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時の海辺から。

海が見たいと思った。

満員の通勤電車の中
ぼんやり僕は考えていた。

ガタン、ゴトンと揺れるその度に
誰かのしかめっ面がまたひとつ増える。
そんなに面白くないのかなぁ。
僕たちがいるこの場所は。

いつから僕たちは
海を見なくなったのだろう。
いつから僕たちは
海に背を向けたのだろう。

幼い頃、あんなに好きだったはずなのに。

このままあの海辺まで、”帰りたい”と思った。
別に今の仕事から逃げたいというワケでもなく
別に今日の午後の会議が退屈だから
というワケでもない。

そうだなぁ。

ちょうど学校から
忘れたものを取りに帰る。
あのときの気持ちによく似ている。

あれは昼休み時間だったか
家までの帰り道。見慣れた街が
見知らぬ街になっていて、とても静かで
とても寂しい。あのときの気持ち。

あのとき僕は、何を忘れたと言うのだろう。

あどけない笑顔、はしゃぎ声。
時の海辺から聞こえてくる。

好きだったあの頃の君が
ひとりきりの僕を呼んでいる。

ビルとビルとの小さな隙間に
あの頃の海辺がたたずんでいた。

まるで夏の蜃気楼みたいに。

電車が止まる。
やがてまた日常が動き出す。

遠く、空の向こうから
学校のチャイムが聞こえてくる。

急がなきゃ・・・。


ネクタイが、風にゆれた。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一