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郵便ポスト#11 <小説> 全12回(予定)

目安時間: 8 分


2005年

   

 十月の最後の日曜日。駅前は、ピンストライプのユニフォームを着ている人が、かなり多かった。Cマリーンズの今シーズン最終戦。試合開始は十八時。どういうわけか駅周辺に特別な空気感があった。それは、ただ終戦だからということではないからだ。こんな時期まで試合があるということがどういうことか。例年であれば十月の上旬で、とっくにシーズンが終わり、来年こそはという気持ちで、日本シリーズの結果を気にしていた。

 しかし、この年のCマリーンズは違った。なんと日本シリーズに出場したのである。そして、この日行われる日本シリーズ第七戦に勝てば、Cマリーンズが三十一年ぶりに、念願の日本一となる。そんな日だった。

 数年前から、予兆はあったさ。パチンコ屋の大画面で見るCマリーンズの試合も、もう十年以上見ていることになる。万年Bクラス。それでも、ほぼ全試合、モニター越しに見ていれば、そりゃ、Cマリーンズのことが好きになるさ。

 1992年からC市に本拠地を移し、十三年目のシーズン。ガラガラだったスタジアムが、この年は、連日の満員になっていた。

 C市を中心とした、C県全体でのバックアップの効果。スタジアムの9割がCマリーンズを応援する。レフトスタンドのすみっこに、ビジターチームを応援する人がいる程度。ライトスタンドだけではなく一階内野席、二階席。そして一塁側、三塁側関係なく、全部がCマリーンズを応援していた。

 おそろいのユニホームをみんなで着て応援するスタイル。メガホンや応援バットという、いわゆる応援グッズは使わない。応援をリードするのは太鼓一台とトラペット三台。そして統制のとれた観客の手拍子と声で応援する。円形のスタジアム内に反響し、相手チームにとてつもない威圧感を与えた。応援される選手には相当、心強かっただろう。

 でも、ほんの数年前までは、違った。結果の伴わない日々が続く。負けることに対しての耐性は、元々、弱かったからなんてことないさ。ファンも負けるたびに荒れていたら体がもたん。人気球団のジャイアンツファンは、優勝が当たり前になっているから、少し連敗すると大騒ぎになる。 

 チームが弱くても、みんな野球が好きでスタジアムへ足を運ぶ。せめて応援だけでも。負けても、応援だけでも楽しもう、っと。

 本当に弱かったのだ......。

 Cマリーンズのピッチャーが投げる球は、相手チームのバッターに、ピンポン球のように軽く飛ばされる。その逆も然りだ。打者がバッターボックスに入ればボールは全く飛ばない。Cマリーンズが打つときは、相手のピッチャーは鉛でも投げているんじゃないかと思うぐらいボールが重く飛んでいくのだ。いかさまかと思うぞ。そんな試合、じっと見ていられるか。いくら野球好きでも、しんどい。

 そこでCマリ―ンズの試合を観に行くファンは、応援に一つの楽しみを見出した。もちろん応援が、球場の雰囲気を変えて逆転する、そんなことが起これば、ファンとしてはこのうえないだろう。それが最初はなんともなかったとしても、次第に力となってきたのだ。トランペットと太鼓をリードに、統制のとれた手拍子と聞きごたえのある応援の声。

 少しずつ、少しずつだ。そして段々、独特の応援の迫力に気づき、スタジアムへ足を運ぶ観客が増えていく。ホーム側の一塁側だけではないぞ。応援する人が中心となるライトスタンドの正面、三塁側の内野席、二階スタンドの三塁側も埋まるようになった。声が響く。正面だから、手拍子や、ファンの一体感も見ることができる。迫力を正面で感じられるのだ。応援歌によっては、いつ、どこで練習しているんだというぐらいの完成度。聞いていて鳥肌が立つこともあった。この球場、屋根はない。だから天候で観客の数も左右されてしまう。でもな、適度にしっとりとした空気の日の方が、声や、手拍子の響きはいいのだ。コアなファンは、それも知っている。だから意外と、そんな天候でも足を運ぶ人はいる。

