『ターナー日記』の邦訳⑧第十四章~第十五章
十四章
1993年3月24日。この日、俺は誓いを破った罪によって裁判にかけられた――"騎士団"のメンバーが犯しうる罪のなかでもっとも深刻な違反によって。それは身をえぐられるような体験だったが、それが来ることはわかっていたので、乗り越えたことにおおいなる安堵をおぼえた。結果がどうであれ。
独房で過ごしていたあいだはずっと、問いに苦しめられていた。捕らえられる前に自殺するのに失敗したので、俺は"騎士団"にたいする自分の誓いを破ったのか? 自分の行動に後ろめたいことはなく、敵の手に落ちて生き延びてしまったのは落ち度でないと自分を説得しながら、捕らえられたときの状況とそのあとの出来事を百回は頭のなかで再検討しなければならなかった。今日、陪審員の同志にむかって、俺の身に起こったことを一からすべて話して聞かせた。
無線で召喚されたのは今朝であり、なんのためかはすぐに悟った。出頭するように命じられた場所が、ワシントンのダウンタウンで一番新しくて大きなオフィスビルの一つだったことには驚かされたが。弁護士事務所が連なるフロアの会議室へときれいな受付嬢が案内してくれた。脱獄から三日間許されていた療養への感謝の念と不安とが入り混じっていた。
コート掛けにかかっていた俺用のローブに身体をとおした丁度そのときに別のドアが開いて、ローブを着てフードをかぶった八人の人間が入ってきて、大きなテーブルのまわりの椅子へと音もなく腰かけた。八人の最後の人間がフードを背中に下ろすと、メジャー・ウィリアムスの見知った顔があらわれた。
会合は緊張感がある形式ばった雰囲気に満ちていた。一時間をすこしこえる質疑のすえに、隣のちいさな部屋で待機しているようにいわれた。三時間ちかくその部屋で待った。
俺の処遇についての議論がやっとおわって判決が出たら、また会議室に呼ばれた。俺がテーブルの端に立つと、メジャー・ウィリアムスが反対側に座って評決を述べた。俺が覚えているかぎり、彼の言葉は次のようだった。
「アール・ターナー。この"騎士団"のメンバーとしての君の実績を二つの面から検討したが、君はどちらの点でも不十分だという結論が出た」
「はじめに、君が捕縛されることになった警察による襲撃の直前における君の行動が、成熟した妥当な判断力をかなしいほどに欠いている証拠となった。ジョージタウンの少女のもとに足を運んだ軽率さが――はっきりと禁止されていたわけではないが君に割り当てられた任務の域から逸脱していた行動が――君と部隊の人間をいちじるしく危険な状況におとしいれる結果となった。"組織"にとって有用な施設も失われた」
「使命における君のこの判断ミスにより、"騎士団"のメンバーとしての見習い期間が六か月間まで延長された。しかも、虜囚だった時間は見習い期間にカウントされない。したがって、すくなくとも来年の三月までは"団結"の儀式への参加がゆるされないだろう」
「とはいえだ、警察の襲撃前の君の行動は誓約への違反となるに値しないこともあきらかになった」
この言葉を聴いた俺は気付かれないように安堵のため息を漏らしたが、ウィリアムスは声音を険しくして話をつづけた。
「君が生きたままで秘密警察に連行されて一月近くにわたる尋問のあいだ生きていたのは、はるかに深刻な問題だ」
「誓約によって、君は自分の命を"騎士団"への奉仕にささげた。"騎士団"への義務をいつ何時でもほかのあらゆることよりも優先することを承知した。自分の生命を守ることよりもだ。戦いが続くかぎり、誓約を破らないようにするために自分の命をあきらめなければいけない可能性が確固として本当にあることを知ったうえで、この義務を自発的に受入れた」
「生きたまま秘密警察の手中に落ちることを戒められて、それを避ける手段が与えられていた。それなのに君は彼らの手中に落ちたままで生きていた。彼らが君から引き出した情報のせいで、この地区の"組織"の活動がひどく妨害されて、君のおおくの仲間が深刻な窮地におちいった」
「もちろん、君がわざと誓いを破ったわけでないことはわかっている。君が捕まった状況をこまかく調べてみたし、秘密警察がわれわれのメンバーにたいして使っている尋問技法も知っている。世界に存在するほかの軍隊の兵士だったならば、君は無罪だとされるだろう」
「だが"騎士団"はほかの軍隊とちがう。われわれは己に仲間たち全員の運命を決するべき権利を課している。そして、われわれの原理に適うように世界を統治するべき権利をもだ。われわれがその権利にふさわしい人間だというならば、それに相当する義務を自主的に受入れなければならない」
