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一斉講義型授業からの脱却に向けて、指導主事の視野を広くする!

教師主導の一斉講義型授業から、学習者主体の個別最適・協働的な学びへの転換が言われています。もちろん、昔から学習者主体の取組を進めている学校や先生はおられますし、逆に、ポリシーをもって一斉講義型に近い授業を行い、確実に児童生徒の資質・能力を伸ばしている先生もおられます。ただ、これまで自分が受けてきた授業から抜け出せずに、一斉講義型の授業を行い、何とかしたいと思いながら変わらずに授業をされている先生がおられるのも事実だと思います。こういった先生に、指導主事はどのような関わりができるでしょうか。
最近読んだ本(「子ども主体の授業をつくる」吉崎静夫 著)の一部を抜粋して、考えたことを紹介します。

これまでの我が国の学校教育は,一斉学習とともに、いわゆる「受信型教育」ということに特徴があった。そこでは、私たちの祖先がつくってきた言語、科学技術、芸術、スポーツなどの文化遺産の中の重要なものを次の世代に伝えるという社会的要請に基づいて、主として教師がその伝達者の役割を担って授業を展開してきたわけである。そして、子どもたちは、それらの文化遺産を教科という枠組みを通して効率よく習得するという教育を受けてきたわけである。しかし、そもそも学校教育にはもうひとつの社会的使命がある。それは、未来社会において新しい文化を創造する人間を育てることである。そのためには、新しい文化を創造するために必要な能力や態度(たとえば、思考力、判断力、発想力、想像力、構成力、表現力、新しいことにチャレンジする意欲、知的好奇心など) を子どもたちに育成することが求められている。筆者は、このような教育を 「発信型教育」と呼んでいる。そこでは,子どもたちが能動的に授業づくりにかかわることが不可欠となる。さらに、インターネットやマルチメディアの普及は,そのネットワークを通じて、子どもたちが世界に向けて自分たちが創った情報(文化)を自由に発信することを可能にしている。したがって、これからの教育では、受信型教育がもつよさを残しながらも、発信型教育のウエートがますます大きくなってくるものと思われる。

「子供主体の授業をつくる」(吉崎静夫著、1997、ぎょうせい)

■ 「発信型教育」の重要性は先生もおそらく分かっている。

上記引用の中で、特に私が印象に残った箇所は、「新しい文化を創造するために必要な能力や態度(たとえば、思考力、判断力、発想力、想像力、構成力、表現力、新しいことにチャレンジする意欲、知的好奇心など) を子どもたちに育成することが求められている。」という部分です。
文化遺産の重要な部分を伝えるということに関しては、確かに「受信型教育」で良いのかもしれません。そしてもはや、インターネットや生成系AIの登場により、受信して蓄える必要性はなくなってきているとも言えるでしょう。
だからこそ、余計に「発信型教育」が重要になるのだと思います。
この点については、現場の先生方も十分に理解していると考えます。そして、指導主事も「授業改善をしてください。」という言葉を、手を変え品を変えながら投げかけているのが実情だと思います。とは言え、様々な事情によって、なかなか授業が変わっていかないところもあります。

■ 授業改善の視点

では、指導主事がどのような投げかけをすれば授業が変わっていくか。
そのヒントが、次の記述にあると考えます。

新しい授業づくりにおいては、教育方法に対する広義の考え方が求められている。つまり、その考え方は、教育方法を「課題提示」「說明」「指示」「発問」「指名」「板書」のような教授スキルのレベルだけでとらえるのではなく、「学習形態」「学習活動」「教授組織」「教育メディア」「学習環境(学習スペース、学習施設、学習時間など)」といったさまざまなレベルでとらえようとするものである。

「子供主体の授業をつくる」(吉崎静夫著、1997、ぎょうせい)

研究授業の指導講評に指導主事が呼ばれた際、今日の授業について、課題提示や発問、板書がどうであったかを話題にすることがよくあります。学習指導要領の趣旨に則り、改善案を示すことも多いでしょう。もちろんこれらは不適切なことではありません。ただ、これをしていて何も変わらないのに、続けていっても仕方がないと思います。変わらないなら、指導主事の考え方を少し拡張してみてはどうでしょうか。
例えば、教授スキルに関する指摘以外に、「学習形態」「学習活動」「教授組織」 「教育メディア」 「学習環境(学習スペース、学習施設、学習時間など)」といった視点を助言に加えることが考えられます。
具体的には、「学習スペースの掲示板に、前時までの授業で使った教具や板書の写真などを提示してみませんか?」というイメージです。「それを提示し、見たくなる場面を意図的に設けることで、子供が動き出し、主体性が生まれてくる可能性が高くなります。」と補足します。

まとめ

指導主事の方々が、学習者主体の授業を実践したいと考えながら変わり切れない先生の指導をする際、発問や板書についての時間を減らし、学習形態や学習環境に時間を割くことが考えられます。
教育方法を広義に捉え、子どもたちが自ら学ぶことができるように、教師が何をすれば良いか考えるリフレクションの機会を指導主事が設けていけたらと思います。

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