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暴力、セックス、ロックンロールに彩られた時代へと誘うホラー 【次に観るなら、この映画】7月2日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。

①「へレディタリー 継承」「ミッドサマー」を手掛けた気鋭の映画スタジオ・A24のホラー「X エックス」(7月8日から映画館で公開)

②エルヴィス・プレスリーの人生を描く「エルヴィス」(7月1日から映画館で公開中)

③「トイ・ストーリー」シリーズに登場した、おもちゃのバズのルーツが明らかにされる「バズ・ライトイヤー」(7月1日から映画館で公開中)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「X エックス」(7月8日から映画館で公開)

◇鮮血とセックスにまみれた1970年代ホラーを今に甦らせた不条理な狂気(文:高橋諭治)

 今や映画界のトップブランドとなったA24は、賞レースに絡むアートハウス系作品を多数世に送り出しているが、近年話題になったホラーの製作、配給も積極的に手がけている。アリ・アスター監督の「ヘレディタリー 継承」「ミッドサマー」、ロバート・エガース監督の「ウィッチ」「ライトハウス」、今秋日本公開予定のアイスランド映画「LAMB ラム」。同社が製作した「X エックス」は、これらの先鋭的なホラーとはいささか趣を変え、暴力、セックス、ロックンロールに彩られた時代へと観る者を誘うスラッシャー・ムービーだ。

(C)2022 Over The Hill Pictures LLC All Rights Reserved.

 1979年、灼熱の太陽が照りつけるテキサスの農場で、陰惨な大量殺人事件が発生。血みどろの現場を訪れた保安官は何が起こったのかさっぱり理解できず、首をかしげるばかり。すると映画は24時間前に巻き戻され、世にも奇怪な事の真相が語られていく。ホラー好きがこのプロローグを観れば、誰もがトビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」を想起するだろう。

(C)2022 Over The Hill Pictures LLC All Rights Reserved.

 しかし本作は、単なる「悪魔のいけにえ」“もどき”ではない。悪夢のような事件に巻き込まれるのは、自主制作のポルノ映画で成功を夢見る男女6人。彼らを血祭りに上げていく農場主は、何と推定年齢80超えのヨボヨボの老夫婦なのだ! 「サクラメント 死の楽園」以来、これが9年ぶりの長編ホラーとなるタイ・ウェスト監督は、両者の若さと老い、奔放な情熱と鬱屈した怨念を対比させながら、気合い十分のゴア描写を炸裂させ、まがまがしい惨劇を映像化。さらに“淫らな若者は必ず殺される”というホラー・ジャンルの伝統的なクリシェを引用しつつ、ストーリー展開に巧みなひとひねりを加えてみせる。

 そして老夫婦の自宅のつけっぱなしのテレビからは、「悪魔を恐れ、神を称えよ!」とヒステリックに叫ぶキリスト教原理主義者の説教が聞こえてくる。あらゆる細部が丹念に作り込まれているのに、ひたすら不条理な狂気をまきちらすこの映画は、珍しいことに「悪魔のいけにえ」のみならず、同じくフーパー監督の「悪魔の沼」にもオマージュを捧げている。要するに人食いワニが登場するのだが、主演女優ミア・ゴスに危機が迫るその沼の光景を、神のごとき視点で写し取った演出が素晴らしい。極めて希少価値の高いこの俯瞰ショットを拝むためにも、入場料金を払う価値がある。


「エルヴィス」(7月1日から映画館で公開中)

◇レジェンドの喜びと悲しみが表裏一体となって、観る者のハートを優しく抉りまくる(文:清藤秀人)

 エルヴィス・プレスリーはロックンロールの普及に大きく貢献したことから、”キング・オブ・ロックンロール”の称号を持つ。ザ・ビートルズやフレディ・マーキュリーたちが憧れていたことでも知られる伝説的な人物の生涯を、監督のバズ・ラーマンは目がクラクラするほど煌びやかで怪しくて物悲しいポップ・オペラとして描いている。彼にとっての「ムーラン・ルージュ」(01)のロックンロール・バージョンといったムードで。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserve

 デビュー当時のステージで、エルヴィスがリズムに合わせて小刻みに震わせる下半身に見惚れて、女性観客が次々と叫び声を上げたり、下着をステージに投げ込んだりするシーンは、彼の股間に迫る際どいカメラワークに釣られて、こっちも熱狂のステージにかぶり付いているような臨場感が味わえる。しかし、黒人のリズム・アンド・ブルースと白人のカントリー・アンド・ウエスタンを融合したエルヴィスの人種を超えた音楽性とその過激なパフォーマンスは、1950年代アメリカのお堅い価値観をことごとく刺激。反体制的、非行の温床、果ては性的倒錯者などと批判される。だが、若者たちは体の中に隠していた欲求を一気に引き出してくれる彼の歌声に抗うことなんて到底出来なかった。彼らにとってエルヴィスはまさに”禁断の味”だったのだ。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

