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浜町の北の外れでチェティナードチキン

Amudhasurabhi East Nihonbashi, Tokyo

アムダスラビー東日本橋店。日本最大のインドタウン、西葛西でトップクラスの評価を勝ち取っているアムダスラビーの支店と聞いて、行きたいと思っていた。

目下、コロナ感染防止を最優先とし外食は控えている私。しかし先日、赤坂のヴェヌスでインドのスパイスによるデトックスの快感を思い出し、無性にスパイスの効いた南インド料理が食べたくなって、こちらへ向かった。

場所は少々分かりにくい。東日本橋だが、浜町の北の外れとも言える。小規模で職人気質の素敵な飲食店が集積する浜町・人形町の名店をまとめた「浜町マップ」というバイリンガルの無料地図がこの近辺の飲食店に置かれている。アムダスラビーはその地図のカバー範囲から微妙に北に外れているため載っていないが、地図にある東京洋菓子倶楽部から北に2ブロック、徒歩2分の場所だ。都営新宿の浜町からも近い。

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できるだけ空いている時間にと、ランチ開店直後を狙って行った。地下のお店に入ると、インド人男性三人組、年配の日本人ご夫妻の二組しか客がいない。これは確かに経営厳しそうだ。本日このお店に向かったもう一つの動機が、食べログに「これほどの名店でさえコロナで全く客が入っていない」云々とあったこと。応援したかった。

上手な日本語を話す感じのよいウェイターさんがテーブルに案内してくれる。冷たいお水とメニューがさっと出てくる。薄暗いのは地下なので仕方ないが、テーブルも店内も清潔で小ざっぱりしている。サービスも丁寧だ。

メニューを見る。チーズナンが推されている。日本人に迎合するのは、経営上仕方のないことだろう。メニューの文字と写真の配置が解りにくく戸惑ったが、所期の目的である「サウスインディアンターリ」をお願いした。主食はプーリ。ドリンクはソルティラッシー。

ほどなく、「ASAHI」とビール会社のロゴが入った無骨なグラスでラッシーが供された。経営者はパンジャービだろうか(笑)。商売の達人、無駄なところに一切金をかけないインドのパンジャーブ人は、華人の世界で言えば潮州人。質素倹約と投機で金を増やす才覚に溢れた人々だ。私がインド勤務時に住んでいたアパートの大家さんもパンジャービで、ニューデリーの邸宅の他にムンバイ、NY、LA、プーケットに家を持っている。そして休暇の時期に私が東京にいると知ると、プーケットの別荘に「Eileen、近いんだから遊びにいらっしゃい」と誘ってくれる。

そんな情報はどうでもよい。テーブルに運ばれてきたターリを見て、思わず歓声を上げそうになった。表面張力を湛えて輝くノンベジのカレー。一つはチェティナードチキン。もう一つはムトンマサラ。いずれも一瞬でその美味しさを予感させた。チェティナードチキンの上にふわりと載せられた、火入れをしてぷっくら膨らんだ赤トウガラシ。明らかなプロの料理人の仕事だ。

期待感満々で口にしたチェティナードチキン。ヨーグルトとトマト風味のクリーミーなソースが柔らかく煮こんだチキンを包む。クミン、フェンネル、コリアンダー、マスタードシードの香りが立体的に構築され、塩味のコントロールで味のフォーカスがピタリと合っている。ムトンはチキンほどの感動はなかったが、こちらもスパイスと塩のさばきが見事で、インドのタージグループ系5つ星ホテルに入っているダイニングで出てくる料理のような、整った上品な味わいだった。

「チキン65」もまたレベルが高い。鶏肉にガーリック、クミン、カイエンヌペッパーをまぶして揚げた、要はフライドチキン。日本ではタンドリーチキンほど人口に膾炙していないが、香港、シンガポールなどアジアのインド料理店でおなじみの一品だ。鶏、スパイス、油と理解が容易な味付けの料理なので、「クノール?」と疑ういい加減な化学調味料の味付けに出会うこともある。しかしこの店は違った。スパイスを丁寧にグラインドし、プロの料理人が作ったチキン65だと感じた。

12時近くなると、お店のエントランスに仕掛けられた来客を知らせるベルが「ピロピロ~ン♪ピロピロ~ン♪」と繰り返し鳴る。さきほどまで私たちを含め客は3組しかいなかったが、あっという間にほぼ満席になった。お子さん連れの御近所風の方も何組かいるが、多いのはインド好きオーラを漂わせた様々な年代のカップル。奥様の白髪染めをしないショートヘアーとざっくりしたデザインの天然素材のワンピース、旦那様が手にする書店のロゴ入りエコバックなどからそうと知れる。この分かりにくい場所にわざわざ出かけてくるのは、インド料理好き以外にありえない(←自分も)。食べログにあった、お客が入っていないというのは緊急事態宣言中のことだったのだろうか。杞憂でよかった。

西葛西のアムダスラビーの絶賛評を聞き期待値が高くなりすぎたか、正直、身体が震えるほどの感動はなかった。しかしこの分かりにくい薄暗い場所で、これだけハイレベルの南インド料理が出てくること、またそこに大勢の日本人が詰めかけていることに、東京という街のポテンシャルの高さを改めて感じた。


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