 そして負けても、観客が多くなると、不思議とプレーにキレが出始める。本当に不思議なことだ。相手チームの打球が飛ばなくなって。Cマリーンズの打球が飛び始める。これは、いかさまではないぞ。もちろん選手の努力もあるだろう。

 そして投打が力を発揮しはじめると、チームの順位が上がりはじめたのだ。勝つとさらに観客が集まる。球場に入れない観客が増える。するとこの駅前広場のような所が、パブリックビューイングの会場として人が集まるようになった。そんなパブリックビューイングがあちこちで開催されている。って、この間、ミニ番組の「熱血マリーンズ応援宣言!」で若いねえちゃんが取材しておった。

 ここのパチンコ屋の大画面でも、映し出される試合を見るために、多くの人が足を止める。もう当たり前のように置かれた椅子に座り、近くのコンビニで買ってきた酒やつまみを手に楽しみながら応援する。点が入れば、知らない人同士でもハイタッチ。立ち上がり、飛び跳ね、手を叩き、声を揃えて盛り上がっている。盛り上がればさらにCマリーンズは勝った。

 そしてついに、今日の試合を迎えたのだ。

 ほれ、あっちからピンストライプのユニホームを着た一人の男性が来たぞ。上からウインドブレーカを羽織ってはいるが、下に着ているのは間違いなくCマリーンズのユニフォームだ。ワシはあの男をよく知っている。分かるかい? よく見ろ。ちょっと太ったかな。あれは亮一だ。そう、あの亮一。あの亮一も、ここの常連。

 きっと場所取りだな。奥さんと小さな子供が一人いる。きっと試合開始時間が近づけば、後から奥さんが子供を連れて、この駅前の広場へやってくるはずだ。

 家族三人みんなでCマリーンズのピンストライプのユニフォームを着る。筋金入りのCマリーンズ一家。亮一のユニフォームの背中には、お気に入りのCマリーンズの選手の名前がついているんだけれど、それは亮一だけではなく、奥さんも子供もみんな同じ選手。ワシは最初にそれに気が付いたとき、楽しくて仕方がなかった。

 亮一は、パチンコ屋の大画面の前に設けられた、パブリックビューイング会場となる前列の一番右端に腰掛ける。荷物から、Cマリーンズのマフラータオルを二本取り出し、背もたれにかける。タオルをかけないイスに自分が座り、早々と横に並んだ三人分の席を確保した。ワシには意図がわかった。恐らく一番はじに後からくる奥さんが座る。その脇に下の女の子を乗せたベビーカーを置くはずだ。男の子が座る席を一つ開けて男性が座る。家族四人で三人の席を使う。亮一は用意しているスポーツ新聞を取り出し、日本シリーズが始まるまでの時間を潰す。

 しばらくすると亮一の後ろから近づき、背中をポンポンと叩く別の男性が現れた。座っていた亮一は驚き立ち上がる。

 お互いに「何してんだよ~。」「なんでこんな所で~」「久しぶりじゃないか」という表情になっていた。そして着ているお互いのCマリーンズのユニフォームを指さし笑いあう。亮一はウインドブレーカを脱ぎ、背中のお気に入りの選手の名前を見せる。お互いに手を叩きながら笑いあう。亮一はスポーツ新聞を置き、男性が被る小さめの帽子に気づく。その帽子はCマリーンズのものではなく、「S」と刺繍されていた。それを見て、さらに驚き二人で盛り上がる。

 さらに、そこにベビーカーを押しながら、亮一の奥さんがやってきた。ありきたりのお辞儀と挨拶をかわし、その場が終わる。奥さんは亮一が確保した席に座り、隣にベビーカーを止めた。