「日々刻刻にわれわれは決断をくだして、白人の市民の死を招く行動を遂行している。彼ら白人市民のおおくは、われわれが懲罰に値すると考える罪を犯していない。いま行動をためらえば更にずっと大いなる危険が最終的にわれわれの仲間へ降りかかるので、 無辜の人々の生命をわれわれは奪おうとしているんだ。こうしたわれわれの尺度は、われわれの人種にとって究極的には善である。これより劣った尺度を採用することはできない」
「まったくもって、われわれは他人よりも己にずっと厳しくあらねばならない。一般大衆に要求するよりもはるかに高い行動基準を保たなければならない。そして"組織"のふつうのメンバーよりも、だ。 義務への怠慢をうまい言い訳で取りつくろってみせれば義務の遂行の十分なかわりになるという、時代の病弊から生じる考え方をぜったいに認めてはいけない」
「われわれにとって言い訳はありえない。義務を遂行しようとしまいとだ。もしも遂行できなければ言い訳は必要がない。失敗の責任をただ受容れるだけだ。罰があるなら、それも受容れる。誓いへの違反による罰は、死だ」
室内はしんと静まり返っていて、耳鳴りだけが聴こえた。足元の床がぐらりと傾く気がした。俺は気絶したような静寂のなかに立っていたが、ウィリアムスはふたたび話しはじめた。今度はなぜか、さっきよりも優しい声で。
「この裁判の使命は明解である、アール・ターナー君。われわれは君の件をそういうふうに処理しなければならない。この"騎士団"の全メンバーが、秘密警察に包囲された君とよく似た状況へといつかある日に陥るかもしれないのであり、捕縛が避けられなければ死は必然であると悟るだろう――自身の手による名誉ある死か、同胞の手で名誉がやや少ない死が後日にあたえられるか。あとで"うまい言い訳"をすれば命は保てるという希望を抱いて、義務から逃れる誘惑にかられてはならない」
「今日ここに集まった人間の一部はこうした道理が君の運命を左右するただ一つの決定要因だと主張した。だが、ほかの人間はこう主張した。君は質疑の時点でこの"騎士団"の正会員にはまだなっていなかったのであり――つまり君は"団結"の儀式に参加していなかったので、見習い期間を終えて"団結"に参加済みの人間に適用されるのとは異なる基準によって裁かれるのが、君の行動については正当であると考えられると、だ」
「われわれの判決は甘いものでないが、いまの君はよく聞いて従わなければならない。まず、延長された見習い期間を完全に完了しなければならない。それから、見習い期間の終了後のある時点で、"団結"への参加がみとめられる――ただし、あくまで条件付きでだ。いままで誰にも課したことのない条件がある。その条件とは、たとえ成功しても君が死ぬおそれがじっさいにある任務を引受けることである」
「もうしわけないが、必要な目標を達成するためにほかの手段がみつからなければ、そういう"自殺任務"をだれかに割当てるという痛ましい仕事にわれわれが立ち会う機会はあまりにも多い。君の場合は、その任務によって二つの結末がある」
「任務が成功すれば、その完遂をもって"団結"への参加条件は満たされる。その場合、君が死んだとしても、"団結"に参加したのちに命を落とした者とおなじように、"騎士団"が存続するかぎり君は名誉あるものとしてわれわれのなかに生き続けるだろう。そして、もしも運よく任務で生き残ることができたならば、履歴になんの汚点もなく晴れてわれわれの仲間入りができるだろう。わたしが言ったことがすべて理解できたかね」
俺はうなずいた。そして答えた。
「はい、わかりました。裁定を留保なく受容れます。適切で正しい判決です。われわれが直面している戦いで自分が生き残ることができるなどと期待していません。そして、戦いへさらなる貢献を果たす機会があたえられたので感謝しております。"団結"に参加させていただける可能性がわたしの前にのこされたことにも感謝しております」
3月25日。今日はヘンリーがやって来て、ビルと俺をまじえて三人でたっぷりと話をした。ヘンリーは西海岸へと明日むかうのだが、出発するまえにビルといっしょに今までの出来事を俺の頭に押しこむ手伝いをしてくれるつもりだった。どうやら彼はロサンゼルス地区で、新兵の訓練と"組織"の内部の仕事の処理とに携わることになるようだった。あっちでは俺たちが非常に優勢だ。俺に挨拶するときにサインをみせてくれたので、ヘンリーも"騎士団"のメンバーになったことがわかった。
