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四角い箱から絵本を読み解く

今年はうさぎの絵本に続いて雪の日の絵本を眺めてきたのだけれど、「これドンピシャの1冊やん。しかも表紙が英訳版と対になっとるし」と私。すると「なんで今まで知らんかってん? これ2005年の本やで。何年経ったと思うてんねん」ともうひとりの私がつっこむ。ほんま、えらいすんまへん …… 今更だけど紹介いきます。

酒井駒子『ゆきがやんだら』(学研プラス、2005年)

本書は2009年にオランダ語版が銀の石筆賞を受賞。同年英語版がニューヨーク・タイムズ紙が選ぶBest Illustrated Children's Books (最も優れた絵本ベスト10)に選出された。帯に「雪の日の、世界から取り残されたような ほろ苦い孤独感が表現されている」とのニューヨーク・タイムズ紙の評が記されている。

以下、「絵本も箱」として見ておられる酒井駒子氏のこの作品を、四角い枠組みに注目して読んでみる。【この先、ネタバレあり】

雪のなか空港で待機するジェット機の絵が楕円形の枠に収まって扉に描かれ、後にわかるのだが、これは父が乗るはずのもので、外界との繋がりを象徴していると思われる。つづく本文は、ほとんど四角い枠内に母子の姿が描写されている。

あさ おきたら、
ママが「まだ ねてて いいよ。」
っていうの。
ぼくが「なんで?」って
きいたら、
「えんが おやすみに
なったから。」って。

ゆきがやんだら』冒頭より

ぼくが四角い窓の外を見ると雪が。

「ゆき!」
ぼくは ベッドを とびおりて、いそいで くつを はこうと したの。
なのに、ママは
「ダメよ かぜ ひいちゃう。ゆきが やむまで そとに でちゃ だめ。」

ここは見開きで、ぼくが「ゆき!」と言ってベッドから飛び起きる場面は枠なしで、ママに引き止められる場面は枠入りで描かれている。

ぼくはここで諦めて二度寝 ……なんてことはしない。ママに内緒でベランダに出て雪団子を作っている。続いて見開きで団地の3階から外を眺める僕の外からの遠景カット。団地という箱の四角い世界。

再び枠あり描写。雪がやまないのでママは買い物に行くのをやめ、代わりにぼくとトランプをしている。遠くで仕事をしているパパは雪のため飛行機が飛べなくなり帰って来れないと電話。

母子ともにベランダへ。(枠あり)
「ぼくと ママしか いないみたい、せかいで。」(外からの遠景カット。四角)

夜の室内描写はすべて四角い枠内。ぼくが四角い窓の外を見ると雪がやんでいる。外に行きたがるぼくと、「いいわ、ちょっとだけね。」と笑いながら許すママ。

雪が積もる外へ飛び出すぼくと後ろから外へ出て見守るママ。見開き枠なし

枠あり見開きで母子が外で遊ぶ姿が描かれ、手が冷たくなって鼻水が出始めたぼくをママが「あら、たいへん。もう かえりましょ。また あしたね」と抱き寄せる。(枠あり)

四角いカットながらも枠なしのラストへ。

あした …… 。あしたね …… 。

カギカッコなしのこの台詞が誰のものかは、ママを見つめるぼくの後ろ姿からわかる。

ラストは全ての枠が取り払われて、雪で作ったおばけ3体の雪景色。

パパも かえって くるよ。
ゆきが やんだからーー。

深読みを恐れずにするならば、扉の飛行機だけが楕円で描かれていたのは、「外界」と「四角い団地という箱の中にいる母子」との差異を表現していたのではないか。ぼくがベッドなり玄関なりから飛び出すシーンは四角い枠が取り払われていることに注目すると、四角い箱が象徴する母の庇護下からぼくは自立へ向けた一歩を踏み出し始めているように見受けられる。雪に閉ざされ四角い箱の中で身動きができない閉塞感が「ほろ苦い孤独感」だとするならば、この絵本はむしろぼくの外界への一歩を夜の雪あかりのように映し出した希望の書だと思う。

By Komako Sakai, The Snow Day (Arthur A. Levine Books, 2010 )

英訳版も原文に忠実で読みやすくておすすめ。

When I woke up in the morning, Mommy said, "You can sleep late today." "How come?" I asked, and she said, "Kindergarten's closed."

"It's been snowing all night, and the school bus got stuck."

Cited from The Snow Day

入手しやすい電子書籍版もあるので、興味のある方はぜひご覧ください。