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足踏み

こんにちは。
ちょっとお久しぶりですね。

ここ2,3日になってやっと、自分の過ごしやすい生活リズムを見つけることができて、それに慣れてきたかなぁと。

仕事をするために整えた生活リズムですが、肝心の仕事が見つからなければ意味がない。
今日はそんな話を、さっくりとしようかなと思います。


一日三食

一日三食食べることって、結構難しいと思うんですよね。

特にお昼ご飯。
外食や買い食いをするなら良いのですが、そんなお金はありません。

食べたければ作る必要ができるのですが、朝食後のキッチンを片付けて、さらにお昼ご飯を作って、その上食べなければならないという一連の流れが面倒で、お昼は抜かしがちでした。

朝は、自分のスイッチを入れるという意味合いもあって、不思議と作るのが億劫にはなりません。
夜は、ほとんどが作り置きばかりなので、面倒というほどのことはありません。タッパーからお皿に移して、レンジで温めるだけですから。

でも昼って、まあ抜いても、夜を早めに食べればいいじゃん、とか。
そもそも、朝起きる時間も周りの人と比べれば遅く、朝食は9時過ぎが常ですから、正午にはお腹が空かないんですよね。

それで。
一日三食を、ある程度決まった時間に、毎日連続して食べられるようになるまで、若干苦労しました。

結果的に、昼ごはんも『作り置き』に落ち着きましたね。

朝はパン、昼は麺、夜は米を食べると決めているので、それはそのままに。
パスタソースを、一度にたくさんの量を作っておいて、冷凍保存しておくことにしました。

そうすれば、麺を茹でるだけで美味しくてバランスの良くて、自分の体にあったご飯が、毎日欠かさず食べることができる。
お弁当にする場合も、麺だけ前日の夜に茹でておけば、凍ったパスタソースなら、漏れてビシャビシャになる心配もありませんし。

ちょっと残念なのは、粉チーズをかけられないことでしょうか。
持ち歩いていたら、そのうち腐りそうですし。

粉チーズは、休日のお楽しみですね。


今日中に寝る

食事の次は、就寝。
食事の時間・回数と、就寝時間さえある程度整っていれば、生活リズムって上手く成り立つと思います。

ここ数ヶ月は、ほとんど睡眠薬なしで眠ることができていて。
とはいえ、夕食後に飲むお薬の副作用の恩恵を受けて、なんとか眠れている、という状況ですが。

そうそう、『今日中に寝る』というのは、中学一年生の時に担任の先生が言っていたことです。

私、自分で言うのもあれですが、めちゃくちゃいい子だったので。
中学の頃は、22時就寝をきっかり守っていたような気がします。

高校に入って、なんか身体がおかしくなって、どうにもならなくなってしまうまでは、大体守れていたんじゃないかなぁ。

マイナスの経験ではあるのですが、その経験のおかげで『眠れる』ということの大切さを痛感しました。
というか、現在進行形で、自然と眠れることがどれだけ素晴らしいかを痛感していますね。今でも、夕食後の薬がないと眠れませんし。

まあそれでも。
お薬飲む時間に気を使うことで、23時前後にうとうとしはじめるような生活リズムを、上手く作り出せているかなぁと思います。
早く飲み過ぎると、普通に眠くなくて副作用のうとうともそんなに出てこなくて、マジで眠れなくなるのでね、飲む時間、大切。


「疲れた」

施設に通所する、ご飯を食べる、夜眠る、朝起きる。

ここ2ヶ月くらいで、ある程度の社会生活は送れるであろう程度の生活リズムを獲得できたと思っています、勝手に。

あとは体力ですかね。

施設で、仕事をするとどうして疲れるのか、みたいな話を何度かしたような気がしますが。
肉体的に疲れるのか、気分的に疲れるのか、あるいは両方なのか。

肉体的に疲れてしまうのは、まあ単純に、体がついていかないという状態ですよね。
ご飯(栄養)が足りてないとか、睡眠時間が足りてないとか、そういうわかりやすい部分から改善していくだけでも、だいぶ良くなるのではないかなと思います。

私の場合、おおよそ2年のひきこもり生活のツケはありますけれども、今のところ、悩むほど極端に体力不足ってことはないのではないかな?と思っています。
これから仕事が始まれば、自然と戻ってくるというか、ついてくるというか、そういうものだろうなぁと。

二つ目、気分的に疲れてしまうのは、相手に気を遣いすぎるとか、逆に心ない言葉を投げられすぎて参ってしまうとか。
認知行動療法的な、考え方を変えていこう!みたいなプログラムが、私の通所しているところではありますが、そこを根本的にどうにかしたいのならば、そういう治療を受けるのがベストなのかなぁと。

私の「疲れた」の大半は、これかなぁと。
特に、ここ最近(ひきこもりしてる2,3年)で感じる「疲れた」は、心が参ってるだけのような気がします。
だけ、なんて言いましたけれど、心が参ると体が重くなる、体が重くなると何もできなくなる、何もできないと、今度は本当に体の疲れが増していく、それがまた心の疲れを増長させて…という負のループに入ってしまうので、軽視できない。

最後に、両方の場合。
体も疲れるし、心も疲れる。

個人的に、これは、分かり易く自分のキャパを超えてる状態だと思うので、そう長くは続かないというか。
そのうち、本当に体なり心なりその両方なりを壊して、いつかの私のように引きこもりになる未来が待ち受けているのではないかなと思っています。

そうなる前にどういう対処ができるか、というのは難しい話ですが。
やっぱり、無理なことはしないのが一番ですね。

できる範囲で、できることをやればいい。
できないことは、無理してできるようになるのではなく、いつかそのうちという心持ちで、いつかできるようになれば、そのうちできるようになっていればいいと思います。


お仕事探し

ここ2ヶ月くらいは、自分の生活を改善するだとか。
自分がこれから、どうしていきたいかを考えるだとか。
そういうことを考える時間でした。

それで、やっぱり、『お仕事探し』は避けては通れない道だなぁって思いました。

別に、フルタイムでバリバリに働けることを、今のところは求めていません。
できる時間から、無理のない職で、コツコツと登っていきたいなと。
それこそ、いつかそのうち、普通くらいに働けたらいいなと思っています。

変わりたいと思っていれば、必ず変われます。
変わった形が、求めていた形であるとは限りませんが、少なくとも、今のままということはないはずです。

そう思って、一歩。
進めているのかどうかも、そもそも今向いている方向が正しい方向なのかも分かりませんが、変わりたいという想いは常に胸の中にあります。

信じた方向へ、ただひたすらに、真っ直ぐに。
たどり着いたところが全然違った未来でも、たどり着いたという事実が意味も価値も持たない、なんてことはないはずです。

それにきっと、私なら、どんな境遇でも負けることはないはず。
そう在りたいと思っていれば、きっと強く在れる。

負けないぞ。

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