今日おしえてもらったことはだいたい既に独房のなかで見当がついてたことだった。"組織"は攻撃の主目標を、戦術的な個人の標的から経済的な標的へと移している。もはや"システム"を直接に破壊しようとはしていない。"システム"にたいする一般大衆の支持を突き崩すことに専念している最中だ。
変わらなければいけないと、俺もずっと感じていた。二つの問題によって、革命部隊の人間も同様の結論を出さざるをえなかった。"システム"とたがいを擦りへらす戦争のなかで、損失を埋める新兵を十分に補充することができていなかった問題が一つ。俺たちが"システム"に攻撃をくわえようが、攻撃への応酬として"システム"が抑圧的な対策をどんどん強化しようが、"システム"にたいする大衆の態度にたいした影響はなかったという問題が一つ。
一つ目の因子は不可避だ。死傷者の山が着実に積みあがっていて、戦いたくても活動のレベルを維持することが単純にできない。全国の前線にいる戦闘兵の総数をヘンリーが算出してみた――戦闘をはじめる準備ができていて、ナイフ、銃、または爆弾を"システム"にたいして使用することができる人間――その総数は昨年の夏の時点で400人ほどにまで減少していた。前線に立っている兵士が"組織"のメンバーのたった四分の一しかいないので、負傷兵の割合が異常にたかくて苦しんでいる。
ゆえに、べつの進路がとれる細胞核がまだ十分に温存されているうちに、"組織"は戦争の水準を一時的に縮小していかざるをえなくなった。戦略全体が行き詰まっていた。
行き詰まっている理由は、白人のアメリカ人の大部分が、今の状況にたいして俺たちが期待するようには反応していないからだ。すなわち、俺たちが"行動で示してみせるプロパガンダ"を展開すれば、積極的に俺たちの真似をして応えてくれる人間が出てくるのではないかと期待していたが、そんな兆候はなかった。
"システム"の圧政にたいする抵抗の見本を俺たちが示せば他人も抵抗をはじめてくれることを願っていた。"システム"のトップにいる人間と重要施設とにたいして劇的な打撃をくわえることで、全国のアメリカ人を刺激して同一のアクションを開始させることができるだろうと願っていた。だが、大部分の連中は自分のケツの上に座ったままの腑抜けだった。
一ダースかそこらのシナゴーグが焼かれるという、政治的に動機づけられた暴力の全体的な盛上がりもたしかにあったが、概してそれらは見当違いであり、実効性がなかった。超広範囲への拡散と長期間の持続と組織化とがなければ、そうした活動にあまり価値はない。
"組織"にたいする"システム"の対応も、おおくの人々の苛立ちをまねいて不平の声をおおいに上げさせたが、暴動を引き起こしそうな気配すらなかった。アメリカ人のあいだで圧政は不評だと限らないことを俺たちは発見した。
平均的なアメリカ人がほんとうに珍重しているのは、自由でも名誉でも自分の人種の未来でもなく、自分の給料だ。子供たちを黒人の学校へバス通学させるように"システム"が20年前に強制してきたときには不満の声を漏らしたが、自分の家のステーションワゴン車とグラスファイバー製のスピードボートを保持することはみとめられた。だから戦わなかった。
5年前にやつらに銃が奪われたときにも不満の声を漏らしたが、カラーテレビと裏庭のバーベキューがまだあったので戦わなかった。
今日、自分の妻を好きなように凌辱していった黒人たちがIDパスを提示して食料品を買ったり洗濯物を持ち帰ったりすることを"システム"が許したら、アメリカ人は不満の声をあげるが、まだおおかたは腹いっぱいに食っていられるので戦おうとしないだろう。
テレビのそばに陳列されていない観念は頭にない。"うまく順応"して、自分に期待されていると信じることを正確に実行して考えて発言しようとして必死だ。ようするに、過去50年間に"システム"が作り上げようと苦心してきた人間になってしまったのだ。大衆的人間、華やかな名士たちの一人、洗脳されたプロレタリアート、家畜動物、真正の民主主義者に。
かなしいことだが、それが俺たち白人のアメリカ人の平均である。そんなはずはないと祈らずにいられないが、そうなのだ。もはや存在していない英雄的な理想主義の魂を俺たちは召喚しようとしている。それが、ありのままの恐ろしい真実だ。白人のアメリカ人の99パーセントは、ユダヤ的な物質主義のプロパガンダの奔流を浴びて事実上の全人生が浸水してしまっている。
