体育祭も合唱コンも滅びればいいと思う
私は、元気なときとか、逆にすごく落ち込んでいる時とか、まあいつでもですね。昔あった嫌な出来事を思い出すことが多いです。
フラッシュバックではないですよ。
ただ思い出して、思い出したついでに、今の自分ならあの時の気持ちや状況をどういうふうに言葉にできるだろう?と考えてみます。
自分がどうしてつらくなってしまったのかとか、周りの誰かにどうして欲しかったとか、なんて伝えれば伝わったかも知れないとか。
何を考えたところで思ったところで、後の祭りではありますが。
自分の中で、あの出来事に折り合いをつけて前に進むためにも、いつかの未来で似たような出来事に、自身や近しい人が直面した時のためにも。
私は、向き合い続けることから逃げようとは思いません。
こうして思い出す嫌な出来事の一つに、中学3年の2学期、体育祭や合唱コンクールのある時期があります。
今日はそのお話です。
元々、集団行動はどこか気色悪かった
私は小さい時から、変に目立ちたがりだったような気がしています。
何かができるとか、褒められるとかで目立つのはもちろん嬉しいことですか、みんなとは違う意見を言いたがるとか、みんなはしないようなことをしたがるとか。
幼い頃は『変わった子』や『あまのじゃく』、少し行き過ぎれば『わがままな子』で済むお話です。かわいい範疇。
でも、成長するにつれて、もやもやとしていた反骨精神のような何かは、『違和感』というもやもやとした実態になりつつありました。
私にとって、小学校の八の字大会や長縄大会は分かりやすい例でした。
大会前の練習シーズンに入ると、昼休みの一部や全てを返上して、八の字や長縄の練習をさせられるのが、嫌で嫌でたまりませんでした。(ちなみに、運動はそれなりにできる方だったので、八の字や長縄が嫌というわけではありませんでした。むしろ、授業の中でちょっとやるくらいの感じなら楽しかったです。)
今思えば、私にとって昼休みは、『好きな友達』と『好きなこと』をして過ごせる貴重な時間だったわけです。別に仲良くもないような子と仲良く遊ぶのはあまり楽しい時間とは言えません。人によっては習い事や家庭の都合なんかで、誰もが放課後に遊び放題というわけではありませんからね、学校で遊べるというのはとても大きかったです。
その昼休みを、担任の一言で強制的に取り上げられ、おんなじことの繰り返し。飽きるしつまらん。
小学3年生の頃、例によって練習のために昼休みはグラウンド集合という日。私は給食を食べるのに時間がかかってしまったのか、後から遅れてみんなが練習している場所へ向かいました。
グラウンドの隅には跳び箱用のタイヤが、なんかこういい感じに自分に埋められている場所があったんですよね。数個が縦に埋められてて、連続でピョンピョンと飛べる感じの配置です。
そこを2つ3つ飛んで、集合場所に向かったのですが、担任にめちゃくちゃ睨まれてですね。「普通に真っ直ぐ走って来ればいい」「遅れたんだから早く来なさい」みたいな感じで怒られて。
私としては、連日練習続きで飽き飽きしているし、そもそも「私の昼休みを返せ」と怒りたい気分だったと思いますが。小学3年生の子どもからしたら、大人に怒られる=自分は間違っているという方程式が成立するわけです。
でも、私はそれに対し、一生もやもやし続けることになりました。今でも、先生の言っていることの正当性がよく分かりません。
まあ何というか。幼い頃から集団行動に対して、得体の知れない違和感を感じていたんです。
もやもやが、はっきりと
中学生になると、自主練という名の矯正校則タイムは、もっと顕著になるわけですね。
やはり体育祭の練習に関しては、同じようなもやもや感を抱いていました。行事前の特別措置として学校で決められていた、放課後の30分くらいと、体育の時間の拘束はいいかなって思います。
