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「カメ止め」仏リメイク 感想はどう?【次に観るなら、この映画】7月16日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。

①2017年製作の日本映画「カメラを止めるな!」をフランスでリメイクした「キャメラを止めるな!」(7月15日から映画館で公開中)

②レストランを舞台に、全編90分ワンショットに挑んだ「ボイリング・ポイント 沸騰」(7月15日から映画館で公開中)

③モダニズムを代表する画家の伝記映画「魂のまなざし」(7月15日から映画館で公開中)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「キャメラを止めるな!」(7月15日から映画館で公開中)

◇アカデミー賞受賞監督の一途な愛情と、仏人気俳優たちの嬉々とした暴走ぶりが沁みる(文:佐藤久理子)

 「上田慎一郎監督のとても知的な脚本に感嘆し、スリルを感じた」というミシェル・アザナビシウス監督が、思い余ってフランスのキャストでリメイクしてしまった本作。なにせアカデミー賞受賞作「アーティスト」で、今日日(きょうび)モノクロのサイレント映画を復活させてしまった監督である。何があっても驚かないが、これは意外に素直に、オリジナルに忠実に作っている。役名にわざわざ日本語まで付けているところなども、一途な愛情を感じる。

 今年のカンヌ国際映画祭ではオープニング作品として上映され、会場は大袈裟ではなしにげらげらと笑いに溢れ、喝采を浴びた。

 ではオリジナルを知る観客にとってどこが新鮮かといえば、フランスの演技派俳優たちが大真面目にこの“偽ゾンビ映画”に取り組み、暴走しまくっていることだろう。本国では出演作が後を絶たないロマン・デュリスは、「速い、安い、質はそこそこ」のしがない監督、日暮を、そのコメディ・センスを発揮して演じている。アザナビシウス監督のパートナーであり、彼の作品に欠かせないベレニス・ベジョは日暮の妻に扮し、切れたら止まらない“カンフー・マスター”として(フランスでのカンフー映画の認知度を意識し、B級感を加速させている)、ゾンビに対峙する。

(C)2021 - GETAWAY FILMS - LA CLASSE AMERICAINE - SK GLOBAL ENTERTAINMENT - FRANCE 2 CINEMA - GAGA CORPORATION

 フランスの国立劇場コメディ・フランセーズに所属する名優で、ふだんはシリアスな役の多いグレゴリー・ガドゥボワ(「オフィサー・アンド・スパイ」)が一転、呑んだくれのカメラマンに扮し、その巨漢を存分に駆使して、鈍感なゾンビぶりを披露するのも可笑しい。またフィネガン・オールドフィールド(「GAGARINE ガガーリン」)がインテリぶりと虚栄心が鼻に付く売れっ子男優に扮し、「キャピタリズムの害悪」について熱弁を振るうところなどは、アザナビシウス版ならではのセリフの妙と言える。物語が軌道に乗るまでの冒頭は、よりアップテンポな印象を抱かせる。

 もっとも、竹原芳子をゲスト出演させるあたりに上田作品へのリスペクトを感じさせるし、ゾンビ映画へのオマージュも見られる。

(C)2021 - GETAWAY FILMS - LA CLASSE AMERICAINE - SK GLOBAL ENTERTAINMENT - FRANCE 2 CINEMA - GAGA CORPORATION

 所違えば勝手も違うのであるから、本作とオリジナルを単純に比べることは無粋というものだ。フランスの俳優たちが嬉々として日本のリメイクを演じている、というのが単純に面白いし、何よりこの物語の根幹にある父と娘の絆という普遍的なテーマ、そして映画への情熱と何が起こるかわからない映画制作の苦労がひしひしと伝わり、やっぱり映画愛って世界共通だなと思わせられる、そこがもっとも魅力だと思う。


「ボイリング・ポイント 沸騰」(7月15日から映画館で公開中)

◇ロンドンの人気レストラン、1年で最も忙しい夜のすべてをワンカットで見せる(文:本田敬)

 大ヒットした「カメラを止めるな!」、デジタル機材が可能にしたソクーロフの「エルミタージュ幻想」、CGで時制や場所を超越させたサム・メンデスの「1917 命をかけた伝令」。さらには「リービング・ラスベガス」のマイク・フィギスが、分割画面で4つのエピソードをリアルタイム同時進行させ、それぞれがLAの街中で複雑に交錯し合う「タイムコード」というクセの強い作品もあるなど、全編ワンカットというフォーマットは、いつの時代も古今東西の映画人を魅了してやまない。そして本作もワンカット編集なし、1発ぶっつけ本番という形式を採用したドラマになっている。

(C)MMXX Ascendant Films Limited

 クリスマス直前の金曜、ロンドンの人気レストラン。キャパを超える予約が入る中、揉め事を抱え酒びたりのオーナーシェフ・アンディ(スティーヴン・グレアム)を中心に、有能だがギャラに不満なスーシェフのカーリー、料理の質よりSNS映えが大事な支配人ベス、フランス人で英語に不慣れなカミーユなど、スタッフは課題と戦いながらもオーダーをこなしてゆく。そこへ、アンディの友人で今やセレブ・シェフのアリステアが、レストラン評論家を伴って来店する。夜も更け忙しさが頂点を迎える中、アンディは彼から想定外の提案をされる。