のこりの1パーセントの人間について、どうして彼らが俺たちに協力してくれないのかは色々な理由がある。その一つは、たいしたことではないが、"組織"――またはほかの組織化されたグループ――の枠組みのなかで仕事をするには能力がなさすぎるからだ。いくらたくさん集まっても、結局は"自分自身のこと"しかできない。異なる見解をもっている人間がほかにいるかもしれないが、たとえば、俺たちが地下活動を強いられているのでコンタクトをとることができないという、単純な話なのかもしれない。そういう人間もそのうちいつかは勧誘してやれるだろうが、俺たちにはもう時間がない。
六か月くらい前に"組織"がはじめたのが、アメリカ人を現実的なやりかたで扱ってやることだ。いまここで名前を付けるなら、「家畜の群れ」のように扱ってやることである。アメリカ人にはもう観念的な訴えに耳を貸す余力がないので、彼らが理解できるもので訴えることにした。恐怖と飢えで。
彼らの食卓から食べ物を奪って冷蔵庫を空っぽにしてやる。民衆がしがみついている、"システム"の基本財産を略奪してやる。彼らがひもじさを感じ始めたら、"システム"を恐れるよりも俺たちのことを恐れさせてやる。彼らが遇されるのにふさわしいやり方で民衆を扱ってやるんだ。
どうして俺たちがこういうアプローチを今まで長いあいだ自重してきたのかがわからない。アフリカ、アジア、そしてラテンアメリカのゲリラの数十年もの闘争の先例が俺たちに教えを示してくれていた。どの事例でも、民衆を恐れさせることでゲリラが勝利をおさめてきた。民衆に愛されることでではなかった。従わない村の指導者を公然と拷問して死に至らしめたり、補給の提供を拒んだ村の人間をまるごと無残に殺戮してみせたりすることで近隣の村々に恐怖を植え付ければ、ゲリラの要望を拒否することをだれもが怖れるようになった。
俺たちアメリカ人はこうした事実をすべて目撃してきたのに、その教訓を自分に適用することをしてこなかった。非白人については、やつらはただの動物の群れに過ぎないと俺たちは完全に――正確な――認識をしており、やつらがそのように振舞ってもおどろかないのだが、俺たち自身についてはもっとマシな生き物だという不正確な認識をしていた。
俺たちがマシな生き物だった時代もある――そういう時代がふたたび到来する可能性を確実にするために俺たちは戦っている――だがいまや俺たちはただの家畜の群れに過ぎなくなっており、狡猾な異邦人の組織によって基本的本能が操作されている。もはや抑圧者を憎むことはなく、戦うこともないところまで沈み込んでしまった。抑圧者におそれへつらって追従にいとまがなくなっている。
自業自得だ。ユダヤ人の魔術にしたがうことを自ら受け容れたから悲惨な運命に陥るのだ。
俺たちは小規模なテロ攻撃で資源を浪費することをやめて、慎重にえらんだ経済的ターゲットへの大規模な攻撃にシフトした。発電所、石油備蓄基地、輸送施設、食料生産施設、重要な工業プラント。アメリカのすでにひび割れた経済基盤をいますぐ完全に麻痺させる気はないが、局地的で一時的な停電ならばいくらでも起こすつもりだ。国民全体に徐々に累積する効果をおよぼしていくだろう。
すでにかなりの大衆が、後方で座ったままで安全にかつ快適に戦争をテレビで観戦しているゆとりがなくなることを思い知らされた。たとえば、去年の九月にヒューストンでは二百万人の人間が電気なしの生活を二週間ちかく余儀なくされて、冷蔵庫と冷凍庫のなかの食料品があっという間にダメになった。スーパーマーケットにあった、痛みやすい食べ物も同様だ。軍隊が出動して救援物資の配布所を設置するまでに、飢えたヒューストン市民が食糧をもとめる二件の大規模な暴動をおこした。
その一件では政府の食糧倉庫を襲おうとした群衆にたいして連邦政府の兵士が発砲して26人が死傷し、しかもそのとき、政府によって分配された非常食量がボツリヌス菌に汚染されているという噂を"組織"が流して、もう一件の暴動を勃発させた。ヒューストンはいまだに正常に戻っていない。市の大半は一日に六時間の不安定な停電に見舞われつづけている。
ウィルミントン市ではデュポン社の大きなプラントを二つ吹っ飛ばして、市民の半数に失業手当を受給させてやった。プロビデンス市のそばにある発電所を攻撃して、ニューイングランド地域の半分を停電させた。
ラシーヌ市で叩いてやった電子機器メーカーはそれほど大きい会社でなかった。しかし、そこは国内全域のほかの製造業者にとって必須のある部品を供給する、唯一のメーカーだった。そこの工場に放火してやることで、最終的にほかの二十社のメーカーを休業させることができた。
