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ありふれた小さな奇跡

昔、飼ってたペットのミミ(ハムスター)が死んだ時、みんなで小さなお墓を作った。

ある冬の一番寒かった日の朝に、ミミはひとり、凍って死んでた。その日に限って寝る前に、ミミのかごを暖かい部屋に入れておくのを忘れてしまったのだった。

奥さんも子供達も、みんながひどく悲しみに暮れていて、しばらくはみんなの心にミミは消えずにいたのだろう。

「私がちゃんと見てあげなかったから・・・」

そんなふうに奥さんは、泣いてる子供達の顔を見ながらしばらくの間、ずっと自分のことを責め続けていた。

それから何ヶ月の時が流れた頃だっただろうか?

ある朝のこと、子供達を学校に送り出した後の奥さんの急ぐような足音が、マンションの外からだんだんに近づいてくるのがわかった。

「ねぇ、小さな花が咲いていたのよ!」

玄関のドアをいきなり開けながら彼女は息もまだ落ちつかないのに、私にそう教えていた。

でも、私には当たり前のことすぎて、なんのことだかさっぱりわからない。「なんの花?」と聞いてみたが、問題はそんなことではなさそうだった。

「違うわ、あれはね、ミミよ
そう、きっとミミの花よ!」

それはまるで、ずっと無くしていた大切なものを偶然に見つけたかのような・・・そんな彼女の喜びようだった。ワケもわからずにその場所へと、彼女と一緒に走っていった。

そこはミミの小さなお墓だった。

すぐ近くの小さな空き地の川辺りに作ったミミのお墓に、小さな花がたった一輪、そこだけ咲いていたのだった。

なんという奇跡なのだろう。久しぶりに私の心が、まるで美しい水面のように、とても静かなものになっていた。

「また、逢えたんだね・・・」

そうつぶやく彼女の言葉が、朝の光に輝いていた。命はこうしてまた新しく、悲しみのあとに生まれ来ては、こんなありふれた小さな奇跡を、私たちに用意してくれている。

こんな気持を
誰に感謝すればいいのだろう・・・

やさしい風が、この街に流れていた。
名もない小さな草花が、微笑むように揺れていた。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一