でもやっぱり、朝練のためにいつもより15分くらい早く学校に来いとか、昼休みは全部練習ってのは、よく分からなかったです。
別にそこまでして勝ちたくないし、何でそこまで熱くなれるの?って感じでした。めっちゃ冷めてましたね。
ただ、私は歌を歌うことが好きだったので、合唱コンはまあ、ギリギリ妥協できていました。(中1の時に先生から実行委員会に推薦されたというのも、私のモチベーションに大きく影響していました。)
しかしそれも最初のうちというか、中1まででした。
なーんか、スイッチが入らなくなってしまったんですよね。
そこまでする必要ある?って感じで。
そう思い始めると、もう止まらないんですよね。
体育祭なら体育の時間とか、合唱コンなら音楽の時間とかはちゃんとやってました。成績のためではなく、身体を動かすことはそこそこ好きだし、歌うことは大好きだったからです。
そのほかも、あまり気乗りはしなかったとしても、練習場所に行ったら、そこそこちゃんとしていたと思います、多分。(相当気分が滅入ってない限り。)
徐々に、練習場所に向かうことすらキツくなってきて。
理由は、今の私の言葉でも、はっきりとこれとは言い切れません。
面倒とか、楽しくないとか、やる意味が分からないとか、そういうありふれた理由だろうとは思いますが、まあピンとくる感じではないですね。強いて言えば、自分の時間を奪われるのが嫌ってのが一番強い感情だったかなと思います。
心身の健康を損なうとかあり得なくね?
一番酷かったのは、先述した通り中学3年でした。
私のいた学校は、体育祭の後に数ヶ月あけて合唱コンというスケジュールだったので、まだ心身を消耗していない体育祭は、ぎりぎり乗り切れました。あまりしんどくなった記憶はありません。
問題は、合唱コンクールです。
体育祭でさえ、練習が続いた末の行事なのに、その後すぐにまた、合唱コンに向けての練習が始まってしまう。回復や休養の期間を設けずに立て続けにあるということもまた、私を消耗させた原因の一つだったと思います。
はじまった合唱コンの練習期間。すでに私の体力は30%くらい。(推定)
最初は、そこそこ頑張って練習のために早起きをしたり、いつもより少し早く登校したり、時間になったら練習場所へ行ったり、多少はしていたのではないでしょうか。忘れたけど。
最初から完全拒否モードだったってわけではないと思いたい。
まあ、最初がどうであれ、私の体力は底をつくんですけどね。
早起きはしたものの登校拒否をするようになり、学校へ行っても練習時間になると泣けてきて机に突っ伏したままになったり。朝早くは保健室が相手いないし、先生も教室にいないことが多かったので、逃げ場もありません。
昼休みも泣けてくる。放課後も泣けてくる。パートリーダーには文句を言われる。私の敵が増えていく。
そんな中、毎朝私に「おはよう」と挨拶をしてくれる子がいたことを、今でもよく覚えています。私は最低な人間で、そんな優しいクラスメイトに対して「おはよう」が返せませんでした。
理由は、これまたはっきりこれとは言い切れません。強いて言えば、身体が竦むような心地がしました。私の心が冷たい手で固く握られて、動けなくなっているような感じ。
とてもとても悪いことをしたなと、思います。ごめんなさい。
他にも、私に寄り添ってくれる友達もいました。
私をめっちゃかばってくれる友達とか、私のしんどい気持ちを聞いてくれる友達とか。
でも私は、そんな友達の優しさに応えるだけの余裕は残っていなかったので、私が全力を出したとしても、私は練習場所に行けなかった。
登校拒否も続きますが、登校できないと私の母は私にブチギレてヒステリーを起こすので、不登校はできませんでした。
