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空を見上げるとき

工藤純子著『セカイの空がみえるまち』(講談社、2016年)

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異国の地に降り立つと言語や風習のみならず空気の匂いも違う気がして、ふと空を見上げたものだった。この空は同じはずなのに、と。

久しく東京を離れている私は、新大久保がコリアンタウンのある「明るい街」へと変貌を遂げたことを今回初めて知ったのだが、読み進めるにつれ「明るさ」とは裏腹に外国人にたいする差別や偏見のうごめく闇の深さをも思い知ることになった。

父親が失踪して以来、友人たちと距離を置くようになった藤崎空良は、高校2年生。訳あって新大久保で一人暮らしをしている高杉翔との関わりは、少女マンガ張りの青春そのもの。しかしその一方で、一匹狼的な二人が対峙しているものは非常に重い。

ヘイトスピーチだけじゃない。それを許してしまう空気。関心を持たない空気。そんなことも含めて大人、もっとしっかりしろよと思う。人が人を差別していい理由なんて、どこにもない。あるわけがない。(8.イケメン通り...高杉翔からの一節)

恋バナと社会問題が同時展開していながら見事に融合しているので、違和感なく読めてしまうのは著者の筆力ゆえと思う。とっくに忘れ去っていた部活の匂いや青春のドキドキ感が、鮮明なイメージとともに迫ってくる点も。

第3回児童ペン賞少年小説賞受賞作。おくればせながら、この本に出会えて良かった。