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第33回絵本まるごと研究会

⒈ はじめに

 第33回絵本専門士による絵本まるごと研究会を担当させていただきました、第5期絵本専門士の相沢和恵です。埼玉県にある浦和大学こども学部こども学科で保育者養成の教員をしております。
 東京の私立短期大学保育科を卒業後、幼稚園教諭として都内に勤務し、その後縁あって息子達が通っていた保育所で保育士として勤務、幼稚園・保育所で大勢の実習生を受け入れた経験から養成の道に入りました。
   2019年10月に神保町の「ブックハウスカフェ」で、絵本専門士の講座で教えて下さった村中李枝先生が文、石川えりこ先生が絵を描かれた絵本「こくん」の内容紹介とお二人の対談が行われた際、村中先生からお声掛けして頂き、村中先生のご著書のテキスト『感じあう 伝えあう ワークで学ぶ児童文化』を用いての「児童文化」授業の担当者となりました。このテキストは、第1章から第10章まであり、それぞれの章にワーク(=演習)が沢山入っています。その中の第3章「自分ものがたり」のワークに取り組んだノートルダム清心女子大学の学生の記録と浦和大学の学生の記録に、2021年度・22年度と連続して分析と考察を加え、村中先生との共同研究としてまとめました。今回、この共著論文の骨子と結果を基にした絵本の読み合いを行った様子を、レポートとしてまとめさせていただきます。

『感じあう 伝えあう ワークで学ぶ児童文化』(金子書房 2015年) 
村中李衣/編著

⒉ 2021年度 共著論文

 自分ものがたり」とは‘生きられた生’をその時点で認知し、沸き起こった感情に意味付与がなされ、それが後々まで記憶されたもの、と定義しました。この論文のキイワードは、自分ものがたり・記憶・ナラティヴ、です。ナラティヴとは、物語或いは語り、誰がどのように語るのかが重要視されるという意味と捉えています。研究の目的としては➀保育や幼児教育の道を目指す学生が、自身の乳幼児期から小学校低学年までの時期にどんな課題に直面し、 どのように乗り越えようとしてきたのか、或いは乗り越えられず に来たのかを、「自分ものがたり」を書くことで見つめなおす②他者との相互作用の中で生きる子どもの存在について深い理解をもつ手掛かりを得る契機として「自分ものがたり」のワークの意義を検証し、保育の質向上を目指す、の2点を挙げました。(下線 相沢)
 研究の手続きとして➀2021年5~6月 授業内ワークに取り組む(ノートルダム清心女子大学1年生107名 「児童文学」受講生 必修科目、浦和大学2,3,4年生 25名 「児童文化」受講生 選択科目)②この「自分ものがたり」のワークの中から、自分を見つけ出す為の記憶、又は無意識の中にも自分への問いかけがある記憶全132事例中有効事例85事例を取り上げ分析・考察を加えました。
 その結果、4点が明らかになりました。 ①五感を手掛かりに、記憶を体験として言語化できる②感情体験(プラス+と捉える、またはマイナス-と捉る)は、 自分と他者或いは自分と人間以外の生き物との繋がりや出会いが存在し、自分を発見していく③身体感覚を発動し自己の「生」を積極的に意味付け、その様に生きようとしているかが、ものがたりの記述内容から読み取れる ④ワークは、保育の質の確保や保育記録の充実に向けて 、子どもの毎日の経験を見守る丁寧なまなざしに繋がる (下線 相沢)

『自己理解としての「自分ものがたり」』ノートルダム清心女子大学紀要 文化学編第46巻第7号   村中李衣・相沢和恵

⒊ 2022年度 共著論文


『「自分ものがたり」を保育者としてのまなざしに活かす試み』ノートルダム清心女子大学紀要 文化学編第47巻第58号 村中李衣・相沢和恵 第2校

 

 研究の手続きとして➀2022年5~6月 授業内ワークに取り組む(ノートルダム清心女子大学1年生109名 「児童文学」受講生 必修科目、 浦和大学2,3,4年生 26名 「児童文化」受講生 選択科目)②「自分ものがたり」のワークシートを記入する③シートを基にし、子どもに語りかける[ちいさなおはなし]を作り記入する④[ちいさなおはなし]を学生同士で語り合い、気付いた点、工夫した点を書き出す⑤ワークを行った際の気付きを書き出す これらのワーク全125事例中有効事例120事例を取り上げ分析・考察を加える。

自分ものがたりワークシート 
ちいさなおはなしワークシート
気付きや工夫した点記入シート


⒋ ☆事例 その1 その2 

 「自分ものがたり」[ちいさなおはなし]