こうした活動の効果はまだ決定的なものになっているといえないが、継続することができればそうなるだろう。大衆の反応によってそう確信を得た。
概して、大衆の反応は俺たちに友好的だとけっしていえないものである。ヒューストンで群衆が二人の被拘束者を警察のもとから連行した――ある爆破事件について事情聴取を受けるために二人が拘束されたと疑っていた――そして二人をバラバラに引き裂いて殺してしまった。あいにくと二人は俺たちの仲間でなかった――まずいタイミングでまずい場所にいた、ツイてない二人組。
そして保守主義者たちは毎度おなじみのことだが、俺たちが政府を暴力で"挑発"することで状況を改善するチャンスをぶちこわしにしていると言って、ますますガーガーキーキーと鳴いている。あの保守主義者たちが"改善"を語るときに意味しているのは、経済の安定と、黒人どもへの寛容の時代への回帰とにほかならない。そうすれば誰もが多人種の快適な消費生活にもどることができる。
だが、敵を数えるのではなく味方だけを数えるべきだと俺たちはずっとまえに学習した。後者の数はいま増大している。去年の夏から俺たちはメンバーを50パーセント近くも増やすことができたとヘンリーが教えてくれた。あたらしい戦略のおかげで、傍観者が日和見的な態度をとることができなくなったなったらしい――あるものは俺たちの側に付き、あるものはほかに付いた。物分かりがいい人間はこの戦争の部外者ではいられないことを悟りはじめている。戦争の前線に出るように俺たちが強制している。好むと好まざるとにかかわらず、彼らは陣営をえらんで参戦することが強いられている。
十五章
1993年3月28日。ようやく色々と調子を取りもどしてきた。週末はずっとキャサリンが俺の質問に答えてくれて、とくに地元で起きた出来事について細かいことをたくさんおしえてくれた。金曜日にヘンリーから聞きそびれたことだ。
俺が監禁されていたあいだも通信機器は平常運転を続けなければならなかったので、現在は二人の有能な人物がこのあたりで任務をこなしているのだが、それでも技術的な仕事がたっぷりと俺に用意されていた。ビルはすぐれた機械工であり銃職人でもあったが、化学知識ないし電子技術を要求してくる軍用品の仕事は手に負えなかった。俺が監獄にいるあいだに部隊に搬入されたが棚上げにせざるを得なかった、特殊なデバイスについての長々とした要求リストを手渡してくれた。
昨日の夜にそのリストをくわしく調べて、"組織"の目下の要請にとってもっとも重要な物品はどれかを見定めた。それから、俺が仕事をはじめるのに必要な資材と道具のリストを仕上げた。
ビルがくれたリストで最優先の物品は、無線制御の起爆装置と遅延式の起爆装置と点火器だ。後者に属するものは"組織"がすでに即席で製造していた――が、誤爆の確率が高すぎた。俺たちが欲しかったのは、数分から一日、あるいはそれ以上まで時間の調節が可能で、かつ百パーセント確実な遅延装置だった。
前者に属する物品は、偽装爆弾と焼夷装置だ。今のところ、金属探知機を通過せずに政府やメディアの施設に持ち込んだり、規則どおりのX線検査をうけずに小包と手紙が届けられたりするのはほぼ不可能である。多少の知恵がもとめられる仕事だが、すでにアイディアはある。
おまけに、ここにはビル本人の企画もあって、そのために技術的なアシスタンスを必要としていた。偽造の仕事だ! "組織"はとっくに西海岸で大々的に紙幣を印刷することに成功しているとビルは語った。そして、こっちでもおなじことを始めるようにもとめられているのだ。
"組織"の経済状況がどうして去年にあんなに改善したのかがやっとわかった! 実際、俺たちはより大規模な行動に移行してから、あらたに寄付金を収入源として利用しはじめている――きっと金持ちが"保険"を買っているだけだろうが――だが、自分で紙幣を印刷するのも俺たちにはまだ有意義なことらしい。
どんな天才が西海岸での偽造作戦を回しているのかはしらないが、非常に緻密な指示書がつくられている。ビルがそれを見せてくれた。きっとシークレットサービスか造幣局で働いていたにちがいない。自分の任務のことがじつによくわかっているようにみえる。
(読者への注意:「造幣局」とは合衆国で紙幣を製造していた政府機関であり、「シークレットサービス」とは偽造などの問題に対処する警察機関だった。よく知られているように、通貨の偽造は部隊に資金を供給するためにのみおこなわれたのでなく、一般の経済をかく乱するためにも用いられた。「偉大な革命」の最終局面において、"組織"は膨大な量の偽造通貨を放出しており、政府はやけくそになってすべての紙幣を違法化して、金銭の決済をすべて硬貨か小切手で処理するように要求した。この行動によって大衆の士気が音を立てて崩壊し、革命の最終的な成功につながる要因の一つになった)
