千葉スペシャルに行った話。

ハニワが有田焼になれたって感じ。

まだあどけなく乾燥とは無縁だったわたしにも、あのCMは衝撃だった。
当時のわたしにとって、
ハニワとはドラえもんの映画に出てくる、割れても割れても復活する「こわいやつ」。
対して有田焼とは、「なんかよく知らないけど、たぶん高級ないいやつ」。

厳密にいえば映画に出てくるアレは土偶だし、
本物の有田焼も当時見たことがあったかどうか定かではないが、
とにかく、なんか嫌な感じがするものがなんか良い感じのものになるってことで
そんなのは奇跡か魔法じゃないか、と
幼心に疑ってかかっていたのである。

あれからいくつも歳を重ねて、
今日、わたしは皆さんに胸を張って言えるようになった。

奇跡も、魔法も、あるんだよ。

今日はつまり、そういう話をする。

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有楽町駅からほど近い、「交通会館ビル」。
一階のエントランス部分に
毎日紳士たちが長蛇の列を為しているのをご存じだろうか。

列の先にあるのは、4席の靴磨き。
その名も【千葉スペシャル】。
存在は知っていた。
毎日のように並んでいるのも知っていた。
でもね、わたし、革屋に勤めていたことあるし。
何なら、靴磨きを含む革のお手入れ、趣味だし。
面倒だからやらないけど、鏡面磨きとか、できるし。
お金を払って靴磨きしてもらうなんて、そんなそんな。

とはいえ、
ユナイテッドアローズの会長さん御用達だとか
議員さんが秘書を連れて来るだとか
あの俳優さんがご夫婦で来るだとか
門外不出のオリジナルクリームが何だか物凄いとか
そんな話を聞いていたら、どうしても気になっちゃって。

ち、ちがうんだから!
ちょっと興味がわいたってだけで!
ビッグネームにすぐ流されるような軽い女じゃないんだからね!

他でもない自らにへたくそな言い訳を垂れ流しながら
ついにいそいそと列に並んだのである。

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平日の昼間ではあったが
既に十数名の紳士が並んでいらした。
ほとんど全員がスーツに革靴をお召しになっていて
皆さん暇なn 
皆さんお忙しい合間をぬっていらしているのだなと思う。
見事に前も後ろも男性ばかりで
明らかに不躾な視線を感じる。

居づらい。

我が故郷の言葉を用いるならば非常にいずい。

また30余年生きてきて初めての経験であるが
あの空間にいる人たちは、靴から見るのだ。
靴を見て、顔を見て、また靴を見る。
え?その靴、磨くの? と言わんばかりに。
え?この靴、磨くけど?

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視線と闘いながら待つこと十数分、
ようやく待合室ゾーンに入る。
勝手に名付けたが最初から最後まで壁のない屋外なので
つまり丸椅子が数席並んでいるだけである。

でもあの椅子、さり気なく可愛かったな。
ネット情報によると
ユニフォームもユナイテッドアローズ提供らしいし
なんかおしゃれなやつなのかもしれない。

そんなこと言って只の館の備品だったら恥ずかしいから
ここはこれ以上分触れないでおく。

椅子ゾーンまできたら
服や靴下が汚れないように
靴下の上からビニール袋を履き
さらに靴を履いて準備する。
これがまた新感覚でちょっとだけ面白い。
靴の中で足が滑る感覚を楽しみながら、もう少しだけ、待つ。

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順番がまわってきた。
担当してくれるのは比較的若そうなお兄さんだ。
前金制なので、あらかじめ用意していた1,100円を渡して席につく。
どんな靴でも1,100円。だからメニューはない。

ちょっと並ぶの勇気がいりました、と告げると
「そうですか?あー今男性ばっかりですね。午前中は女性も多かったですよ」
と答えてくれる。
でも、ほとんどわたしの顔を見ない。
視線は靴にそそがれたままだ。