 日が傾き、試合開始時間が近づくとさらに、ピンストライプのユニフォームを着ている人が増え始めた。球場のチケットは、一般発売開始の初日ですべて完売。球場で試合を見ることができない人が、悲願のCマリーンズの優勝の瞬間を、家のテレビではなくみんなで共有しようと、ここへ集まる。夏の盆踊大会以上の人が集まる。三十一年ぶりの日本一が目前。

 この大きく盛り上がる理由となったのがもう一つ。待望のスター選手が、登場したことだ。それが我がF市を地元とする、荒川学園を卒業したプロ入り五年目、山村じゃ。プロ入りして四年間は、ずっと二軍。ごくたまに一軍に上がっても、目立った結果が出ずにすぐに二軍へ返される。そんな繰り返し。しかし、今シーズン、覚醒する。主力のベテラン選手が怪我をした。そして巡ってきた試合で、なんといきなりの三打席連続のホームラン。ミラクルが起こり、そこからスタメンで起用されることが多くなったのだ。スポーツの世界とはそんなものだ。

 起用されることが多くなると、ファンからも認められるようになる。その一つが、個人の応援歌だ。山村個人の応援歌が定着すると、さらに球場が盛り上がった。前年までの伸び悩みが嘘のように思えるほど、打者として結果を出す。シーズン途中からの覚醒であったが、ホームラン18本とチームの中心として十分の活躍だった。

 そして試合が始まる。会場みんながおそろいのユニフォームを着て画面を見る。一球一球に歓声が起こる。ここは球場ではない。ただの駅前広場に面したパチンコ屋の壁の大画面にみんなが集中する。球場と同じように応援も行われた。

 ライトスタンドのトランペットの音色が画面越しに漏れてくる。場内アナウンスが一人のバッターの名前を読み上げる。その選手がネクストバッターズサークルからゆっくりと、バッターボックスへ進みだす。画面は応援席。前奏としてトランペットのファンファーレが続く。ファンにとって、これは単なる儀式。声も出さず、手拍子もなくじっと音色を聞く。そして始まる。ライトスタンドの中心の数人が、ゆっくりと、最初に手を叩く。

 パン・・・、パン・・・。

 ゆっくりと。それを追うように周りの数十人がさらに叩く。

 

 パン、パン。

 さらに周りの数百人が叩く。

 

 パン、パン、パン。

 

 拍手が波紋のように広がるに連れて、ペースが速くなる。トランペットのファンファーレが一端、止む。手拍子はそのまま広がり続ける。スタジアム一帯に広がると、さらにどんどんペースが上がる。

 ワシのいるこの駅前広場も同様じゃ。ワシも不思議と、足元のコンクリートから解き放たれて、気持ちは球場にいるかのような、そんな高揚感じゃった。

 パン、パン、パン、パン、パン。

 さらに手拍子だけが鳴り響く。一気に異様な空気に変わる。そして合図として太鼓の音が入ると、トランペットの音色が再び響き、応援歌を唄うファンの声が一斉に響き渡った。

 Oh~♪ ソウタ~♪ ソウタ~♪

 俺たちと~ 共に~ Oh~ ソウタあ~♪

 オーッ、ソ~ウタッ!

 これは毎試合聞いても、鳥肌もんだ。歌詞が短くシンプルで覚えやすいのがいい。このチームの応援歌の特徴の一つなのだ。応援歌には、曲に合わせて名前を連呼しているものもあるくらい。たまにしか試合を観ることができない人でもすぐに覚えられる。ワシは毎試合、ここで観ているから、全部知っているぞ。そのうちの一番のお気に入りが山村の応援歌だ。

 Oh~♪ ソウタ~♪ ソウタ~♪

 俺たちと~ 共に~ Oh~ ソウタあ~♪

 オーッ、ソ~ウタッ!

 Oh~♪ ソウタ~♪ ソウタ~♪

 俺たちと~ 共に~ Oh~ ソウタあ~♪

 オーッ、ソ~ウタッ!


 数時間後、試合が終わっていた。
 

 ワシは、ただの赤い郵便ポスト。でも泣いた。


<つづく>

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