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郵便ポスト#7 <小説> 全12回(予定)

目安時間: 4 分


 2000年

 

 ミレニアムと騒がれたその年。亮一は、甲子園に向けて、日々トレーニングに励んだ。しかし、一方でお調子者が、本来の姿。自分に、気持ちがありそうな女の子がいれば、とりあえず声を掛ける。
 そして、自分は興味がなかったけれど、君が興味を持ってくれたなら、一回ぐらいデートしてあげてもいいよと、そんな軽いノリで、野球の練習の合間を縫って密かに遊ぶ。

 密かに遊ぶというのも、実際は本命の女の子がいたからだ。隣の家に住む、小さいころから一緒に遊ぶことが多かった加奈。加奈には、もう高二の夏休みの時点で、三回告白して三回フラれている。お調子者を嫌う加奈は、亮一に条件を出す。甲子園に行ったらディズニーランドへ行ってもいいよ、と。そんな実現不可能ともいえる条件を突き付けられ、「頑張る」と約束する亮一。亮一が、高三の最後の夏の大会へ向けて、必死に頑張るのだ。

 そして、亮一の高校、市立F高校は夏の県予選を、すべての試合を接戦で勝ち上がる。奇跡とも言えるプレーや神風、雷雨などの天候をも味方につける。そして、決勝で、甲子園の常連校、荒川学園と激突するのだ。

 十三時試合開始。場所はCマリーンズの本拠地であるマリンスタジアム。ワシは、駅前のパチンコ屋の外壁に備え付けられた大画面モニターに釘付け。駅前の広場には、パイプイスが並べられ、即席のパブリックビューイングが開催される。席は、試合前にはすべて埋まり、ロータリーに面した、バス停やタクシー乗り場のベンチまで埋まり、立ち見で試合を観る人たちまでいた。

 大方は、地元の高校である市立F高校を応援する。スタメンでセンターを守る亮一の地元の駅でもあるので、ワシも、もちろん市立F高校に注目していた。

 初回、まさかの奇跡が起きた。このスタジアムは、いつでも風が強く吹くことで知られている。プロの試合でも、信じられない落球を見ることがあるのだが、風を味方につけられるかが、カギとも言える。

 そして、我らが亮一が、大仕事をやってのけた。荒川学園のエース投手から、141Kmのストレートを、逆らわずに引き付け気味に、ライトのポール際へ高々とフライを打ち上げたのだ。この球場は、このポール際の高く上がった打球が、なぜか伸びる。海から吹き込む風が、円形のスタジアムで、神風と化す。

 亮一の打球も、ファウルへとは切れずにスーッとそのままライトスタンドへ吸い込まれた。一瞬、球場内は何が起きたのか分からなかった。決勝戦とはいえ、戦前の大方の予想では、やはり荒川学園が優勢との見方が強かった。しかし、試合開始早々の初回、先制したのが市立F高校。

 し~んと静まり返ったスタジアムがグッと歓声に包まれたとき、一塁ベースを回る亮一が、大きく飛び跳ねた。荒川学園のエースは、少し呆気にとられた表情でライトスタンドの方向を見る。

 亮一が三塁を回るとき、プロのスカウトも注目しているという荒川学園のサードの山村という選手に対し、帽子に手を運び、挨拶をした。山村も軽く応える。ワシはパチンコ屋の大画面でその様子を確認した。市立F高校の応援席は大いに盛り上がった。

 しかし、試合は中盤から、注目の荒川学園の山村という選手が二打席連続でホームランを打つなどの活躍で、三対一で逆転する。ちなみに山村という選手も、F市が地元だ。

 さらに試合は八回の裏、荒川学園の攻撃でツーアウト。ランナーは二塁三塁。バッターはあの山村。市立F高校は、もう一点も許せない。なんとかここを抑えて、最後の九回の攻撃に、すべてを出し切りたい市立F高校。作戦として選択したのは、強打者の山村を敬遠で歩かせ、満塁策をとって、次の五番打者との勝負だった。

 そして五番打者に投じた三球目、打球がセンターを守る亮一の方へ、詰まりながら飛んでいく。亮一は懸命に前進する。内野のセカンドとショートも打球を追いセンター方向へ走る。アウトカントはツーアウト、ランナーは打球に関わらず、走る。

 前進する亮一の走りには無駄も迷いもなかった。しかし必死に走る亮一に対して、打球は前へ。飛びつく亮一。しかし野球の神様が選んだのは無情だった。

 打球に触ることもできなかった亮一は、振り返る。誰もいないバックスクリーン方向に転がる打球を呆然と見送る。

 観客にとっては一瞬のワンプレーだったが、亮一にとっては、そら、とてつもなく長く、永遠にも思えるほどのゆっくりとしたスローモーションに感じられたはずだ。

 レフト、センターが追い付くころ、打った五番打者はサードベース手前を、全力で走りぬこうとしていた。

 スローモーションが終わり、五番打者がホームを駆け抜けた時、亮一の夏が終わった。

 試合後、荒川学園の校歌が流れ、甲子園進出を喜ぶ選手達が応援席へ挨拶へ行く。一方、敗れた市立F高校の選手は、泣き崩れる。亮一も同様に仲間に支えられながら、応援してくれたスタンドの人たちへ挨拶へ行く。

 パチンコ屋の大画面のモニターは画面が切り替わる。市立F高校の応援席が映る。そこには泣きながら、でも顔は笑いながら、そして大きく選手に手を振る加奈の様子が映し出された。

 ワシはそこでも青春を感じたのだ。



<つづく>

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