サクちゃんて呼んで

サク田サク代さん(83才)(仮名)という女性がいた。

老人ホームの認知症専門棟に入居中のこの方。昔は一杯飲み屋のママさんでもやっていたのか、妙に人懐こくおしゃべり上手でコミュ力高し。

認知能力はやや低下しており、忘れっぽかったり帰宅願望があったりするものの、体はこれと言って悪いところも無く、細身ながらシャッキリした感じのおばあさんであった。

ある時ショートステイで利用中のゴンダとめごろうさん(82才)(もちろん仮名)が、夕方頃になってステーションにやってきた。

ゴンダさんは、「もう夕方になるし家族も心配するから、早く家に帰りたい。いつまでもこちらでお世話になっている訳にもいかない。まして知らない家で夕ご飯を頂くなんてとんでもない。お金も持ってきていないし…」と訴え、夕ご飯も食べてくれない。職員にとっては困った訴えだが、ここが施設でなければ、至極当然の訴えかと思う。

誰だって、突然知らない家に連れてこられて、ご飯食べろ泊まっていけと言われたとて、誰が快く承知するだろうか。

職員は困って、あの手この手で説得するがなかなか食べてくれない。

そこへたまたま通りかかったサク田さん登場!

不安げで落ち着かないゴンダさんを見て、「おじさんどうしたの?」

「何か心配事でも?」と隣に座って話しかける。職員が状況を簡単に説明すると、「そうかい、おじさんはどこから来たの?」と話し始めた。

ゴンダさんも、「実は…」と話し始める。

「そうかい、そうかいそりゃあ大変だったねぇ。あたしもさ…」と何故かお互い身の上話になる。

そして頑なだったゴンダさんの気持ちをほぐしてくれ、職員との連係プレーで見事に夕食を食べて貰う事が出来たのである。

その見事な話術に感心した私は、サク田さんに

「さすがサク田さん、その見事な話術は素晴らしいですね!才能だなぁ、羨ましいなぁ、どうしたらサク田さんみたいになれるのかなぁ」と本心から感動して感謝の気持ちを伝えた。

するとサク田さんも嬉しかったと見えて、「サク田さんなんて他人行儀な呼び方よしとくれよ。あたしとアンタの仲じゃないか(いつからどんな仲でしたっけ?)サクちゃんて呼んでよ」と満面の笑みで言ってくれた。

私も嬉しくなって

「ほんとに良いんですかー?じゃあ、ほんとに呼んじゃいますよ?」

「サクちゃん♡」と私

「はぁい♡」とサクちゃん、ご満悦な様子。

その日は私もウキウキ気分で帰宅した。


そして次の勤務の日、サクちゃんを見つけ

「サクちゃん♡おはようございます」
と声をかけた。

するとサクちゃんは
「あんた誰だい?あたしゃあんたにサクちゃんなんて呼ばれる筋合いはないけど!」
と不機嫌そうにスタスタと行ってしまった。

やっぱりかー、そりゃあ忘れちゃってるよなー
それが認知症だもの。

でも良いんだ。
あの日私がサクちゃんの話術に助けられて感動し、伝えた感謝の気持ちをサクちゃんは嬉しそうに受け取ってくれた。

それのお返しが「サクちゃんて呼んでよ」だったのだから。

残念ながらサクちゃんの記憶の中には残らなかったけど、
「サクちゃん♡」

「はぁい♡」 

という、お互い嬉しかった瞬間は確かに存在したのだから。

認知症の人は、「今」その瞬間を生きている。

だからこそその瞬間を、嬉しかったり楽しかったりする気持ちで重ねて欲しい。

介護はきれい事だけじゃ済まなくて、本人の意に沿わない事も(例えばお風呂に入りたくない人も感染症予防の理由などからお風呂にどうしても入ってもらわなければならなかったり)してもらわなければならない事も沢山ある。

だけど、なるべく日常の何気ない会話の中にもニコッとしてもらえたり、クスりと笑える瞬間を持ってもらえる様な仕事が出来たら良いなと思った。

もちろんそれは理想に過ぎず、

うまくいかなくて

「コンチクショウ、こんの頑固ババ!」と
心の中で悪態をつく事も数知れずではあったが…

まぁしょうがないよね、介護士だって

にんげんだもの(みつを先生すみません)

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