偶者を選ぶ。その時女が嫁いでくる(別の部族では男が嫁いでくるパターンもあり、部族によって法則が違う)。このようにして半族の各々の数に偏りが出ないようにバランスが取られる。
 こういうのが結婚以外にも農作業などのグループにも適応される。また、グループの数が二つどころではない部族もある。そうなると、複雑に絡み合いながら機能的に協調している彼らの社会が現れる。もちろん、部族によって複雑さの度合いは変わる。

冷たい社会の利点

 「熱い社会」は歴史を大事にする。それを糧に前進し、その結果、文明は発展していく。一方で「冷たい社会」は歴史を残さない。だから過去から長らく続いてきているであろう原始的な生活様式を繰り返すのだ。これだけを見れば圧倒的に「熱い社会」に軍配が上がるように思える。しかし、本当にそうだろうか。
 そもそも人類、というか生き物の本分とは何なのか。それは「子孫を残す事」だと思う。人間以外の生物で生きている中で余暇を楽しむものはあまりいないだろう。虫の一生なんてあっという間だから余暇なんてあるはずもなく子孫を残すのに必死である。やたら卵を産んでみたり、一回の出産で大量繁殖したり、種の存続の為に色々なやり方があるのがわかる。もう一つ重要なのが「永らく繁栄させる事」だ。環境に適応するように進化するのはその為だ。
 こういった視点を含めた上で「冷たい社会」を考えてみるとどうだろう。物質的には恵まれていないが「熱い社会」のように資源を摂り過ぎたりはしない。環境に対する配慮のない文明社会は自分たちの住処を自分たちで破壊してしまう勢いだ。
 「熱い社会」は点で見れば充実しているように思えるが、線で見ると先は長いのだろうかと疑問が浮かぶ。細く長くが「冷たい社会」だとすれば「熱い社会」は太く短くとなってしまうかもしれない。先程の生き物の本分の一要素、「永らく繁栄」ということにおいては「冷たい社会」に分があるように思えてくる。もちろん、「冷たい社会」は「熱い社会」のように自然を征服してはいないので翻弄されてしまうという弱点はあるが。
 ただ、「熱い社会」もこのままでは駄目だと気付いてからは公害などの問題を意識するようになり、熱暴走だけは免れようと努力しているところもある。それでもここ百年や二百年での環境へのダメージはこれまでの人類の歴史数百万年をピタッと止めてもおかしくない力を感じる。「熱い社会」は不安定なのだ。
  このような状態で一万年後どうなっているかと考えたら、どこかのタイミングで大きな過ちを犯してもおかしくはない。しかし、裸族のような生活ならそのような不安はない。恐らく一万年後も似たような生活をしている。もちろん、「熱い社会」の我々からすれば味気なさそうに思えてしまうけど。
 実際のところ「冷たい社会」は「熱い社会」の接触により収縮しているのが現実だ。文明社会から持ち込まれた伝染病によるものだとか色々聞く。しかし、「熱い社会」は消え去りつつある「冷たい社会」から学ぶことはできるはずだ。

コードとモード


 ここで音楽の話に移る。「コーダル」「モーダル」という言葉をご存知だろうか。この言葉は菊地成孔氏、大谷能生氏の共著である「憂鬱と官能を教えた学校」で知った言葉だ。本当はまた別の人が使い始めた言葉と書いてあったような。まあいい。コーダルはコード的、モーダルはモード的という意味だ。ではコード的とは、モード的とは、という話になってくる。

コード


 コードはコード進行という言葉がある通り進んでいくものだ。そこには展開がある。そのような法則をまとめたのが音楽理論だ。とはいえ、音楽理論って音を数字で示して位置関係を知る事ができる側面と、「このコードのときはこの音が使えます」とか、「このコードの次はこれらのコードがいいですよ」、みたいな側面がある。コーダルについて語るときは後者の側面に注目する。
 具体例。「起立、礼、着席」のときのピアノの音を想像していただきたい。コード進行はC-G-C。最後の「着席」のときのCの音が別の音なら多分終止感に欠ける。もしくはズッコケる。終止感、収まるところに収まった感じ、が聴いていてストーリー的に解釈される。耳に残りやすい。いわゆるキャッチー。そこまでいうと安易過ぎるかもしれないけど。この音の次はこう来るだろう的なパターン。それを敢えて崩すとちょっと洒落た感じになったりするのは置いといて。