ビルはすでに準備を完了しかかっていて、精密な印刷ができる優れた工場を有していたが、ただ蛍光塗料の問題についての手助けを必要としていた。指示書によるとインクにどんな化学物質を加えるべきかはわかるが、それをどこで手に入れるべきかはわからなかった。完成品をチェックするための紫外線検査機器をどうやって作って使用するかについてもつまびらかでなかった。難しい仕事にはならないだろう。
俺たちのあたらしい仕事と生活のやり方は、根本的に以前とちがっていた。"地下"でコソコソと這いまわるのでなく、いまは晴れて堂々と活動することができる。印刷工場の窓にはネオンサインが輝いているし、イエローページにも載っている。日中はキャロルがカウンターにいて「営業中」の札がかかっているが、ビルは値段を高く設定しているので、店の体裁を保つのにたりるほどの仕事しか入ってこない。彼の本当の仕事は、営業がおわった後に兵器工場がある地下室でたいていはおこなわれる。
俺たち四人は工場の上階に住んでいる。昔の住処と似ているが、窓を塞いでおく必要はない。ビルのピックアップトラックも店のすぐ前の路上に駐車している。世間からみたかぎり、俺たちは印刷業をいっしょに営む二組の若いカップルにすぎなかった。
もちろん、"システム"の執拗な詮索にたえうる偽の身元を確立していたからこそできた芸当だった。"組織"はその筋について見上げるほどの専門的知見を蓄えていた。俺たちは全員がソーシャルセキュリティカードを持っているし、二人は運転免許証まで持っている。カードも免許証も正真正銘の本物なので("組織"がどうやってそれを獲得したのかについてはいやな話を聞いた)、銀行口座を開くことも税金を払うこともできるし、ほかの人がするようなことはなんでもできる。
ただ、自分のあたらしい名前を記憶しなければいけない――ええと――「デヴィッド J. ブルーム」。この名前のせいで散々からかわれている。さいわいにも運転免許証の写真はぼやけているので髪を染めればなんとか俺で通用した。
"組織"は、非合法部隊にいる全員にあたらしい身元をあたえざるを得なくなっていた。身分証明書を持っていない人間はこの社会でもはや身動きが取れなくなっていた。食料品を買うこともできないし、政府が発行するようになった新式の身分証明カードのなにかか運転免許証を提示しなければバスに乗ることすらできない。
偽造したものでも、まだたいていの場合はごまかせるが、あと数か月のうちにコンピュータ化されたシステムが完成するだろう。そうなれば、偽造品は自動的に検出される。だから"組織"はすぐに対処して「本物の」証明書を渡す決断を下したのだ。時間がかかるし困難な作業ではあるが。一部の特別な部隊が冷血漢の無慈悲さをもって任務に従事しているのだが、あたらしい身分証明書の需要はまだまだ供給をはるかに超過している。
"システム"もまた、俺たちとの戦闘のなかでさらなる無慈悲さをあらわにしている。たくさんの仲間が――おそらく全国で五十人は――プロの殺し屋によってこの四か月で殺されている。ただ消えたっきりでみつからないが殺されたと俺たちは推測している人間もいるので、正確な総数をもとめるのはむずかしい。
仲間が消え始めて、のちに両手が背中で縛られて頭に六、七発の弾痕を開けて川に浮いているところが発見されるようになった当初は、"組織"の一般のメンバーのあいだでこの殺しは"組織"自身の内部の制裁によるものだという思い込みが広がった。実際、ほかのことよりも制裁による処刑で多くのメンバーがうしなわれた時期が去年の秋にあった。士気が非常に低下していた時期であり、動揺している人間を"組織"への不動の義務に従いつづけるように納得させるには、極端な手段をつかう必要があったのだ。
だが、革命司令部の目には程なくしてあきらかになった――ほかの人間にもすぐにわかってきた――すなわち、あたらしい連中が状況にくわわっている。連邦警察の機関の一つに潜伏している内通者が、仲間を殺しているのは二つのグループだとおしえてくれた。イスラエルの特別暗殺部隊と、イスラエル政府との契約の下にいるマフィアのヒットマンたち。アメリカの警察はこれらのグループが関与している場合に手を出すなという命令をFBIから受けていた。