とりとめのない、
しかしほとんどは靴の手入れに関する会話をしながら
まずは水拭きで汚れを落とすお兄さん。
「水拭き、してください。うちで磨いた後は、水拭き。
それだけで、凄い長持ちしますから」
革に水分は大敵だと思っていたんだけど、そうなの?
「大丈夫。固く絞って、水拭き。信じて」
うん、わかった、信じる。

ここでクリームが出てくる。
これが、なんていうのかな。
万人に伝わる表現でなくて非常に恐縮なのだが
sabonのスクラブみたいな感じなのよ。
ざらざらしたペースト状の何かと、
うわずみのようなオイル状の何か。
うわずみのようなオイル状の何かをブラシにとって、
すーっと伸ばしていくお兄さん。
水習字のようになぞったところが濃くなって
すっと馴染んでいく感じ。
不思議なクリームだなと眺めているうちに
ちょっとずつ革が生き生きしてくるのを感じる。

おぅ…

思わず可愛くない感嘆をもらしたわたしに
「まだ途中ですよ」と苦笑いするお兄さん。

全然余談なのだが
お兄さんのイントネーションがちょっと独特で
出身を聞いたら福岡なんですって。
いいなぁ福岡弁。すごい可愛かった。
そんなわけで上記の苦笑にもちょっときゅんとしたのはここだけの話。

最後に布を指に巻き付けて
ざらざらしたペーストのほうで磨いていく。
この指に巻き付ける動作がまた職人感あって
靴墨でちょっと汚れた手が
働く男感を醸し出す。
ああ、これ、女子におすすめできるわ。
佐川男子の次は靴磨き男子かも知れない。

「いや、いい靴ですね。高かったんじゃないですか?」
え、いや、そんなことは…二万ちょっとくらいですけど。
「え、本当ですか!?これいい革ですよ。大事にしてほしいです」
そう言いながら、しゅるしゅると磨いていくお兄さん。
お兄さんの手元に合わせて、わたしの靴が輝いていく。

わたし、靴磨き趣味なんですけど、この靴のこんな姿、初めて見ました。
そうお兄さんに告げると、
ちょっと嬉しそうに、しかし迷いなく、

「もうウチで磨いたらウチだけにしたほうがいいですよ。」

え、何それ、格好いい。

これ少女漫画でいうなら「俺にしとけよ」に匹敵する名言でしょ。

するする、もう、あなたにする。

市販のクリームは革が固くなっちゃうから難しいんですよ、と
理由も教えてくれたけれど、
わたしの耳には音しか届いていなかった。
だってすごいの。
どんどん輝きを増していくマイシューズ。
分かり始めたマイレボリューション。
これはもう、魔法だよ。
ああ、マスクしていてよかった。
口が半開きなの、ばれなくて済む。
一個のクリームで仕上げるんですねぇ、なんて
うわごとのように呟いたら
「人によって違うんですよ、僕は握力がないので、こう仕上げてますけれど」と仰っていたので、職人毎にある程度我流があるらしい。

でもお隣も、そのお隣も、
皆一様に美しく輝く靴を手に入れて
皆一様にちょっと誇らしげな顔をされていたので
仕上がりはどの職人さんも素晴らしいのだろうと思う。

ああ、どうしよう。

こんな世界を知ってしまった。

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この文章を書きながら
写真を差し込もうか70回くらい悩んだが
結局入れないことにした。
ビフォーもアフターも一応撮ってあるのだけど
アフター、輝きすぎちゃって。
光をそのままの形で反射するため、
わたしの写真の腕前では
「あれ?何か白いゴミついてる?」みたいな…
近年、言葉にならないから写真や絵があるのだ、と学んだので
写真にならないなら言葉を重ねよう、と思い、この文を書いた。

魔法は自分の目で確かめてほしい。
1,100円でちょっとした貴族気分を味わえるところまでがセットだ。

<千葉スペシャル>
月~金 9:00~19:00
土 9:30~19:00
並ぶ時間がない人は預けてもOK。一週間くらいかかるそう。

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