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郵便ポスト#5 <小説> 全12回(予定)

目安時間: 4 分


1999年


 話題になっていたノストラダムスの大予言に書かれていたような、アンゴラの大王なんかやってこなかったのだ。

 そんな年のことだ。

 パソコンが普及し、携帯電話も個人で所有することが一般的になっていたさ。でも多くなったのは確かだが、社会人が中心で、高校生までいくと、さすがに持ってる人は、まだまだ少なかった。

 八月のある日、この日は駅前の広場で、盆踊り大会が行われた。それなりの櫓が組まれ、たくさんの提灯がぶら下げられた。露店も並ぶ。踊る人も踊らない人も、たくさんの人で賑わった。

 そして、盆踊り大会が終わると、提灯の明かりが消され、露天は片付けられ、少しずつ熱気が覚めるように、祭の余韻から人の波が引いていく。

 数えられるぐらいの人しか確認できなくなった、ちょっと遅めの時間帯。ちょうどワシを挟んで、高校生の男女が、立ったまま寄りかかり話し込む。ワシからは二人の表情は見えないが頭の上での会話がよく聞こえる。

 自分たちの寄りかかっている、下の赤い置物が、盗み聞きしているとも知らずに、高校生の男女の会話は弾む。

「あのさあ、もう一回言うな。俺とつきあってって言ってんじゃん。」

「いやだよ。リョウちゃんて、なんかそういうんじゃないんだよね。」

「なんでよ、ほかに好きな人いないって言ってたじゃん。」

「だからさ、リョウちゃんは、そういう恋愛対象とは違うんだよね。家が隣で小っちゃいころから一緒に遊ぶことが多かった。ただそれだけ。なんか違うんだよね。」

 二人に寄り掛かられながら、ワシは少し青春を感じていた。

「じゃあさ、一回だけ試しに二人で、ディズニーランド行こうぜ。それで一回だけ一緒に遊べば、俺がどんな男かわかるかも。」

「もう、知っているって。家が中華料理屋で、部活は野球で性格はお調子者でしょ。それにディズニーランドは、もし行くんだったら、リョウちゃんとじゃなくて、もっとかっこいい人と行きたいの。」

「ああ~、俺でもいいじゃん。こう見えて俺、結構、モテんだよ。もう言っちゃうけれどさあ、ここだけの話、夏前にテニス部の一年の女子に告られたりもしたんだから。知ってた? 他の奴に言うなよ。」

「え~、そうなの? ウソでしょ~。どの子? って、じゃあさ、その子と付き合えばいいじゃん。って、それでどうしたの。っで、断ったの?」

「一回だけマック行った。でもそれだけ、なんか話が盛り上がらなくてさあ、やっぱいいかって。」

「あらあら。大体、夏前にそんなことしているから浮ついて、ベンチにも入れないんだよ。」

「ベンチ? ああっ、それは監督が夏の大会は三年にとって最後だからって、三年を優先してベンチに入れるって、そういう方針で仕方がなく俺が・・・。」

「でもさコウちゃん、ベンチに入っていたじゃん。」

「コウスケは別格、1年からベンチ。今回も大会前にケガして調整が遅れていなければ、ベンチどころかスタメンだったはず。」

「じゃあ、三年生いなくなったから、リョウちゃんは今度はスタメンなのね。」

「そりゃそうだよ。そうなるはず。そうなります。なる?。なるとき……。なれば。なろう。なった。……。なるにちがいない。」

「じゃあさ、来年甲子園行ったら、さっきのディズニーランドの話考えてあげるよ。」

「え、うそ。マジ。ホント? ヤった。え?、でも。」

「なによ。」

「それって、あの荒川学園に勝てということ?」

「負けたら甲子園行けないでしょ。それに運が良ければ、対戦しなくても行けるんじゃない?」

「いや、だからそれはあの荒川学園がどこかの高校に負けるということ?」

「荒川学園だって負けることはあるでしょ。今年だって、期待されたけれど全国優勝はしていないし。県予選で負けることだってあるかもよ。絶対じゃないでしょ。なに、今からあきらめてんのよ。リョウちゃん、だらしがないのね。男ならヤりなさいよ!」

 

 どういうわけか、ワシは聞いていて恥ずかしくなってきたぞ。昔、なんかこんなマンガがあったよな。そんな気がしてな。

 

 そして二人の会話は続いた。

「ああ、わかったよ。目指すよ。絶対に甲子園。甲子園へ行く。その代り、絶対に二人でディズニーランドだからな。」

「うん、お願い。甲子園連れて行って。チュ。」

 ……。チュッ? チュッてなに?

 なんじゃなんじゃ、今のチュってなんじゃ。ワシはパニック。男告る。女拒否る。男デート誘う。女拒否る。男目標定める。女「チュっ」。チュってなに? なにこの流れ?

 今ワシに寄りかかった高校生の男女二人が、ワシを挟んで何してんだ。チュウ?。キスをしたんか? チュッて。接吻か? なんでこの展開でチュウをするのだ。そういう雰囲気だったのか。今どきの高校生は何を考えているのだ。しかもワ、ワシの頭の上で。

 ワシは斜め向かいのKOBANをじっと睨んだ。こいつらをとっとと補導せえ。ダメだ、補導なんかじゃあないな。もう、逮捕せえ。
 ワシはかなり興奮していたはずだ。かつてないくらいに真っ赤になっていたはず。そりゃあ、自分の立場がどうとかではなく、普段からとかではなく、かなり興奮して真っ赤っか。

 ふん、目立たない夜が幸いしたな。

  二人の高校生は帰り、人通りがなくなった。終電が行くと駅の改札口にシャッターが下りる。始発の電車が走るまでの数時間、ワシは夢を見た。どうしても、時折、思い出してしまうことがあるのだ。




<つづく>

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