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月響(げっきょう)10


住人全員を失ってナリタ君の家はどうなっているだろう。

ふと思って私は家を出た。

あの事故からぼんやり一週間も経ってしまった。

あの日のマー坊と会った以外は誰とも会わず、ミサキとのメール以外は誰とも連絡すら取らずただ静かに過ごしていた。

二人の様子は分からないけど、ミサキとマー坊も私と同じ気持ちだったのかもしれない。


ナリタ君はそれぞれにとって特別なナリタになった。

私がナリタ君と話してた中身のあるようなないような話のその中身は誰とも共有なんてできない。

私だって、ミサキにとってのナリタ君やマー坊にとってのナリタ君を共有なんてできない。

ナリタ君は特別な人になってしまった。

ただ「生きていた」ってコトだけで。

でも今は存在していないってコトだけで。


毎日の他愛のない会話。

ミサキに関するからかい半分の黄色、

たまに舞子ちゃんの絵の話は桃の花色、

テニス部の話題はテニスコートと木や葉っぱの緑色。

移り変わる季節、色とりどり。

かたちなく、でも確かにそこに在った言葉の落ち葉。

アタマの中が沢山の落ち葉に埋めつくされてしまって、そこから探し出そうとした記憶は変わってしまってたり、なくなってたりする。

だからなのかも、何かを確かめるみたいにナリタ君の家の見物を思いついた。


ナリタ君の家は日吉町に在る。

ウチは東恋ヶ窪だから歩いて十分ちょっとで行けるとこ。

ナリタ君は隣の中学でミサキと私は同じ中学だった。

でもミサキの家よりナリタ君の家のほうがウチに近いコト今日初めて知った。

三分だけ近かった。

ナリタ君チに遊びに行ったことはなかったけど、去年まで通っていた絵画教室の在るエリアだから何となく知っていて迷わず着いた

一戸建てが建ち並ぶいわゆる閑静な住宅地。

青い瓦屋根にベージュの外壁。

庭には植木があふれてて玄関ポーチもとてもニギヤカ。

平日の昼間だから車が停まっている家が多い中でカラッポの屋根付きガレージの暗さが際立っていて哀しい。

でもそれ以外はとても明るいポカポカ陽気の昼下がり。


ふいに向かいの家からオバチャンが出て来た。

「舞子ちゃんのお友達?」

と声を掛けてくる。

ハァァ中学生に見えるのかよとガックリきたけど

「ハイ」

と返事をする。

オバチャンはこちらへズンズンやって来て

「植木に水、やんなきゃねぇ」

と大きな声で云ってくる。

あぁそうか。

こうやって代わりに水をやってる人が居るのか。

庭に目をやると、植木がオバチャンの来るのを知って嬉しそうに笑ってる。

「私が云うのもヘンだけど、ありがとうございます」

と云うと、すでにナリタ家のポーチの先へ行って水の出るあたりにかがみこんでいたオバチャンが振り向いて

「あなたも一緒にやろうよ」

と満面の笑みで誘うので、私も思わず

「ハイ」

と答えて手伝うことにする。

「田舎に帰るので三日間だけお願いしますって云われてたの。

 ウチがいちばん仲良くしてたからさ……」

と云ったオバチャンは泣き出してしまった。

「かなしい……」


「ハイ」

とだけ、答える。


「トラック許せないッ」

と泣き声をふるわせながら、オバチャン。


大型トラックの飲酒運転OR高速の玉突き事故。

眼の前に咲きほころび始めている野バラやフリージアの姿とあまりに結びつかない。

ナリタ家はいつもこんなに平和だったんだなと思う。

オバチャンの鼻をすする音はまだ続いている。

私はもらい泣きしなかった。

ただ花を見つめ続けていた。

アタマの中で活発化する事故のイメージを追い出したくて、すがりつくみたいに眼の前の野バラを見ていた。

花弁の奥の音のない闇の中にもぐりこんでしまいたかった。


次葉へ




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