肩を組んだあとで全裸と寝た高円寺の酒

焼き鳥はうまいし酒に合うし大体深夜でもいけるし昼からでも構わない、という事実を疑いたくない。
 家から歩いて1時間半くらいなのでよく高円寺に夜散歩へと出かけるのだけれど、歩きすぎかもしれない。そしてあの街は大概酔っていて何やらおかしな人がいる確率が高いし、高円寺ってこういう街だよなって幻想をギリギリ事実として体験させてくれると思う。峯田になれなかった人がたくさんいる。金もないので持ってきたチューハイを左手に持って純情商店街から少し外れたあたりを歩く。たしかにそこはフォトジェニックな場所で、あぁなんかこの辺にベロベロに酔ったカメラ女子とかがスナップ撮ってたらいいのになと思う場所だった。居た。野生のカメラ女子だし、酔ってる。おまけにこちらに声をかけてきて、写真を撮るからそこに突っ立っていて欲しいという。つまらない漫画家それ以上の夢展開が待ち受けていたので、素直にそれに乗ることにした。まぁあれよ、なんやかんやあった。互いに金がないこと。所持金は2人のを足して47円だったと記憶している。彼女の方が5円多かった。それから、あちらの素性やこちらの素性、それでもなんとなくフィーリングが良さげなので一緒に飲みたいこと。高円寺には確かに夢が転がっていたのだが、残念なことに我々にはそれを掴むだけの握力がなかった。どんなに豪華な景品が並ぶUFOキャッチャーでも、アームの力がみるからに弱すぎては人はそこに金を落とさない。我々もそうなるはずだった。けれど、あちらが家に誘ってくるじゃないか。まして誰ぞが置いていった酒があるという。そんな中年男性が文学賞に応募して一次選考で敗退するような展開があっていいものだろうか。しかし乗りかかった船だ、彼女が怪しいものを取り扱っていようが、家だと案内された場所がボッタクリの店だろうが、もう無いものはない。数奇な提案に乗ってみることにした。

 あっけないもので、彼女の家は割と近くにあり、深夜何時だっただろう、まぁ深い時間だったのでその日は泊まった。度数の高いチューハイをたくさん飲んだ。アレはなんの酒だったんだろう、そもそも酒だったんだろうか。質の悪い消毒液見たいなアルコールとか、なんらかの飲んではいけない液体に色と香りをつけて飲まされる闇の飲料だったのかもしれないし、もはやそんなことに気がつく余裕なんかないほどにベロンベロンに酔っていた。なんの話をしたのかはほぼ完璧に覚えているが、到底ここに書けたものではない。アドルノはいなくなればいいみたいな話を肩を組んでした記憶があるが、アドルノはもういない。翌日、囈言を吐く全裸の歳下女性が横にいた時ほど氷結という言葉が似合う場面をまだ他に知らない。



 ベーコンが食べたいなと思ったけれど、そんな金はないのでまだ夢心地の彼女が起きるのを待ってお暇しようとした。起きるなり「なんでしなかったの?」とすごい剣幕で問い詰められた時、自分の理性及び減退した性欲に感謝した。まぁまぁそんなことより迎え酒、などと宥めすかして、昨日の残りのぬるくなった酒を煽った後に帰りの挨拶をしたところで、このまま帰る気じゃなかろうなと咎められた。参った、ここで金を請求されるのか、しかしぼくには本当に所持金がないし預金残高もゼロである。もはやどうしようもない。金ならないぞ、と先制すると、そんなことは求めていないのだけれども、冷蔵庫に肉が有るから何か作って欲しいということだった。確かにいう通りいろんな種類の肉があり、パンチェッタなんていう洒落被った代物があったので、それでパスタを作った。到底そんなものを買いそうには見えなかったから、どなたかの生活の痕跡なのだろうと思って何の気なしに聞いてみたら、どうも半同棲している友人がいるらしいということだった。なるほどそれなら合点がいく。せめてもの報いだとばかりに部屋を片付けて食器を洗っていると、いまだに服を着ない彼女が「片付けなくていいから、気が紛れなさすぎるから」と言ってきた。この人、僕と同じタイプの人間か。激しい共感と申し訳なさで葛藤していると、家では裸族のような生活をおくっている、と聞いてもいないのに教えてきた。そりゃまぁなんというか、女性が窓のある部屋で裸族だ裸族だとやっているのは少々やばいというか、不都合や防犯上の困り事はないのか、と聞いてみたら、お前はフェミニストなのかと詰問された。夜中に異性の家に上がり込んで浴びるほど酒を煽り全裸で横に寝かすような人間がフェミニストなことなどあるのだろうか。あるか。

 高円寺の夢はそう簡単に終わらなくて、今もなんだかんだお友達としての関係性は続いている。性的感情が全くない異性というやつが昔から好きだし、隙あらば自分語りをしてくる破滅型の人間はもっと好きなので、彼女にはどうか健やかでいて欲しいのだけれど、我々が健全に昼から焼き鳥を食べにいけるだけの金銭力をつけるにはどれくらいの時間がかかるだろうか。もうわからない。あの夜の酒は、何の液だったんですか。

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