マジで八方塞がり、四面楚歌。諦めの舞。
天井から女の子が降ってくる経験
それでも日々は流れていきます。毎日同じような日々の繰り返し。
ついに私が一番慕っていた友達が、全然口を聞いてくれなくなりました。私は、その子個人に対して何か悪いことをしたつもりは全くなかったし、何よりマジで私自身に余裕が無さすぎて、訳がわからなくなりました。最初は気のせいかな?くらいのお花畑なことを思ってもいました。
気のせいかな?は気のせいでした。
マジで口を聞いてくれませんでした。完全無視でした。
まあ色々あって、私はクラス全員の前で謝った上で、自分を理解してもらうための時間を設けてもらいました。
もう、私自身は限界をとうに越していたし、クラスメイトの一部(口を聞いてくれなくなった友達、私が所属していたパートのパートリーダー、クラス委員的なポジションの人)の私への接し方に明らかな違和感を感じていたので、これはもうちゃんと言葉で伝える必要がある、と思い、自分からその時間をとってもらうよう、先生に申し出ました。
結果からいうと、それは大失敗に終わりました。
何せ中学生です。私はもちろん、相手も中学生です。
私がいくら上手な言葉で伝えれていたとしても、練習に来れない子=サボろうとしているという認識以上のものはないわけです。
加えて、私の言葉は今ほど熟達していなかったため、当然お粗末というか、年相応の稚拙なものだったろうと思います。
だから、「どれだけ頑張っても練習へ行けないことがある。それだけは理解して、許してほしい。」と伝えたところで、何も伝わらないんです。
頑張ってないだけでしょうとか、やる気がないだけでしょうとか。そういうお話になって、はい終了。
でも、そうではないんですよ。本当に、私は限界だったんです。
その証拠としてというわけではありませんが、その日、私が家に帰ってベッドに仰向けで眠っていたら、おかっぱの赤いワンピースを着た女の子が、天井から降ってきて、私の色々を持って行ってくれました。
身体が軽くなって、息も軽くなって、眠気も飛んで、めちゃくちゃハイになりました。端的に言うと、記憶の一部が飛びました。(元気になって母に電話をして事の顛末を伝えたのですが、「ついにやばいこと言い出した」「これは病院へ行こう」的なことを思ったらしいです。ウケる。)
私の中身は相当めちゃくちゃだったと思います。
自分が壊れる寸前まで、私は私を追い込み切って。もう一人ではどうにもならないから、ほんの少しの周りの理解が必要だと感じたから、私はそれを求めた。けれど見事一蹴された。(今思えば、そりゃそうだという感じですが。)
何がともあれ、あのごめんなさいが最後の一押しで。
私は壊れました。
たまたま美談になっただけ、美談ではない
ちなみにその後、私のクラスは中学生活最後の合唱コンクールで見事最優秀賞を獲得しました。
めでたしめでたし。
じゃあないんだよ。
練習の成果かもしれない。でも、もしこれで最優秀賞でも優秀賞でもなかったとすれば、何の成果も得られませんでした!!!!になっていたということでしょう?
たまたま最優秀賞で良かったですね。美談になって良かったですね。
辛かった経験が報われて良かったですね。
そういう、危険なお話なんです。
学校行事によって学校生活が阻害されてはならない
今の私はそう思っています。
学校行事は、たかが学校行事です。
別に、本気になることは否定しません。汗水垂らして、笑いあり涙ありの青春に全力を尽くすことは、全く否定しません。
私が許せないのは、学校行事のために心身を壊すことです。
もしあれが美談になるとすれば、一瞬狂って壊れた私の心の傷と、気分が落ちてうつ状態になっていた時間は、尊い犠牲ということになってしまいます。
そんなこと許されてはならなくないか?
