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郵便ポスト#9 <小説> 全12回(予定)
目安時間: 2 分
1977年
季節は春。ポカポカ。立っていても、どういうわけか眠くなるそんな陽気。
新しくなった駅舎を中心に駅前広場、ロータリーが街に馴染み、落ち着きが出てきた。目に見える範囲では確認できないが、どこからともなく春の風に乗って桜の花びらが舞い込んできた。ワシは、朝から西口の彼女が気になっていた。あからさまに見ることは、できん。テレちゃうから。横目でチラチラっと。空を舞う桜の花びらを、目で追いながら、その後ろの視界に映り込む西口の一周り細い赤いあの子。なかなか詩的だろ。
そうは言っても、夜が明けきらない始発電車が走る時間帯は、視界もぼんやりしていることをいいことに、ガン見。言うなよ。ラッシュにはまだ早い時間帯。スーツを着たビジネスマンよりも、土木、建築といった作業着の人が多いのがこの時間帯。落ち着いたとはいえ、未だに歩道や駅前広場では、そういった作業着の人を見ることは多い。日によって少ないこともある。その日は、今思うと、多い方だったかもしれん。
毎日、足
がツルというぐらいに、気持ちでは背伸びの限界に挑戦している。コンクリートに固められているけれどな。ラッシュの時間帯はダメ。人が多すぎて。どんなに背伸びしても人影で見えない。何気に朝の時間帯は、郵便物を投函しに来る人も多く、さらに視界が遮られる。会社員、大学生、高校生、中学生。中にはランドセルを背負った小学生も。おじいちゃんもおばあちゃんも。アルバイトの人も遊びに行く人も。とにかく朝のラッシュ時は、いろんな人が改札口から駅のホームへと吸い込まれていく。
昔も今も。小さく店の数や種類が変わっても、この時間帯の慌ただしさは変わらない。西口のスレンダーな彼女の姿もずっと変わらないと思っていた。
今でも繰り返される。どこからともなく舞い込む桜の花びらと行き交う人々。今思うと、ちょっといつもより多かった作業着の方々。
朝のラッシュの時間帯が終わる。人の数が減っても、なぜか彼女の姿は見えなかった。彼女の姿だけではなく、ワシの位置から見通せた西口の本屋でさえ、もう見えない。駅の構内で、また工事が始まるらしい。ちょうど彼女の姿を遮るように、駅の構内の一画が工事用の柵とシートで覆われた。
一カ月後、その場所に喫茶店がオープンした。工事用の柵とシートが外され、真新しい煉瓦調の壁が現れる。壁には木製の格子でガラスが取り付けられ、その小さな枠から中の様子が垣間見ることができた。
もう彼女は、その喫茶店の向こうの世界へ。もう見ることができないあの姿。それ以来、四十年以上、一度も見ることができなくなってしまった。そりゃ、何度も背伸びをしようとしたさ。できるもんなら大きな声で叫びたかったさ。
でもワシは、本当に、ただの赤い郵便ポストなのだ。
<つづく>
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