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『手天道衛教正典』


◆「まえがき」

◆「まえがき」

◆「まえがき」

 

まず、「手天道衛教」とは何か?という要諦からお話しいたします。「手天道」とは、自分自身の脳を宇宙の中心としながらその宇宙全体を神話のフィールドとして崇め、自分自身の手天道と自分自身の信仰そのものを最高神としながら手業(てわざ)を実践するアニミズムの事をいいます。そして「衛教」とは、科学と道徳との邂逅の上に立脚しながら人類究極の命題に真摯に取り組む道義的教学のことを指し示しています。つまり分かりやすく言うと、「手天道衛教」は自らの手天道を信仰し、祖先を崇拝し、あなたの手天世界を11の方角から守る宗教なのです。

根本的に手天道と衛教とは不可分です。まず単に手天道という場合には、その手天によるアニミズムは道義的教学の上に成り立っていて、また単に衛教という場合にも、その教学には必ず手天道の実践が伴います。つまり、手天道と称する時は、手天道衛教のうちアニミズムの実践について重点を置いているのであって、衛教と称する時は手天道衛教の教学について述べているのに過ぎないのです。

ではなぜ、手天道と衛教は不可分なのでしょうか。手天道とは自我を世界の中心に据えて考える万物崇拝です。自分の世界の中心は自我です。これは逃れられない宿命です。でも実際には、自我は絶対多数の他者からなる社会の中心的支配者にはなり得ません。自我は自分世界の中心であり自身の人生から逃れられない。しかし社会の中で自己中心的な振る舞いは、許されない。当然そこには道義的な教学が不可欠です。ですから手天道側から考えると手天道と衛教とは不可分であることが証明できます。

それでは衛教にはなぜ手天道の実践が不可欠なのでしょうか。今、この瞬間にも自我は幾多の選択肢の中から最善であると考える手段方法を自己決定します。そしてその連続によって人生は成立しています。その決断の瞬間に複数の選択肢を互いに手天という具体的な偶像を用いて意見し合い脳内会議を行うことは、人生航路を安全に進む羅針盤になると思います。ですから衛教という教学理念には、必ず手天道の実践が必要不可欠なのです。

本書『手天道衛教正典』の企図するところは手天道衛教の正統たる指導者としての「神の仕え手」を養成することにあります。手天道衛教の盛衰は正に彼らの動向にかかっています。その教学指導のもとで信仰を希望する人は誰でも手天道衛教の信徒となることができます。ですから表紙にある(For all)という全称記号(universal quantifier)が、手天道衛教のシンボルマークなのです。

手天道衛教は複数の宗教の信仰を阻害しません。むしろ積極的に他宗教との相互理解を促進することを奨励しています。ただし、衛教徒は必ず、道徳遵守する存在でなければなりません。それは、未来に生きる人間として、道徳遵守は絶対条件だからです。概して言えば、決して故意に他人には危害を加えないという事です。なお、宇宙全体を神話のフィールドとして崇め科学と道徳とを融合させる手天道衛教では前世・来世の存在を認めません。来世とは、遺伝情報がこれから継代してゆく子孫の体中に未来がある事を本能的に希求していることから生まれた錯覚なのかも知れません。また逆に前世とは、遺伝情報が継代してあなたに至ったその軌跡から生まれた錯覚なのかもしれません。この様に手天道衛教は常に最新の科学を反映しながら新しい倫理を追究するのです。このことを「真実の教化」と言います。そこで、前世・来世を信じない衛教徒である為の心得として以下の信条を本書の冒頭にご紹介いたします。それは、

【手天道衛教の信条】(しゅてんどうえいきょうのしんじょう)

①今、この瞬間を、大切に生きる。

②常に、何故なんだろう、どうしてなのだろう、と思う心を持ち続ける。

③決して、最後まで諦めない。

④決して、他者に危害を加えない。

⑤自分自身とその未来を信じること。

の5点に要約されるものであり、これこそが手天道衛教の根本精神です。

また、協働社会を構築しているわれわれ人間は、自分一人だけでは生きてはゆけません。そもそも社会の一員であるという事は自分以外の絶対多数である他者に依存しながら生活している事を意味しています。自分の世界の中心は自我であり、あくまでもあなたの人生の主役はあなた自身です。しかし社会の趨勢のさなかに身を置くあなたには、ときおり目に見えない力が働いている様にも感じる事でしょう。そしてその力は時として追い風となり、また時としてそれは逆風にもなるという現実をあなたは知っています。更に加えて神秘の領域を畏敬する心や自身に対する他者からの救済を望む心などが存在していて、それが「神」なる絶対者を信仰する心をあなたの心の中に生み出しているのです。つまり手天道衛教での「神」とは、まずあなた自身の運勢であり、まだ科学的には解明されていない領域でもあり、あなた自身の心の中にある信仰心そのものなのです。それは最高神があなたの脳内自我にあることを意味していて、さらに信仰のための最高神の顕現偶像として十一面千手の容姿である衛叉大明神が神床(かんどこ)にご鎮座していることを意味しているのです。

実に人間とははかない存在で、人知の及ばない神的な存在に必ず救いを求めるものです。その事はあなたが「神」と契約を結んだのであると言うことができます。もちろん宗教は救済第一ですので、まずあなたの願いを叶えることが最優先です。その場合大切なことは、もしも幸運に恵まれた時や、願い事が叶った場合には、衛教の神であれ、他宗教の神であれ、「神」との契約が成就したことに感謝して、必ずお礼をするようにしましょう。衛教の場合、衛叉は脳内自我にありますから、自分自身の信仰心に感謝することになります。倫理的に、「神」の領域に対する感謝として手天道衛教ではそう規定させていただきます。もちろんわれわれは法外な献金や強制的な奉仕活動を要求したり致しません。

では、まえがきはここまでにして、次の章から手天道の実践と衛教の教学について順にお話しいたします。


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