(読者への注意:"マフィア"とは犯罪者の同盟のことだ。おもにイタリア人とシチリア人で構成されているが、たいていユダヤ人が黒幕にいる。「偉大な革命」に先立つ八十年のあいだに合衆国で栄えた。この期間にマフィアを撲滅するためのなげやりな努力が政府によっていくつかおこなわれたが、当時に隆盛をきわめていた無制限の資本主義が、大規模で組織的な犯罪と付随する政治腐敗にとって、理想的な状況を提供した。革命につづく掃討戦の時代に"組織"のたった一つの強力な作戦によってほぼすべてのメンバー――八千人以上――が検挙されて処刑されるまで、マフィアは存在しつづけた)
これまでの犠牲者は全員が合法部隊から出た。"組織"のメンバーだと疑われているがまだ拘束されていない人間の氏名を、FBIのだれかがイスラエル大使館の人間へ伝えたらしい。それで彼らが動いた。
俺たちは報復措置をおこなった――たとえばニューオーリンズで。現地で有名な弁護士一名をふくむ、二人の合法部隊の人間が六週間前にマフィア式のやりかたで殺害されたあとに、地元のマフィアのたまり場として機能していたナイトクラブを爆破した。やつらの「副司令官」の一人の誕生日のお祝いの真っ最中に爆弾がさく裂して火の手が上がり、どっと逃げだした常連客は、二つしかない出口の上の屋根で待ち伏せていた俺たちの仲間によって、無慈悲なマシンガンの雨が浴びせられた。約六十人のマフィアをふくむ、四百人以上がその夜に命を落とした。
だが、このあらたな脅威は俺たちにとって依然として重大であり、正体が暴かれたメンバーと支持者たちの士気に深刻な悪影響をおよぼした――すなわち、順法市民としての地位にとどまって自分自身の身分証明書で作戦に従事していた人間は、地下部隊での匿名活動に順応できなかった。脅威の根源にたいして迅速に行動を起こすべきなのがあきらかだった。
4月2日。配給の問題は解決した――すくなくとも一時的に。俺が心底から嫌っているあの強盗作戦が必要だった。ヘンリーといっしょにあれを初めてやったときほどは、今回は神経質になっていなかったが――人生の半分は前のことにおもえる――いまだにあれは嫌だった。
ビルといっしょに、必要なアイテムの一覧表を情報源にしたがって三つのカテゴリーにわけた。化学薬品の三分の二は一般的な商店で容易に調達できなかくて、化学卸売会社からでなければならなかった。ちょうど、時限装置のために腕時計が最低でも百本はほしかったが、ふつうに購入すると高くつきすぎた。最終的に、大量の電気部品と電子部品がのこり、一般的なハードウェアがいくつかと、すぐに調達可能な化学薬品が多少あった。すべて予算の限度内でなんなく購入できた。
火曜日と水曜日は三つ目のカテゴリーの品をあつめるために明け暮れた。
化学薬品の問題も水曜日に解決した。実験室と工業用の化学薬品の業者は新規の顧客をすべて調査するように秘密警察から義務付けられていたのが厄介だった。まるで、爆発物の業者のように。そういう追及はできれば避けたいところである。ワシントン司令部に照会してみたら、シルバースプリングで"合法部隊"の人間がちいさな電気めっきの工場を持っていて、必要なものはそこのなじみのサプライヤーに発注することができるとわかった。月曜日にブツを受取ってくるつもりだ。
だが問題は腕時計だ! 時限装置のためにもとめられているものは完璧にわかっている。おなじ型式のものがあれば、組立ての効率性の上でも、運用時の挙動が正確に把握できるという意味でも、時限装置の規格化が果たせる。そういうわけで、キャサリンといっしょにワシントンD.C.の北東にある倉庫へ昨日押し入って、二百本もかっぱらってきた。
探している時計をみつけるために電話をするのに二日もかかった。その結果、フィラデルフィアからワシントンの倉庫に送ってくれることになった。自分はとても急いでいるので支払い保証付きの小切手12,000ドルをもたせて誰かを引取りにいかせると、ワシントンのほうに伝えた。正面の事務室で待っているといわれた。
ビルにいっしょに行ってほしかったが、彼は休む日もなく工場での仕事にかかりきりであり、かわりにキャサリンがしきりについてきたがった。女には、彼女をよく知らない人間がぎょっとする野性的な一面があるものである。
まず最初に、俺の「デヴィッド・ブルーム」としての身元と彼女自身の身元をまもるための、キャサリンのメイクアップの仕事が必要だ。身元を隠すための身元を隠すための身元――アール・ターナーとはいったいだれのことで本当はどんな顔をしていたのかを忘れそうだぜ!
