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スモールビジネスから始まる持続可能な地域づくりについて

持続可能な地域とは何か

 自分の育った町が将来的に続いていくだろうか、と憂いたことのある岩手の若者は少なくないのではないでしょうか。私は、岩手県西和賀町で生まれ育ちました。西和賀町といえば豪雪のイメージ、また過疎高齢化が進んで県内で最も早く消滅する可能性がある自治体とも言われています。私が暮らしているのは四季折々に表情を変える錦秋湖の湖畔です。美しい場所ですが、ひとり暮らしの高齢者が多く、空き家はところどころ雪の重みで潰れていることもあります。

2018年冬に雪の重みで潰れた空き家

 2019年に勤めていた会社を退職し、夫婦で起業しました。現在は、ネイチャーツアーガイドと、自宅ガレージをDIYでリノベーションして作ったカフェの2足のわらじを履いています。これらの仕事を通して実現したいことは、圧倒的豪雪が魅せる自然の一瞬のキラメキを伝えることと、暮らしを作る仲間(西和賀のファン)を増やすことです。独立して3年が経った今、持続可能な地域の未来に必要なことは、自分の頭で考え手足を動かし、欲しい暮らしを自らの手で作り上げていく人が増えることではないかと思うようになりました。
 町(自治体)の将来を考えるとき、ネックとなるのはやはりお金でしょう。年々、財政が厳しくなる状況は、若者の目に希望がないように映ります。一般的に町がお金を得る手っ取り早い手段としては、工場や他自治体が敬遠する施設の誘致などが思いつきます。産業規模や国の補助金・交付金が財政に直接寄与するからです。しかし個人事業主として活動を始めてから、自分のようなスモールビジネスでも、意外と町に与える影響があると実感しました。

街の風景が変わる

 ネビラキカフェがあるのはJR北上線ほっとゆだ駅前通りです。かつては商店街で賑わっていましたが、今ではその面影はすっかり影を潜めています。カフェが出来てから、近所の方々がコーヒーを飲みながら昔の町の思い出を語り合っている姿を見かけ、嬉しくなりました。この通りに店が一軒一軒増えていけば、また活気のある町並みが戻ってくるかもしれません。
 また、カフェの裏には錦秋湖が見晴らせるテラスがあります。昨年、テラスまで行く小道をせっせとDIYしました。業者に頼めば数日でできるところを、手作りで約1ヶ月半かかり完成しました。通りかかる人から何度も声をかけてもらい、時には冷やかしの声もありましたが、普段接点が無いような地元の方たちと接することができ、関係性を再構築し始めています。自分で手足を動かせば、人と人が触れ合うきっかけや会話が生まれるということも、大きな気づきでした。
 さらに、カフェの隣には、4年前の雪による倒壊家屋がそのまま残っていました。しかし、地区の皆さんのご協力を得て、町に要望書を提出するなどの働きかけが実り、3年間放置されていた瓦礫がようやく撤去されました。これも、カフェが出来たことにより、駅前景観に対する意識が変わった結果だと思っています。

せっせとDIYで作ったテラスまでの小路

集まれば力になる

 近年、西和賀には個人で起業する面白い人達が増えています。木工作家や、農家自身の手による加工品など、素敵な商品が誕生し、センスの良いカフェやB&Bなども出来ました。そして、その個人事業主同士はライバルではなく、お互いに紹介しあう良い関係にあります。多様なスモールビジネスの存在によって、例えばカフェに来たお客さんに美味しい産品を紹介したり、カフェのあとに工房めぐりを提案したりする機会も増えました。顔が見えているから自信を持ってオススメでき、誇らしい気持ちにさえなります。定期的に町を訪れている観光客から「以前は駅前の物産館だけだったのに最近は興味をそそられる場所が増えて楽しい」と言われたこともあります。このような魅力の源泉は、それぞれの起業家が、自分のビジョンと感覚を信じて楽しんで実践しているものづくりにあると思います。数年前まではカフェがほとんどなかった町に、短期間で数軒カフェがオープンしたことにより、西和賀町は素敵なカフェのある町というイメージが定着しつつあります。産業振興と言えばつい規模を求めてしまいがちですが、小さなビジネスから始まる動きこそ、地域づくりそのものだと手応えを感じています。

木工作家nokkaさんに依頼したテラスのファサード

ネビラキのビジョン

 我々がカフェで実現したいことの最後は、子どもや若い人たちに、チャレンジしている姿を見せ、誰もが新しいチャレンジができる空気を醸成していくことです。地域に暮らす人達がそれぞれパブリックな自分の役割や責任を自覚しつつ、面白いことにチャレンジする町。たくさんのスモールビジネスがある地域はそのことを可視化させ、密度の濃い、されど干渉しすぎない居心地の良い関係性を育んでいけると思います。

 個性的な個人事業主たちによるスモールビジネスは、多様性を生み出し、新たな魅力、活力が町に生まれます。こういう話をすると、スモールビジネスは個人に依存しており、その人がいなくなったら終わりというリスクがあると言われるかもしれません。しかし、これから人口減少や高齢化が加速する中で、大企業や公務員といった数量の大きなものに依存することを期待するのは難しいと思います。であるならば、小さな事業が新陳代謝しながらも経済が回り続けるような未来を思い描き、自分たちのほしい暮らしを作る人が増えることが、次のチャレンジャーを生み、持続可能な地域へと発展していくのではないでしょうか。

zen,ei

岩手経済研究2022年2月号掲載


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