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『越境者 松田優作』

『越境者 松田優作』
松田美智子 著、新潮社文庫。

松田美智子は、松田優作の前妻で、現在はノンフィクション作家、。

松田優作と出会い同棲し結婚し出産し、松田優作がスターへの道を駆け上がりだした過程を目の当りにし、やがて離婚、闘病入院死亡にいたるまでのことを、松田優作死後20年たってから、彼の関係者に会って話をきいて辿った手記だ。

僕は、こういう、リアリティある本のが好きだ。
たとえば。旅行記や冒険記。 その、記録しか書かれてないようなものにはもう興味はない。 どうして何故、いかにして、それをするに至ったか、そして、どう実現できたか、つまりお金のことを含めて、そういうことがないといけないと思う様になっている。ただ、そこへ行った・こーしたあーしただけじゃ、もうおもしろくない。
しかるに、この本にはリアリティがある。
食事やらなんやらの世話をしていた妻だったからこそ書けたものが。
妊娠して、女子を出産したあたりの文章は秀逸だ。 これはもちろん女性だからこそなのだが。
たとえば、村川透と組んだ『蘇る金狼』では体重を増やし、ついで『野獣死すべし』では体重を八キロ落としたが、そのための食事の描写があったりもする。

実は、大下英治や山口猛の、松田優作の本は読んでない。
それは、なんだか、松田優作の凄さを感ずるだけのような、なんというか、だから?みたいなものでしかない感じがして、結局手を出さなかった。金子正次の本や市川雷蔵のものは読んだ。 どこが違う?のか、自分でもよく説明できないのだけれど・・

この『越境者』とつけたのは、おそらく、松田優作の国籍のことに関係しているのだろう。
高校二年の時のアメリカ留学のことも。 この留学は、当時は16歳になると自分で外国人登録に出向かなければならなかったことを懸念した母親の、強いプッシュによるものだったが、高校生だった松田優作は、やはり疎外感を抱いただけで、結局一年だけで日本に帰ってきてしまう。
後年、松田優作はアメリカでの生活を確実に視野に入れていたことも、この『越境者』に入っている、はずだ。

松田優作が、自分の死を確かに認識していたかどうか、のところは、彼が師と崇めた禅の先生や入院した病院の先生にインタビューしたところはあるが、なんだか歯切れが悪い。
それは、もう彼の妻でも身内でもない著者の、20年たった時間経過のせいであり、 これはしょうがない、のかもしれない。
病状は前から現れていたのだから、彼自身医者や薬嫌いだったとはいえ、治そうとしなかった要因は(治ると信じてたかもだが、それは宗教的?精神論的なものになった)彼自身の身内にある、はずで、晩年、松田優作がより精神的な世界の方へ傾斜していったきっかけも(当時の)妻の母親の影響があった、らしい。
松田美智子は、けしてそこら辺りをつっこんではいない。あくまでも、自分が足をつかい人と会い、こうだったこう言っていたといった(著者にとっての)事実を、書いている。その立ち位置が素晴らしい!
入院中、計四人の子供たちを一切近付けなかった、これは残念だった、と書いているにとどまる。

前妻の著者が娘と共に松田優作に会ったのは、亡くなる前年の1988年の暮れ。 1989年には三度電話で話てるだけ。三度めは四月上旬。これが最後になった。1989年11月6日、松田優作永眠。享年40歳。

松田美智子にとって、その最後に会った際の娘との約束は果たされないまま終わったし、その時に感じた疑問(?違和感)が、燻り続けた。
松田美智子にとって、これは書かねばならなかったものだった。20年の時間はかかったが。

序章で松田美智子は、こう書いている。
『もとより、彼をおとしめるつもりも過剰に褒めるつもりもない。描くのは松田優作という俳優の人生だが、なにも持たないというよりは、むしろ厄介な負を抱えて出発し、伝説化されるほど忘れがたい軌跡を残した一人の男の人生である。』

この本は2008年1月に新潮社より刊行され、この文庫本は2010年6月に発行された。


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