モード


 次にモードだが、モードという言葉自体は単純に旋法という意味もあるので混乱を招きやすいが、今回扱うモードという言葉に関しては、「モードジャズから発展したコード進行を主な動力としない音楽」という意味で話を進めたい。もちろん、この言葉の成立に旋法という意味も無関係ではない。
 モードジャズ前夜のジャズは豊かなコード進行の上に即興で演奏するビ・バップというものだった。複雑に進行したりもするがメロディは比較的甘い。モードジャズのコード進行はそれ以前のジャズと比べてコード的というよりはモード的、つまり和音(コード)より旋法(モード)の存在感が強い構造だったからそう名付けられたのだろう。
 モード的である事の解釈は難しい。先程挙げた御二方の共著と別のこれまた共著、「M/D」という本にも詳しく書いてある。マイルス・デイビスの事を書いている本だ。
 モードはコードのように場面転換がストーリー仕立てに変わっていく訳ではない。モードジャズの中でも有名な「So What」を聴いてみると、理論とかよくわからない人でもストーリーが展開しているというよりは停滞している感じが伝わると思う。俺も理論とかそこまでわからない。でも展開する音楽に食傷気味の人には鋭く刺さる音楽だ。いきなり「これ良いね」とはなりにくい音楽な気もするけど、何かのタイミングで凄くグッとくる。ポップでキャッチーなメロディの甘ったるさに嫌気が差したら聴いてみるといい。
 他にも例として挙げられていたのが同じフレーズを繰り返しながら楽器の編成が変化していく音楽。生楽器でなくてもいいんだけど。フレーズの横で打楽器の音が入ったり消えたり、ベースの音が入ったり消えたり。クラブミュージックとかそんな感じか。
 映画「インセプション」のメインテーマとか。繰り返している。でも聴き手からすれば音楽として成立している。メロディ的な、コード的な展開がなくても成立する音楽。コード進行以外の部分で展開を見せていると言えば「展開がない」という表現はちょっと微妙なんですがね。
 ジェームス・ブラウンのゲロッパこと「Sex Machine」も御二方の本の中で触れられていた。ワンコードでノリだけで聴いていられる音楽だ。
 他にもハードコアなブラックミュージックであるデトロイトテクノも展開というより繰り返すイメージ。今日日モーダルは特殊なものでもなく、探さなくとも普通に見つかるだろう。コーダルな要素以外をモーダルは包括するというぐらいモーダルの表現は幅広いという。これを野生の思考に繋げる。

野生の思考の音楽


 ここで話は「熱い社会」と「冷たい社会」に戻る。単刀直入に言うと、「熱い社会」ってコーダルで「冷たい社会」ってモーダルじゃないか、という話。「熱い社会」は歴史を残し、文明を展開してゆく。コードもコード進行によって展開してゆく。なんか西洋的ですね。「冷たい社会」は歴史を消去し、同じ生活様式を繰り返すどちらかというとモードだ
 今ではどちらの音楽も受け入れられている。美しいコード進行ばかりでなくてもいい。エレクトロミュージックなんてリズムマシンだらけでも面白く、メロディを口ずさみにくい音楽だったりする。そういうのはコーダルに含みにくいからどちらかと言えばモーダル。まあ、完全にコーダルとか完全にモーダルとかはなく、混ざり合っているのが実状だという。グラデーションだ。
 「熱い社会」の暴走を抑えるのは「冷たい社会」の視点だ。モードは「冷たい社会」の使者として「熱い社会」に溶け込み、我々の社会を冷却するかもしれない。本格的な「冷たい社会」の理解が待たれる。それは、社会的な必要性の為というより、文化的好奇心によるものとして訪れるかもしれない。


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