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本好きにとっては夢のような世界かも 『丘の上の本屋さん』

3月3日(金)公開 新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

■あらすじ

 老店主リベロの営む古書店は、丘の上の広場に面した場所にある。人通りの良い立地が幸いして、店には常連客と通りすがりの客が半々ぐらい。リベロはそこで、自分の愛する本に埋もれて暮らしている。

 ある日、店先のワゴンに詰め込まれたマンガ本を見つめる少年に、リベロは「本が好きなら1冊貸してあげよう」と声をかける。少年は大喜びで1冊のマンガを借りて行き、翌日は律儀に返しに来た。「ならば別の本を貸してあげよう」。

 古書店の店先は、老店主と少年の本を巡る対話の場になる。貸し出す本は、マンガから絵本に、絵本から童話に、童話から大人向けの小説へと、少しずつステップアップしていく。

 書店の隣にあるカフェで働くニコラは、書店の常連客キアラに熱を上げている。彼女が勤務先の主人のリクエストで古い映画雑誌を探していると知ると、ニコラは彼女に一肌脱いでみせるのだった。そんな若者たちの姿を、リベロは優しい目で見つめている。

■感想・レビュー

 映画の予告編を観て映画を観始めたら、「あれ? 思っていたのとちょっと違ったぞ?」と思うことがある。この映画もそんな映画だった。もう少しドラマ性の強い映画だと思っていたのだが、古書店主と客のやり取りを、さらさらとスケッチ風に綴っていく映画になっていた。

 予告編でも大きく取り上げられているのは、主人公リベロとアフリカからの移民少年エシエンのエピソードだ。これは間違いなく、映画の主要エピソードのひとつではある。だがそれと同じぐらいの比重で、この映画ではカフェで働くニコラと若い家政婦キアラのロマンスが描かれているし、失われてしまった自分の著書を探し求める元大学教授のエピソードも、映画の中で起承転結を持ったエピソードとして描かれている。

 この映画はひとつの太い幹のような物語に、周辺のエピソードが散りばめられるのではない。つる草のような細い物語が2〜3本絡まり合って、そこに点景としてワンシーンだけ登場する客たちのエピソードが付随する構成だ。ある種のオムニバス形式、グランドホテル形式と言えなくもないが、ドラマとしてはどのエピソードもちょっと弱いような気がした。

 そもそもこの映画は、何かを物語る気があるのだろうか? 例えばたまたまリベロの手もとにたどり着いた古い日記帳のエピソードがある。半世紀以上前に、貧しいイタリア人の若い女が書いていた日記帳。そこには彼女がたどる恋人との関係性が赤裸々に書かれている。

 でもこの日記の書き手は、どこに消えたんだろうか? 恋人結婚して海外に旅立ったようだが、にもかかわらず、彼女の日記が最近になってイタリアの小さな町でゴミ箱に捨てられたのはなぜなのか? おそらくそこにドラマがあるのだが、この映画はそれを描こうとしない。

 古書店は主人公がほとんど趣味で営んでいるかのようなリアリティなき空間。そこで起きたことはまるで夢のようなものだ。映画館を出れば、夢は終わる。

(原題:Il diritto alla felicità)

シネスイッチ銀座(SCREEN 2)にて 
配給:ミモザフィルムズ 
2021年|1時間24分|イタリア|カラー|サイズ|サウンド 
公式HP:http://mimosafilms.com/honya/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt13913738/

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