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喜多嶋修「弁才天」の和洋折衷

音楽上の和洋折衷の難しさ

 和楽器をロックやポップス、ジャズなどに取り入れる音楽を聴いたことはあるだろうか。こういった音楽を生み出すときの調合は難しい。和楽器の響きは繊細で、ポピュラーミュージックに使われるドラムセットやエレキギター、ベース等の電子楽器と上手く合わないときがある。無理矢理用いる事も出来なくはないが、何となく持ち味が殺されているというか、せっかくの和楽器が飛び道具的な音色としてしか扱われていない感じに聴こえる。
 何も和楽器だけに限った事でなく、民族楽器全体に言える事だと思う。何ならバイオリンだってそうだ。キンキンのスネアに、ハイゲインなギターに、ゴリゴリしたベースに、と来られてはやはり「お客様感」が漂う。バッサリ言うと「水と油」だ。

絶妙な音の協調、妙音天こと「弁才天」

 どうすれば全体的な協調が図れるのか、その答えの一つが1976年作のアルバム「弁才天」のタイトル曲である「弁才天」にあると思う。アルバム「弁才天」においては、琵琶、三味線、鼓、尺八、篠笛、等など、様々な和楽器が導入されている。その編成の中にエレキギター、エレキベース、キーボードまでも見事に共存している。エレキギターの音は少々歪んだりするが、全体を侵食するような暴れ方はせず、必要以上に前には出ない。特徴的なのが打楽器である。いわゆるスネアやバスドラがあるドラムセットではない。鼓などの和楽器の他にはアフリカの打楽器が使われている。また、曲によってはリズムマシンを導入しているが、それらも主張しすぎる事がなく協調している。ドラムが存在感を主張して来ない分、ベースの役割は重要だ。ベースは前に出過ぎずとも存在感を見せつつ全体を支えているという絶妙な感覚。
 和楽器を上手く扱った面白い音楽は無いのかと思った矢先に出会い、個人的にはこの上ないと感じた。和楽器としての背景を殺さずに上手く生かす作品は珍しいと思う。

民族楽器との壁


 ありとあらゆる演奏される楽器に言えることだろうけど、演奏の中には人間独自のリズムの揺れのようなものがある。更に民族音楽のリズムは地域によって様々だ。日本の音楽のリズムは現代のポップス的な一定のリズムを刻むものとは違う。比較的一定なアフリカの音楽ですら正確なリズムばかりを目指している訳ではなかったりする。しかし、民族楽器はその各々のリズムの中で活かされるのである。
 冒頭の方の「無理矢理用いる」という言葉の意味はこういう背景の上で理解される。その背景を理解した上で民族楽器を活用しようというのなら、音響的な要素とリズムの枠の要素に注意すべきだろう。
 結局のところ妥協点は民族楽器の居る方面にした方が良いのではないかな、という話だ。ポピュラーミュージックと民族楽器の折衷に関する個人的な見解はこれくらいにして最後にアルバムの内容に少し触れる。

アルバム評

 アルバムは5曲で構成されており、何と言っても良いのがタイトル曲である「弁才天」だ。アフリカのパーカッションがリズムの基礎を作り、その上をベースが耳に残りやすいラインを描く。ギターは刻みながら電気的サウンドを撒き、キーボードの繰り返されるフレーズが機械感を醸し出し、民族的なサウンドとの折衷が決定づけられたその時、テーマは篠笛の出現と共に盛り上がり始める。三味線もパーカッシブなアプローチで和の雰囲気を強調しているが、ギターのフレーズを三味線が代わりに弾くというような事はなく、三味線の扱いは作品を通して決して優遇されている感じはしない。使い所を徹底している印象を持つ。
 この作品の何が良いって和楽器が場の展開の鍵をしっかり握っているところだと思う。4分に満たない長さなので是非一聴願いたい。
 他の曲でベースがあるのは3曲目の「天狗」だけだ。この曲はエレキギターの存在感が強いがアプローチを和のテイストに寄せている。尺八の存在感が良い味だ。
 ベースの無い曲はアコースティックギターの役割が重要になっているので素朴な雰囲気が強くはなる。しかし、違和感なく和楽器を乗せているので作品の雰囲気と面白さは損なわれない。「和風シャクティ※」と言ったら言い過ぎかな。シャクティほどギター弾き倒してはないが。
※ジャズギタリストのジョン・マクラフリンがインド人の音楽家たちと組んだバンド。インド音楽の上でギターを弾き倒している。ちなみに言うと、素晴らしい。

 この作品の後にも和楽器を用いた作品が発表されているが、「弁才天」を超える事はなかった。翌年の作品である「オサム」は全体の協調が図られている感じがまだあったが、以降は水と油に分離している。もしかしたら録音機材の変化による印象の違いがそう感じさせているだけかもしれないが、それでも好みの音ではなくなってしまった。そう思わせるのも私が「弁才天」を神格化し過ぎているからかもしれない。

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