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役所広司の表情に引き込まれる 『PERFECT DAYS』

2023年12月22日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 スカイツリーが見える東京下町の住宅街。周囲に埋もれるように建つ古い木賃アパートの一室で、中年男の平山は一人暮らしをしている。仕事は公園トイレの清掃員だ。

 彼は毎朝目覚ましなしに決まった時間に目覚め、布団をたたみ、歯を磨き、顔を洗い、ヒゲを切り揃え、植木に水をやり、制服のつなぎに着替えて、部屋を出てから空を見上げてニッコリ微笑む。決まりきった日々の暮らしだが、そこに平山のささやかな幸せがある。

 平山は無口な男だ。ほとんど喋らない。一人暮らしの部屋で喋る必要はないし、仕事をしている時にトイレの利用者と話すこともない。職場の同僚ともほとんど話さない。話さなくても用が足りるなら、話さなくてもいいじゃないか。

 そんな平山のところに、あるとき思いがけない客が訪れる。姪っ子のニコが、家出したから泊めてくれと言うのだ。突然の予期せぬ訪問者に驚きつつ、自分を頼ってくれる姪を気にかける平山だったのだが……。

■感想・レビュー

 ヴィム・ヴェンダース監督が日本に招かれて撮った新作映画。カンヌ国際映画祭に出品され、主演の役所広司が男優賞を受賞。作品自体もエキュメニカル審査員賞を受賞した。アメリカの第96回アカデミー賞でも、国際長編映画賞の候補作になっている(授賞式は3月10日)。

 主人公がほとんど言葉を発しないので、最初は彼が対人コミュニケーションに問題を抱えた世捨て人のように見える。だがそういうわけではない。映画を観はじめてしばらくすると、平山のちょっとした表情やしぐさから、彼の心の動きが手に取るように見えてくる。

 その代表格は、愛車の中で若い女性に自分の趣味を誉められ、慌てたり、驚いたり、嬉しかったり、誇らしかったりする平山の様子。車の中の狭い空間内で繰り広げられるドタバタと豊かな感情表現は、役所広司が無声映画の大スター俳優、チャップリンに匹敵する表現者であることを示している。

 圧巻なのは、映画の最後にある平山のクローズアップの長回し。ニナ・シモンの「Feeling Good」を流しながら車を運転する平山の表情が、刻々と変化していくワンカット。彼は笑っているのか。それとも泣いているのか。この曖昧さで閉じられるエンディングは、ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎の『晩春』(1949)を思い出させる。

 映画のポスターには「こんなふうに生きていけたなら」とあり、ネットで見かける本作の感想にも「平山さんの生き方が理想」といった言葉を見かけることがある。だがこの平山という男は、世を達観して清貧を楽しんでいるわけではない。彼は過去の家族関係から何らかの大きな傷を心に抱えていて、その傷の痛みに今もなお苦しんでいるのだ。

 過去に起きた家族関係の出来事に苦しめ続けられている中年男という点で、平山は『パリ、テキサス』(1984)のトラヴィスに通じるキャラクターだと思う。だが彼の傷が癒やされる日は、きっと来るだろう。

(原題:Perfect Days)

TOHOシネマズ シャンテ(スクリーン2)にて 
配給:ビターズ・エンド 
2023年|2時間4分|日本、ドイツ|カラー|スタンダード 
公式HP:https://www.perfectdays-movie.jp/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt27503384/

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