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月響(げっきょう)25



ほんの少しして、ミサキがお盆に湯呑みをのせたのを慎重に抱えながら
部屋に入って来た。

「泣いてた?」

優しい声できく。

      「卒業式だからね」

と私は答え、

      「ナリタ君も泣いてたし」

と付け加える。

「あれ、不思議でしょ。まるで水の都」

とミツミは大きくうなずく。

「ほらチューリップがさっきよりずっと赤い。
 部屋の温度もさっきより高くなってるし。
 いつもそうなるの。
 私のときとミツミのときが全く同じなのかは分からないけど。
 あーでもチョット嫉妬しちゃうな。
 私にだけ起こるのかと思ってたから」

      「えーやめてよ。嫉妬とかって云わないでってば!」

「うそうそ。本当は嬉しい。
 心からの気持ちでナリちゃんと接してくれてるってコトだから」

      「そうだよ。お葬式だって出られなかったんだから。
       今日が、さっきがお葬式だったんだって!
       私もミサキみたいに、ただ悲しいってだけじゃなく
       なれた気がする。
       心が洗われた。
       カラダも洗われちゃったけど」

「スッキリした?」

      「スッキリスッキリ!」

「元気になった?」

      「うん。元気になったよ」

「お茶でも飲む?」

      「そうだね、お茶いただこうかな」


あーでも口の中がしょっぱいんだよなーと思ったけど、ミツミの
持って来たのがナゼか梅昆布茶だったからちょうど良かった。
まるで泣くのを読まれてたみたいだけど、まぁいっか。


ミサキとナリタ君の想い出話に花を咲かせる。

さっきと同じような話を同じようにしてるのに何かが全然違っテル。

初めて話が嚙み合ったみたいな感覚。

悲しい、という前提で話をするのをやめたからかな。

悲しみは決してなくなってはいないんだけど。


部屋に充ちる濃厚な空気のせいか、ミサキの顔が普段の何倍も
美しく輝いて見える。

チョーキレイ。

青タンなんて全然気にならない。

ていうかむしろ、ソレがあるから更に美しい?とかボーッとしてきた私は
超眠い。

プールでいっぱい泳いだ後みたいにカラダ全体がダルい。

いやいや、小さい頃日帰りで海水浴に行った帰りくらい超ダルい。


……七年前、家族三人で行った最後の海水浴。

帰りの車の中、親父さんの膝の上で眠りこんでしまったあの時と
同じくらい。

もう私はミサキの部屋の畳の上にゴロンと横になって、ミサキが
ピンク色のタオルケットを掛けてくれる。



マー坊に連絡入れなきゃいけなかったのを思い出したけど、その時には
もう眠りの中に落ちてしまった後だった。




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