 同時に、このポップ・オペラには終始悲しみが漂う。エルヴィスの才能にいち早く着目し、己の利益のために彼を管理し、手駒として使おうと画策する興行主、トム・パーカー大佐の存在が、物語に影を落とし続けるのだ。エルヴィスが大佐の陰謀を見破ったとしても、彼と生涯訣別出来なかったのは、2人が父と息子のような間柄だったからなのか、それとも、有毒なブロマンス的な関係にあったからなのか。大佐を演じるトム・ハンクスが実物に似せるために施したであろう、膨れて垂れ下がった顎を強調した特殊メイクが、彼らの異様な関係性を象徴しているかのようで複雑な気持ちにさせる。

 一方、エルヴィスを演じるオースティン・バトラーが、ライトに映える艶かしいアイメイクと巧みな歌声を駆使して、エルヴィスに肉薄。その過程で一瞬、エルヴィス本人が憑依したかのように感じる瞬間があってドキドキする。特に、1969年、ラスベガスのインターナショナル・ホテルでの復活コンサートに臨むエルヴィスを、憂いを帯びた表情で演じるバトラーは、ラーマンのドラマチックな演出とも相まって、終幕の一層物悲しいムードを盛り上げる。そこで流れる名曲”好きにならずにいられない”のダークバージョンは、42歳の若さで謎の死を遂げたレジェンドの喜びと悲しみが表裏一体となって、世代に関係なく観る者のハートを優しく抉りまくるのだ。


「バズ・ライトイヤー」(7月1日から映画館で公開中)

◇過去の少年より現代の観客を夢中にさせる「バズのヒーロー映画:2022年版」(文:若林ゆり)

 バズ・ライトイヤーは「トイ・ストーリー」でアンディ少年のお気に入りに加わった、スペース・レンジャーのクールなおもちゃ。けれどこの映画はおもちゃの映画じゃない。95年にアンディが見て夢中になった、バズを主人公とするSFヒーローアドベンチャーそのもの、という設定だ。

 まず、バズに髪の毛があることを新鮮に感じるだろう。頭巾を取ったバズは期待通り、自信満々で勇気と使命感に満ちたヒーロー気質人間として登場する。ところが、彼は自分を過信して宇宙で重大なミスを犯し、アッという間に時間を、友だちを、人生を失ってしまう。自分のせいで惑星に取り残された人々を地球に帰そうとする挑戦の代償として、大きな自己犠牲を払ったために。

(C)2022 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

 バズがチャンレンジを続けたハイパー航行は1回4分ほどだが、惑星時間の4年分を費やすもの。気づけば彼だけ若いまま、惑星では60年以上の時間が経過していた。いわゆる「浦島効果」だ。ここの導入描写が、「カールじいさんの空飛ぶ家」の冒頭を思わせる見事さでシビレる。過ぎゆく時間をハイパースピードで描写しながら、大切な同僚で親友・アリーシャとの心のつながりがどんなものだったかをしっかりと感じさせ、自責の念や孤独といったエモーションのドラマを痛いほど丁寧に、的確に描き出しているのだ。

 前半の感情的な助走モードを終えると、映画は転調し、視界もテンションも一気にアップ。ピクサーのお家芸が炸裂し、ダイナミックな創意と実写以上にリアルな映像美、魅力的なキャラクター、熱いメッセージが渾然となって、観客を歓喜と興奮と笑いの映画体験へと誘っていく。アリーシャの孫娘ら新たな仲間を得て、冒険の中で自分自身と向き合い、仲間との絆に生かされるバズ。失敗したら、すべては意味がなくなるのか? なかったことにできれば、それが最良の選択なのか……? 孤独を知り、自分と向き合ったバズがたどる人間としての成長は、「トイ・ストーリー」が持っていた価値観とも重なって、胸を熱くする。

(C)2022 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

 そして何よりこの映画の魅力を支えているのが、アリーシャに贈られた猫型友だちロボット・ソックスの存在だ。もうこれは反則かってくらい、かわいくてオモシロ! スリルに次ぐスリルで手に汗握ったところで、絶妙にボケたりナイスアシストを発揮する彼に、どうして夢中にならずにいられるだろう。

 ただこれ、「95年にアンディを夢中にさせた映画」という設定はいらなかったのではないか。レトロ味はあるが、これはどう見てもアップデートされた2022年の映画だ。たとえば、アリーシャのセクシュアリティ。彼女は黒人女性で、人生をともにするパートナーは同性なのだが、今でこそ当たり前に思えるこの描写が95年当時にすんなり受け入れられたかどうか。それに、この映画がヒットした「トイ・ストーリー」の世界にソックスのおもちゃが存在しないなんて、あり得ないんじゃないか?

 しかし、設定に違和感があるというだけで映画の価値を下げてしまうなんてもったいない。ここは「バズのヒーロー映画:2022年版」としてぜひ、映画館で存分に体験してほしい。無限の彼方へ!


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