⒌ 結果

 「自分ものがたり」から[ちいさなおはなし]にどのようにおはなしが変わったか、3つの視点から実態を明らかにしました。➀内容の書き換えの視点では、㋐子どもがおはなしの内容を理解しやすいように説明した、登場人物の身長や年齢、その他の情景等を具体的に付け加えた㋑聞いた後に教訓が伝わるように話を大げさにしたり、教訓的配慮を加えた㋒聞いている子どもに、作中の状況設定を似せて書き替えた②表現の工夫の視点では㋐語りかけるような、書き言葉ではなく話言葉にした㋑聞き取りやすいよう表現を平易に言い換えた㋒柔らかい口調にした、オノマトペを加えた、一文を短く切った③語るタイミングでは㋐自我の芽生えと共に、他者に迷惑をかけてしまった機会をとらえて話した等が、おはなしが変わった実態でした。
 ワークを通した発見や気付きの内訳として、5つの視点から分析しました。➀記憶について㋐五感の記憶(特に、皮膚感覚、匂い、光、質量)がはっきり残っている驚き㋑感情と結びついた景色の鮮明さ㋒プラス(+)の記憶、楽しいや嬉しいという肯定的な物よりマイナス(-)の記憶、悲しいやつまらないという否定的な記憶の方が残っていた②子ども時代の自分㋐当時の自分がどういう子どもか分かった㋑子どもの頃は恐れずに何でも挑戦していた㋒子どもの頃は好奇心が強かった③自分発見、自己認識では㋐子どもの頃から今と変わらない性格㋑今の自分の特徴を形作っているきっかけがあった④周囲との関係の見直しでは㋐両親、祖父母、家族の存在や教え影響の大きさ㋑今になって気付けば周りにたくさんの素敵な人達がいた、感謝㋒親との信頼関係に気付いた⑤その他の発見や学びの確認では㋐幼い頃の出来事はその瞬間には取るに足らないように思っても、その一つ一つが大切。大人になってその時の感情の意味が分かってくることもある㋑子どもの頃に自然に触れる体験があって良かった㋒子どもに語りたいことは、自分に言い聞かせたいことと重なる㋓自分ものがたりを書くことで、町や自然への愛情が芽生えた㋔過去の自分を振り返り、相手に伝わるものがたりを創るのは大変だと分かった、等が挙げられました。

⒍ 考察 

 学生達は「自分ものがたり」を[ちいさなおはなし]に作り変える際、子どもの発達年齢や話す際には個別に語るのか集団に語るのかを意識して、自分ものがたりを丁寧に咀嚼し、子どもにとって分かり易い表現を念頭に置いていました。また、子どもへの共感性や親和性を主とせず、保育者や教師は教え導く者として「学ばせるものがたり」へ向かってしまう傾向もありました。この2番目に挙がった「学ばせる物語になってしまう理由について、さらに考察を重ねました。
 村中李枝先生の著書『はじめようブックコミュニケーション』(2019)には「だから君たちにはこうあってほしい」等、先生が考えた結論まで熱を込めて言いすぎると「はい、」わかりました」としか子どもの心が動かなくなる、と記されています。相沢『保育者養成校における「絵本」の読み取り』(2017)によれば、学生は、物語絵本・ファーストブック、知識絵本、障がいをもつ人を理解する絵本の4種で、絵本作者からのメッセージは教訓的なものとして込められている、と捉えている、と考察しています。津守真『保育者の地平』(1997)「育てる仕事の再認識を」の項目に「子どもと共有された落ち着いた静けさは、 子どもの中に、小さなしかし決然とした自発性を生み出し、大人の中に、子どもとともに現実を生きることのできた相互性の感覚を呼び起こす」という記載があります。学生には、先ずは大人社会で生きていく術を子どもの頃から身に付けられるよう育てなければいけないというおもいが、意識・無意識的いずれにせよ働くのではないでしょうか。その根底に、教える或いは教授するべき保育者や教師の有り様という使命感や、子どもは教えられて育つという子ども観が見て取れます。
 一方で、書くことの教育の難しさという観点からは、山田直之『国語科作文教育における訓育的教授の探求』(2020)に、書くことの教育は学習者自らが世界認識の更新を行 える能力を保証する必要がある。」と結論づけています。保育・児童教育の分野において定着している指導法に、こうした学習者の世界認識の更新という視座が乏しいことが課題のひとつとして挙げられるのではないでしょうか。住田勝『「物語る力」を育てるー文学的問題解決に資する資質・能力の構想』(2020)は「人生の局面において流れる時間を構造化して語り直すことには、重要な意味がある。物語る力は、人間として備えるべき必須の力である。」と論じています。

⒎ 結論


⒏ 演習 

 参加して下さった皆さんからは➀教訓的に読むという意識で絵本を読んだことはかつてなかったので難しい②今まで絵本を読む際には、共有、共感、共鳴、その場にいる聞き手と絵本を楽しみ喜びとして絵本を読んでいたという事実を再認識できた③絵本を掛け合いで読む事や群読することがZoomで可能だと分かった等、様々なご意見とご感想を頂きました。何より印象的だったのは、1回目の教育的読み方では読み手の声が固く、良くも悪くも静かめなトーンだった「読み合い」が、2回目の楽しみ、喜びの読み方になったとたんに読み手の声が明るくはじけて、心底「この絵本を聞き手と一緒に味わおう」という「読み合い」に豹変したことです。
 画面からも、皆さんの笑顔満載な様子が伝わってきました。

⒐ まとめ

 演習では、皆様から貴重なお時間を頂いて「3つの‘きょう‘」をしみじみ実感致しました。ありがとうございました。

絵本専門士による絵本まるごと研究会は、絵本・応援プロジェクトに参加しています。


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