 元々は22分の短編だったからこそ、編集なしのワンカットが可能だったものを、俳優出身のフィリップ・バランティーニ監督は、レストランの一夜という設定はそのままに長編に拡張、キャラクターを増やして背景に物語を持たせ、移民やジェンダー、貧困などの問題を盛り込み、そこへ食ビジネスならではのアレルギーやクレーマー、衛生環境や労働問題、資金の借入といったフラグを立てまくり、怒濤のラストへと一気になだれ込ませる。

(C)MMXX Ascendant Films Limited

 「ボイリング・ポイント」は実在する英国の暴言シェフ・タレント、ゴードン・ラムゼイを追ったドキュメンタリーのタイトルとしても知られ、主人公アンディがラムゼイをイメージしたことは間違いなさそうだ。ちなみにブラッドリー・クーパー主演「二ツ星の料理人」という作品もラムゼイがモデルと言われ、本作と同じく牡蠣の殻を剥くシーンが印象的だ。

 多分野でホワイト化が進む現代社会でも、厨房やカウンターの内側はまだ20世紀のままのように描かれる。怒号が飛び交い、食い気味の言葉で罵倒の応酬、暴発寸前のストレスフル状態が続く。どんな狭苦しい場所にでも入り込むカメラワークは、ワンカット映画によるスタッフ・キャストの緊張感をも浮かび上がらせ、いつしか観客も一緒に息が上がり精神を削られる。甘くない結末は人を選ぶが、滅多に味わえない体験をさせてくれる映画だ。


「魂のまなざし」(7月15日から映画館で公開中)

◇女性画家の魂の変遷、痛切な“まなざし”が見つめ続けたこと。(文:髙橋直樹)

 若き日の希望を胸の中に閉じ込めて生きた才気溢れる女性画家がいた。彼女の名はヘレン・シャルフベック。1862年にフィンランドのヘルシンキで生を受け、絵の才能を認められて18歳でパリに留学、画家志望の英国人男性と婚約するが、相手の都合で破談に。20代を過ごしたパリで何があったのか、彼女は多くを語っていない。

(C)Finland Cinematic

 1915年、母とふたりで暮らすヘレンは53歳。パリのアート界で男性優位社会の壁にぶつかり、帰国後は隠遁者のような日々を送っている。小さな家を訪れる客もなく、無愛想で苦言ばかりを吐く母とは確執を抱えていた。

 ある日、パリ時代の友人の口利きで画商ヨースタ・ステンマンが訪れ、小さな家で埃をかぶっていた159枚もの絵に驚愕するや「すべて売ってみせる」と即座に個展開催を決める。ヘレンの絵画は再評価され瞬く間に時の人となる。

(C)Finland Cinematic

 1917年、個展の成功後、彼女の絵に魅せられたという画家志望の青年エイナル・ロイターが現れる。意気投合したふたりは一緒に絵を描き始める。翌年、内戦を避けて海辺の街に移り、ひと夏の濃密な2週間を過ごす。この時、ヘレンの願いはひとつだけ。「あなたを描かせて欲しい」…19歳年下の青年には若さと情熱が漲る。その肉体を描くのだ。

 エイナルの身体を絵筆でなぞる。身体の奥底にしまい込んでいた欲望が沸き上がる。身体の芯が渇きに悶え魂を焦がす。触れたい。抱きしめたい。噛みつきたい。全身を貪りたい。この身を捧げたい。でもそれは叶わない。口にすることすらできない。

 エイナルを描いた《船乗り》の創作過程、その描写に言葉は要らない。アンティ・ヨネキン監督の意を汲んだ女優ラウル・ビルンが心の悶えを体現する。静謐でありながら、燃えたぎるような心の葛藤が画面に溢れ、激烈に心を揺り動かす。

(C)Finland Cinematic

 夏が終わり、ヘレンは青年と未来を共有することを願った。なけなしのお金を工面し、若き日に見たノルウェーへと送り出す。だが、待ち焦がれていたエイナルからの手紙は「婚約」を告げるものだった。行き場のない憤りが破壊衝動へと走らせる。体調を崩し、それでも描き続けた彼女は、1921年10月の手紙で「画家というのは魂を暴くのかしら、仕方ないわね。私はもっと恐ろしく、もっと強い表現を求めている」と記している。エイナルとの交流は生涯続き、ヘレンが書いた1,000通を超える手紙が今も残る。

 大失恋の後、自らへと向かった痛切な“まなざし”は揺らぐことはなかった。写実的であった絵画は、魂だけを抉り出すかのように抽象的な表現へと純化していく。自画像を描くことで自分自身を見つめ続けたヘレンは、1946年に療養先で逝去。83歳だった。

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