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【小説】五人のお化けの棺桶に
木棺を開けると幽霊の家族が暮らす庭付きの小さな家が現れます。ポリマー粘土で作られた幽霊がソファーやベンチに座り、壁には幽霊のポートレートが飾られているドールハウスです。アメリカのアーティスト、アニー・ロバートソンの作品 ©blacklillybee pic.twitter.com/kvzFgq03pF
— Masayuki Tsuda (@MasayukiTsuda2) September 6, 2023
とてもかわいらしいおばけたちが住む棺桶のドールハウスが流れてきたので、小説を書きました。
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棺桶を開けるとそこは、かつてドラキュラ伯爵に仕えていたゴースト一家たちの居住空間だった。家族は五人。棺桶の中を仕切って、それぞれ暮らしている。
ゴーストとはいえ、五人ものシーツおばけが住まう棺桶とは何ぞや? 諸君はこう思われたに違いない。しかし、なぁに別段不思議のことではないのだ。ドラキュラ伯爵が大柄な吸血鬼だったから棺桶が大きかったわけではなく、彼らゴーストが……小さいからにすぎない。
それもそのはず。ゴースト一家はドラキュラ伯爵の眷属であるが、同時に彼の御霊から分霊してできた魂のカケラなのだ。
ゆえに、ゴースト一家は絶妙なバランスで伯爵の記憶を有し、それこそを自身の自我の土台としている。胡乱なシーツの裾に張りつく、ひだのようなかそけき自我だ。
一応彼らには家族らしい役割分担がある。最も血縁関係というわけにもいかないから、あくまで〝ごっこ〟遊びの延長だ。伯爵から継いだ魂の比率の多い順に、役割を決めた。
一番大きのゴーストはロバート。役割は父親。彼は芸術を好み、ソファーに背を預けイカの如き長細いゴーストとなると、壁に飾られた絵画や芸術品を眺めるとうっとりとこう呟く。
『ああこれこそ、吾輩の望んだ〝ゴースト生〟だ』
彼らは伯爵の一部であったころより人ではなかったから、〝人生〟という呼称は使えないらしい。
ロバートが満足そうで、よかった。
二番目のキャサリンはペットを所望している。彼女は時たま、テーブルの脚や玄関近くのマットの上でうずくまり、シーツが泥んこになるのを楽しんでいるが、言葉を話すものだからゴースト一家の皆々は妹のようなつもりで接している。
『わたし、泥んこのシーツを洗ってもらってる間、ちょっと濡れた魂を玄関ガラスからのぞく夕陽で乾かすのが好きよ。夜の猫みたいな匂いがして、好き』
キャサリンの猫は夜色で美しいようだ。
魂の含有量や質の優劣はあってないようなもので、二番目がキャサリンということは皆々が納得して決まったのだが、これは決して、彼女がえらいとか大人っぽいとか、そういう理由で決まったわけではない。無論それは、一番目のロバートとて同じこと。彼らが、家族らが。一番二番と決めてそれが認められたからそれで、いいのだ。
三番目はアーニー。彼は一家の写真と、彼お手製のご先祖ゴーストの肖像画を飾って、その中にちょこんと腰掛けるのが趣味の次男ゴーストだ。
『ご先祖様に囲まれて家族の写真を眺めると、僕はとても誇らしい気持ちになるよ。この棺桶の家を護らなくちゃね』
アーニーはそう言って、壁の額をひとつ取り外し、キュッキュッキュッとシーツで額を磨いた。わざわざ布を別に用意することもないシーツおばけは、ほんとうに便利。
ちなみにドラキュラ伯爵は別にご先祖とカウントされていないし、ゴースト一家五人以外のご先祖もまた、アーニーオリジナルのゴースト達である。
『ああ、忙しい忙しい!』
四番目のツレスト……彼は、彼女は唯一、『なんでもいい!』と、自分の役割を決めなかった。なのでしたいように任せているし、ゴースト一家の役割分担は「自分が自分らしくあるために」決めているものだから、生活のためではないのだ。掃除しなくても死なないし。そもそも汚れても無かったことになったりする。幽霊と同じくらい胡乱な生活だ。
四番目のツレストはみんなの中でいちばん質量が多いのだが、ツレストはそれを廊下に響かせるのが大のお気に入りだ。
『音が鳴るからね!』
廊下を走り回ったり部屋のドアを思い切り開けたり。時にはシーツを被っていないキャサリンを通り抜けて、力を抜けさせたりしている。ツレストが忙しいと触れ回るのは用事があるわけでなく、『音を鳴らすのに忙しいから!』だそうだ。ツレストは毎日忙しそうで、飽きることはない。
五番目のグロリオーサはいつも炊事場にいる。そこは料理する必要も水道すら通っていないから形ばかりの設備なのだが、そんな炊事場がいたく気に入っているのがグロリオーサなのだ。
グロリオーサは女主人で、妻の役割だった。
調味料置き場に差してあるレシピ集を眺めたり、スプーンでカンカンと音を鳴らしたり、調味料の蓋を開け、まるで香水を愉しむように匂いを愛でる。グロリオーサは炊事場に腰かけて、誰からも見られずに妄想をするのが好きだ。炊事場で自分のために料理をこさえる妄想が。
『ああほんとうに、毎日が楽しい』
女主人は微笑んでいた。シーツ越しにレシピ集をながめて。
棺桶を住居とするおばけの一家たち。彼らは毎日、彼らの夢中になっていることで忙しい。おばけは見た目の同じシーツをかぶり、中身の違う興味を抱えて棺桶で過ごしている。
彼らはいつか、その中身を尽きさせるのだろうか?伯爵の魂のかけらを精一杯使いながら。
閉じられた棺桶は、今日も控えめな物音を、カタカタと楽しげに立てている。
《おわり》
・あとがき
なんかシーツおばけがきている。サムネ?キャプション?ヘッダー?の横長画像、落書きかあいいお化けのラフ画だったんだけど、かわいいのがツイッターに流れてきたのでお話を考えた。
これ以外にも、鹿の角で作ったかわいいおばけを彫っているかたがいて、素敵だな。ご縁があったら欲しいな……と思いつつも、紙粘土でたくさん作っておいておいても素敵かもだとも思っている。かあいいね、かあいいねえ……
面白かった。おばけで小説を書くのも。短いものを書き上げられてよかったなぁ。
ほんもののおわり
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