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30代・元ヒキニートが見出した「人生の目的」とは

1.自己紹介

はじめまして。あうあうと申します。

私は10代をヒキニートとして過ごし、このままじゃいけないと思って社会復帰をして、なんとか10年以上生き抜いてきました。

この間、良いことも悪いことも色々経験してきましたが、人生をより良く生きるにはどうしたら良いかどうかという古代から哲学者を悩ませてきたテーマについて、ずっと暗中模索を続けてきました。それこそ、哲学の本やら、経済学の本やら、テクノロジーの本やら、精神医学の本やら、自己啓発の本やら色々読みました。海外の大学で学んだりもしました。

そうした暗中模索の中で、人生は、生きている間の効用最大化だけに集中し、最優先で取り組むべきではないかと強く思うようになりました。

難しい専門用語なので、噛み砕いて説明します。

2.人生の目的・意味とは

まず大前提として、すべての人は、この世に自分自身の意思によって生まれて来ていません。なので、生まれてくる時代も場所(国・地域・家庭など)も完全にガチャです。

ということで、そもそも、人生に目的・意味はありません。ただし、追求すべきポリシーは存在します。

多くの読者は非常に幸運なことに、たまたま大きな戦争のないこの時代に、日本という平和で豊かな先進国で生きています。こうした飽食の環境にあっても、「将来の明るい国の未来のために働きたい」とか「世界の貧困を救いたい」とか、崇高な理想を持って、滅私奉公をされている人も少なからずいます。

それ自体は大変立派なことであるものの、生まれたときからそうすることが神様から義務付けられてわけではなく、あくまで、それが自分にとって気持ちの良いからそうしている、というのが実際です。一方、そうした理想を持って自ら望んで滅私奉公していたはずの人が、メンタルを病んでおかしくなった話は枚挙に暇がありません。極端な例ですが、最近目にしたニュースです。

窓をハンマーで叩き割り…厚労省8階で官僚が血まみれ自殺未遂(文春)
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b70a640d85f408f6104b97d540330f808dd8d21

かつて、落語家の立川談志が、

「すべて人間の行動の出発点は、不快感の解消だ」

と言っていました。具体的に言えば、「外が寒いのが不快だから厚着をする」「人助けをしないと自分自身に不快感があるから人助けをする」といった感じです。

私も、アメリカの大学で全く同じことを学びました。これを反対から見た表現ですが、

「すべての人間の行動の出発点は、個々人の満足度の最大化だ」

という行動原理です。手段と目的を履き違えてはいけません。人生あるいは日々の生活にあたっては、このことを見失わないようにしなければなりません。

よくテレビとかで、ゲストの人生の浮き沈みのアップダウンみたいなのをグラフで紹介するやつがあります(下図)。

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結論から言うと、人生には目的も意味も存在しないものの、水色の面積(幸福の度合い×期間の長さ)から、濃紺の面積(不幸の度合い×期間)を差し引いた面積を最大化することを、誰もが目指すべきだと考えます。(このことを経済学では、「効用最大化」(Utility Maximization)と言ったりします。効用とは満足度のことです。)

(注)これは非常にシンプルな図式・説明なんですが、現実問題、この満足度というのは、どこまで言っても主観的なもので、測定は大変むずかしいです。例えば、学校行事で寒中水泳をやらされて、その時は死ぬほど嫌な思いをしたとしても、学校を卒業して30年経って思い出が美化されて、「あれは良い経験だったなあ」とかポジティブに反芻できたとしたら、これは上のグラフでいう水色の経験ということになってしまいます。前者は「経験する自己」、後者は「記憶する自己」で、それぞれ別人格だったりするのが厄介です。今回は端折りますが、いずれこの問題も扱いたいと思います。

3.我々は何をすべきか

これについては、ちょうど昨日Youtubeで良い動画がアップロードされていました。自分なりの解釈も加えつつ紹介します。

精神科医の樺沢紫苑氏によれば、幸せを構成する要素は、
①セロトニン的幸福、②オキシトシン的幸福、③ドーパミン的幸福
の3層で構成されるそうです。

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出所=『精神科医が見つけた 3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法』

セロトニン的幸福→ 「心」と「身体」が健康なときに感じる幸福
オキシトシン的幸福→ 「つながり」や「愛」から得られる幸福
ドーパミン的幸福→ 「お金」や「成功」から得られる幸福

ということなんですが、上のピラミッドの図を見ても分かる通り、あくまで幸福の土台となるのは、セロトニン幸福とオキシトシン的幸福です。

これらがしっかりしていないような状態で、ドーパミン的幸福を追求しても、持続性はありません。例えば、FXやらカジノやらで資金を倍々に増やして達成感を得られても、それは一時のことで、虚しさが襲ってきます(私はそんな大儲けした経験はありませんが・・・)。また、行動経済学の研究でも、年収800万円・金融資産1億円を超えると、それ以上は幸福度は全く上がらないとのことです。

私も知人の精神科医から教えてもらいましたが、「他人にない優れた能力」や「競争に勝っていること」などを自分のアイデンティティにしている人は、ドーパミン的幸福だけで生きているようなもので、幸福度が低く、その前提が崩れたときに鬱になりやすいそうです。あくまで、「心身の健康」と「人とのつながり」による幸福が、まず大前提ということです。

とはいえ、我々は仙人でもないので、ドーパミン的幸福も、エッセンスとして取り入れていくということが、最適な戦略になろうかと思います。

4.このnoteで何を書いていくか

このnoteでは、上の「幸福の3要素」を念頭に置きつつ、皆さんの人生の幸福度を高めるヒントとなるような小ネタを紹介していけたらと考えています。ドーパミン的幸福に関する小ネタも入れ混ぜようと思います。

Youtube動画、ニュース、Twitter、書籍など、なんでも手広く題材にして、日常の小さな工夫や考え方によって、人生の幸福度をどう高めていけるか、気づき・教訓のようなものを、まとめていけたら楽しいのではないかと思っています(もちろん、私自身もそれを実践して、自分自身の幸福度も皆さんと一緒に高めていけたら、素晴らしいことだなあと思っています)。

5.まとめ

(1)人生の目的は存在しないが、追求すべきポリシーは存在する。それは、生存期間の幸福度(効用・満足度)の最大化
(2)セロトニン的幸福・オキシトシン的幸福を確固たるものにしたうえで、ドーパミン的幸福も取り入れよう
(3)本noteでは、様々な日常のネタから、皆さんの幸福につながる何らかのヒントを見出し、提供していく。

以上です!

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