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第31回絵本まるごと研究会

絵本の中には、文字のない作品もあります。どのように読み聞かせをすればよいのか、作者は解釈を読者に委ねているのかなど、いろいろと考えることができそうです。今回は一人一冊ずつ字のない絵本を紹介しながら、その魅力を探ってみました。


『はるにれ』(福音館書店 1981)
姉崎一馬:写真

「字のない絵本」というお題は,日頃文字のある絵本を読むのが当たり前の活動をしている自分にとって,違った切り口で絵本を見る機会をいただきました。
知らない絵本もご紹介していただき,解釈が分かれる,というか分からない絵本もあり,そこを含めて面白いと思いました。ご紹介いただいた皆様ありがとうございました。
私が推挙した『はるにれ』は,皆さんがよくご存知の写真絵本の1冊です。1本のはるにれの大木の,四季折々の姿が美しく撮られています。
この本を見ると,自然の美しさや,逞しさ,または自分の人生と重ねて何かを感じられる方もいらっしゃるでしょう。私も最初の出会いはただそうでした。
ですが,今では自分がファインダーを通してその木を見ている感覚です。
この1枚をこの本に掲載するために,いったい何枚の写真を撮ったのか。
木の一瞬一瞬を,どのタイミングで切り取るのか。
膨大に撮ったであろうう写真の中から,「この」写真を「この」構成で掲載した意図(作者の思い)は何か。
考えれば考えるほど,深いなあと思うのです。
そして作者の思いに少しでも近づけたらと,私もカメラのファインダーをはるにれに向けるのです。
夜が明ける前からカメラを構え,朝日が昇る一瞬を待つとき。雪原の中に立つはるにれを遠くから視界に捉えたとき。その雪をざっくざっくと踏みしめ,はるにれに近づいて行くとき。偶然か必然か,霧にけぶるはるにれに出会ったとき。そういう時間もこの1冊に詰まっていることに思いを馳せると,渾身の1枚が撮れたことへの喜びすら感じます。
私にとって大切な1冊であるこの本は,折に触れて眺めたくなります。作者が四季を通してこの1本の木に向き合ってきたように,私も何かに向き合いたくなるのかも知れません。(出版社 清水さん)


『雨、あめ』(評論社 1984)
ピーター・スピアー:作

お家の庭で遊んでいた二人の子ども(兄妹でしょうか)たち。ポツポツと降り出した雨は、やがてどしゃ降りに。でも、二人は、レインコートを着て長靴をはいて、外に出ていきます。雨の中、電線にとまった鳥たちや蜘蛛の巣の水滴を見つめたり、水たまりにはまったり、それはもうたっぷりと雨を味わいます。やがて、雨はどんどんひどくなり、二人はお家に帰ります。そこで待っていたのは、温かなお風呂と笑顔のお母さん。外での様子を、これまた暖かな飲み物を用意したお母さんが、しっかり聞いている様子が描かれています。雨の中、今度は、お家で時間を過ごします。何度も外を見る二人。夜のうちに雨はすっかりあがり、二人は、まぶしい朝を迎えます。外には、昨日ずぶぬれになった服が干してあります。
 小学校で、一年生とこの本を楽しみました。子どもたちは自分たちの経験とお話を重ねて、雨の日の様子をたくさん話してくれました。文字はないけれど、描かれている絵が、十分にお話を語っている絵本です。雨の中、子どもたちを外に送り出し、温かいお風呂と飲み物を用意して待っているお母さんが、とても素敵です。(小学校教諭 村田さん)


『天使のクリスマス』(ほるぷ出版 1990)
ピーター・コリントン:作

140もの絵から成り立つ字のない絵本です。イブの夜、少女がサンタさんへプレゼントのお願いをします。少女が寝たあと、小さな天使たちがサンタさんを案内します。えんとつのない家には、どうやって入るのでしょう…。クリスマスイブの天使のお仕事に感動です。そして、とても美しい絵に心があたたまり、本当に天使がまわりにいるような幸せな気持ちになります。(図書館司書 野村さん)


『たまご』(BL出版 1986)
ガブリエル・バンサン/絵

ガブリエル・バンサンが『アンジュール』を刊行した翌年(1983年)に本名のモニック・マルタンで発表した絵本です。日本版は1986年の刊行です。
ある日、荒涼とした野に突然出現した巨大な卵。人が見つけ、テレビで放映され、見物にやってくる人、人、人。やがて卵の周囲に街が生まれ、まるで観光名所のようになっていきます。そんなある日、巨大な鳥が現れ、卵を温め、卵からヒナが孵ったもののすぐに死んでしまいます。
木炭で描かれたモノトーンの絵。デッサン画の『アンジュール』と同じく、絵だけの絵本です。荒涼とした広がり、生と死、道具に頼る人間、巨大な卵をコントロールしようとする人間。『アンジュール』は、最後に女の子との出会いが描かれていて、かすかな希望の光が見えるのに、『たまご』にはその光の筋さえ見えません。単純に考えれば、大自然をコントロールしているかの錯覚に陥っている人間の滑稽さを客観的に指摘しているようにも思えるが、無言だからこそ様々な解釈が成り立ち、読者の独自の想像力、解釈にゆだねられています。それが作者の狙いなのでしょうか。なかなか難解な絵本です。
なお、日本での刊行にあたっては、版元はこの絵本はシブすぎて、刊行を躊躇していたようですが、今江祥智氏が落合恵子氏などと共闘して、熱心に刊行のために尽力されたようです。(出版社 波賀さん)


『レッド・ブック』(評論社 2008)
バーバラ・レーマン:作

雪の積もる朝、学校へ向かう女の子が拾ったのは一冊の赤い本。本を開いてみると、そこには見知らぬ島の砂浜で同じ赤い本を開いている男の子がいました。
読み進めるほどに、不思議な世界に引き込まれる作品です。主人公は女の子なのか、男の子なのか、または赤い本なのか、読み終えた瞬間に広がる不思議な余韻が好きで、何度読み返しても飽きません。
文字なし絵本には、写真、映画、漫画(アニメ)、グラフィックデザインなど、あらゆる「絵」の技法が用いられます。文字のない不確実性を作者がどのように補なおうとしたのか想像しながら読むのも、一つの楽しみ方かもしれません。(財団職員 矢阪)


『せん』(岩波書店 2018)
スージー・リー/作

赤い帽子と手袋をつけた女の子が氷の上をを滑りだし、その軌跡が流れるように描かれる「せん」。まるで氷を削る音や音楽まで聞こえてきそうです。作者は、YouTubeでキム・ヨ ナのスケートを何度もみて、その姿をたくさんスケッチしたそうです。軽やかに、ジャンプ、転倒、そこから不思議な物語が…躍動感あふれる絵から物語を想像して楽しめる絵本です。(大学教員 德永さん)


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