英国判例笑事典 エピソード(6)          「ようこそ、パブ『英国廷』へ!」

 「パブ(Pub)」は、Public houseという言葉の略語です。「おおやけの場所」で、誰でも入ってビールなどを飲むことができるのはご存じのとおりです。
 裁判所も誰にでも開かれています。英国の商事裁判所の「顧客対応の素晴らしさ」は、昔から商取引に携わる世界の人々に知られたところです。いくつかの理由があります。裁判官自身の誇りに満ちた発言をきいてみましょう。

1.スピード

 いくら正しい判断をしてくれても、時間がかかったのでは、ありがたさも半減です。

商事裁判所は、国内及び国際社会に奉仕するために存在する。迅速な行動が求められるなら、それに応じることはもちろんで、実際にそのようにされる(太字筆者)。The Georgios C事件 [2015]

 このことが言われた、船舶の賃貸借に関する事件の、迅速な進行具合を見てみましょう。
 ある月曜日に借主による契約違反が発生しました。貸主は翌週の水曜日に「契約解除」に関する裁判を始めました。2日後の金曜日には証拠調べなど公判が行われ、週明けの月曜日にはもう判決が下されました。申し立てからたった6日目です。

2.言語

 英語が多くの国で話され、広く意思疎通の手段として使われていることも、重要な事実です。ほかの事件での裁判官の発言です。

こういう言い方をして良いなら、英語は商取引の共通語(lingua franca)である(太字筆者)。The Armar事件 [1980]

 この事件はスペイン語を母国語とするキューバの会社と、フランス語を使うアルジェリアの会社の間の、英語で書かれた契約書に基づく紛争でした。

3.商取引に適した法律

 早くても、英語が通じても、下される判断の正しさに納得できなければ、どうしようもありませんね。それについて見てみましょう。

英国法は周知の、そしてよく発達した法システムのため、広く銀行取引やほかの商取引の準拠法として、国際的に採用されている(太字筆者)。 Beximco v Shamil Bank [2004]

 「準拠法」とは、契約当事者の法的義務、権利を定める法のことです(これについては後日、詳しく説明します)。現実に国際的な商取引契約では、英国の法律が準拠法に、そして英国の裁判所が紛争解決の場所に選ばれることが少なくありません。
 言葉と準拠法について、デニング卿(この人についてはエピソード(1)(2)をご覧下さい)の別の事件での発言を紹介しましょう。この事件は日本の商社と日本の保険会社が、英国の裁判所で争ったものです。

保険契約はTokyoで結ばれたが、英国の書式の文言を使っている。1560年にさかのぼる書式である。こんな分かりにくい言葉は、日本の友人には馴染みがないだろう。とは言え保険証券には英国法と慣行に準拠する、と書いてあるので英国法で考えなければなるまい(太字筆者)。Nishina Trading v Chiyoda Fire and Marine [1969]

 デニング卿はいつものしゃれっ気を出して、この事件の冒頭でこう言っています。

この事件では、極東のどこかで運送された荷物について、日本の貿易会社が、同じ日本の保険会社を訴えている。私共は本裁判所を信頼してくれたことに深く感謝し、最善を尽くすこととしたい(太字筆者)。

4.第三者評価ー商事紛争の取扱いについて

 ここで、裁判所の選択について触れておかなければなりません。英国の裁判所は当事者によって商事紛争の解決機関として、選ばれることが少なくありません。契約書に「紛争解決は英国の裁判所で行う」と書くのです。これを「裁判管轄の合意」と呼んでいます。
 英国の法律はそのような選択に対して、「関係のない人々のために英国の税金は使えません」などと言うことはなく、当事者の意思を尊重してくれます。英国を裁判地とする合意がしばしば行われるということは、英国の裁判所がそれだけ頼りになるという「第三者評価」である、といってもよいでしょう。

5.ショッピングならイギリスヘ!?


 ところで少し話は横にそれますが、「法廷地漁りあさり (forum shopping)」という、あまり響きの良くない言葉があります。これは、自分にいちばん有利な判断が得られると思われる裁判所を選んで、そこで訴えを起こすことを言います(もちろん裁判所が、そのような選択を受け入れてくれることが必要です)。 
 どうしてそんな勝手なことをするのか、と感じるかもしれませんね。理由は、合理的なものを含めていくつかあります。

 ・争いになっていることについて、ある裁判所が経験豊富で、判例も多いために、結果の「信頼性」と「予見可能性」が高い
 ・すばやく仮の命令を出して権利の保全をはかってくれる
 ・距離的に便利である
 ・良い弁護士が多くいる
 ・言語的障壁がない(書類を現地語でしか受け付けないために、すべての  書類の翻訳が必要だというのは面倒なことです)

 英国の裁判所は、国際取引に適した英国法の本拠地であり、英語で裁判できる上に、経験豊富な弁護士が多く、そして冒頭に紹介したように、「社会に奉仕する」存在であることを自負するぐらいですから、利点がたくさんあります。実際に英国の裁判所は、裁判地として指定されることに、かなり好意的です。ついでに、ここでもデニング卿がこんなことを言っています。

人はこれを「法廷地漁り(forum shopping)」というかもしれないが、言わせてもらえば、裁判の場所が英国なら、商品の品質についても、サービスのスピードについても、当地はショッピングにはもってこいの地ですぞ(太字筆者)。The Atlantic Star事件 [1973]

 裁判官自らが、「わざわざおいでになるなら、買物天国イギリスへどうぞ」と宣伝しているのですね。
 豊かな自然と歴史の国、日本へもお客さん(?)がもっと来てくれると良いですね。

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