健全に楽しんで、結果に悲しんだり喜んだりするからこそ、良い思い出になるもの。
ガチの病気になったとか、マジで笑えませんからね。一生もののトラウマですよ。
朝昼放課後と、練習時間をとることは良いです。個人の時間を、行事やクラスのために犠牲にすることは、個々人の自由ですから良いです。
ただ、あくまで個々人の自由だから良いのであって、強制するとか、強制した上クラスの輪から外れてしまった人間を袋叩きにするような環境は、はっきり言って腐ってると思います。
クラスの輪から外れた人は、まあネジの1本くらいは外れているでしょう。私は3本くらい外れている自覚があります。
しかし、袋叩きにしてきた人たちは、30本は外れています。歯車も噛み合っていません。
何があっても、例えどんな理由だったとしても、一人の人間を病気になるまで追い込んで良いことにはなりません。
例え私のせいで1位を逃したとしても、1位を逃すことで人間一人が助かるなら安いものでしょう。青春の思い出なんて、過ぎてみれば全てが甘酸っぱい、そんなものです。
学校行事が嫌いな全ての学生へ
まず初めに、学校行事が嫌いなんてことは、全くおかしいことではありません。
その理由が、面倒にせよしんどいにせよ、私のように精神的にマジで無理にせよ、おかしいことではありません。嫌いなことや向かないことを強制させられれば、心がもやもやとしてくるのは当たり前のことです。
なんだかんだ文句を言ったり、ちょっとサボったり、それで上手に切り抜けられるのならば、その文句やサボりは正しい言動だと思います。褒められたことではありませんけれど^^;
鬱憤をちょっとを形にすることで、気持ちの折り合いが付くのならば、それがあなたにとっての賢い生き方になるでしょう。
ただ、私のように『頑張らなければ』という気持ちと、『どうしても頑張れない』という気持ちで揺れて、重圧で潰れそうなレベルまで来てしまったら、どうにかして『練習に参加しない』という手段をとることは正しい選択だと思います。(そのための手段として、保健室の先生やスクールカウンセラーを利用する手もあると思います。)
何よりも大切なことは、クラスのために頑張ることでも、優勝することでもなく、自分を護ることです。
自分を護れ無ければ、何もできません。
あの頃の私の内面はもう完全に狂っていて、練習の時間になると涙がポロポロ出てくるんです。心も本当にずんと深いところまで沈んでしまって、視界がとても狭く感じていました。
しかし他の時間は、授業なら授業はちゃんと受けていたし、普通の休み時間は友達と楽しく過ごしていたし、給食も美味しく食べていました。しかし、昼休みになった途端、もう何も手につかないくらいずんと沈んで塞ぎ込んでしまうんです。
その気分の波に、自分自身でも、完全に疲弊していることに気づいていましたが、練習を辞めるということはできませんでした。(ここだけは、担任の対応や、私が上手に保健室の先生やスクールカウンセラーを頼れていなかったのが良くなかったと思っています。)
そうなってしまったら、中高は受験に影響が出るでしょう。
受験が上手くいかなければ、卒業後数年の進路が大きく変わってしまいます。そんなこと許されてはならない。
私のように、本当に病気になってしまう場合も、ゼロとは言い切れません。
馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないし、大袈裟だと思うかもしれない。
でも、世の中には確かに存在します。
どれだけ頑張っても、練習することが辛くて辛くてたまらない子。
自分の時間を拘束されることに対し、強烈な不快感を抱く子。
上手に自分を誤魔化す術を知らない子。
助けてが言えない子。しんどいが言えない子。
周りの大人、親や担任の先生、学年主任、保健の先生、スクールカウンセラー、それからお医者さん、誰でもいいから、まずは気付いてあげてほしい。
そして次に、『行けばどうにかなる』とか『普通はできるでしょ!』と押しつけをしたり、『たかが学校行事程度で』と軽視したりせず、その子が護られる環境を作ってあげてほしい。
護る上で大切なのは2つ。
これ以上、自分で自分を追い込む事のないようにしてあげること。
これ以上、周りがその子を追い込むことのないようにしてあげること。
練習は参加しなくても良くなっても、クラスメイトからいじめられてしまっては意味がありませんからね。
学校行事を無くせとまでは言いません。
なくては得られない経験というものも、たくさん存在することは十分理解しています。
誰もが参加しなければならないものだからこそ、誰もが気持ちよく楽しめるようなシステムにする必要があると思います。
学校行事で病気になるだなんて馬鹿馬鹿しい。
心に深い傷を負うことのないような、誰にとっても”良いもの”になりますように。
この記事が参加している募集
よろしければ、サポートよろしくお願いします。 社会復帰に使う、なんて言いながら、きっと、私の人生を彩って、これからもnoteで言葉を紡ぎ続けるために使います。