つぎに、車を盗んでこなければならなかった。ほんの数分ですむ仕事であり、いつものやり方にしたがった。大きなショッピングセンターでピックアップトラックを停めて、駐車場の反対側にあるいていく。鍵がかかっていない車をみつけて、乗りこむ。ダッシュボードの下にある点火スイッチにつながる外装ケーブルを切断するのに小型のボルトカッターをつかった。ケーブルから正しい銅線をみつけてクリップリードを取り付けるのは、ほんの数秒の作業だった。
倉庫では暴力沙汰にならないことを祈っていたが、願いはかなえられなかった。倉庫の管理人のところに行って発注品をもとめた。彼は小切手を要求してきた。
「小切手はある」
俺は言った。
「俺が注文した腕時計であることを確認したら、すぐに渡す」
計画では、腕時計を受取ったら、管理人が小切手を出せと叫んでいてもおかまいなしにすぐにドアから出ていくことになっていた。だが、男が小包を持って戻ってきたときに、体格のいい倉庫の労働者が二人ついてきていて、一人が俺たちとドアのあいだに立った。彼らに隙はなかった。
俺は小包を開けて中身をしらべた。そして拳銃を引き抜いた。キャサリンも自分の銃を抜いて、ドアのそばにいた男を払いのけた。しかし、ドアは彼女が開けようとしても開かなかった!
キャサリンが銃を労働者に向けたら、彼はあわてて説明をした。
「ドアを解錠するには事務室のブザーを押さなければならない」
俺は管理人にすばやく向き直ってどなりつけた。
「いますぐにドアを開けろ。さもなくば代金は鉛玉で支払うぜ!」
だが、彼はあっという間に別のドアのむこうに引っ込んで事務室から保管エリアに移動し、俺が反応するよりさきに金属製のぶ厚い扉を荒々しく閉めてしまった。
そこで、デスクにいた女の事務員へドアのブザーを押すように命令をしたものの、彼女は石像のように固まって座ったままだった。彼女の口はあんぐりと開かれており、恐怖をあらわしていた。
焦りに耐えられなくなってきて、ドアの錠を射撃して壊すことにした。動揺して慌てていたので狙いがめちゃくちゃになって、四発も撃つはめになった。
俺たちは車に走ったが、倉庫の管理人がすでにそこにいて、なんとそのクソ野郎はタイヤの空気を抜いていやがった!
リボルバーの銃身をやつの脳天に叩きつけて、砂利の上に転がしてやった。さいわいにも、やつが空気を抜いたタイヤは一本だけであり、まだ走行することができた。キャサリンも俺もそれ以上はまごまごせずに脱出をした。
まったく、人生は最高だな!
最初の時限装置を組立てて試験を完了させたのは今日の午後だった。この高級腕時計は苦労して手に入れる価値があったとようやく納得できた。あたらしい時限装置は完璧に動作した。毎回、低抵抗接触で確実に動作してくれる。誤爆の可能性をかぎりなくゼロにまで減らしてくれるだろうと確信した。
ビルのための紫外線検査機器も入手できた。月曜日にインクを持っていってやれば、すぐに最初のドル札をする準備ができるだろう。彼がつくるものは完璧とはいかなくても十分に近い出来になるだろう。具体的には、銀行で偽札をみわけるのにつかわれる標準テストをすべてパスしてくれるだろう。贋作だと断定するには研究所に持っていかなければならない。
また、エックス線検査を疑惑を生じさせずに通過できる、三種類の異なるメカニズムの爆弾の設計を俺はおわらせた。その一つは傘の持ち手に収まってしまう――バッテリー、時限装置、そのほかすべて。傘のメインシャフトにはテルミットを充填して焼夷弾として用いることもできる。あるいは、持ち手を外して起爆装置として用いることもできる。二つ目の、時限装置と起爆装置の複合物はポケットトランジスタラジオの内部に仕込まれる(コード化された無線信号で起爆させることもできた)。三つ目は、起爆薬と促進剤でリストバンドが形作られた電子式腕時計であり、時計に内蔵されたバッテリーによって点火される。どれの場合も当然、大量の爆発物を別に持ち込んでおかなければならないが、それにはいろいろと偽装するやり方がある――石膏のように型に流しこめば、どんなに便利な形にでも成形することができる。適当な色を塗ることもできる。
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