ループ
暑い。暑すぎる。こんな昼下がりには、勉強のする気も、ゲームをする気も、映画を見る気も起きない。セミが鳴いている。セミは泣いているのか。聴いていても幸せにならないという点では、泣き声に分類しても良いのかもしれない。
窓は開けないで閉めるべきだったか。風鈴の音を聞いてもちっとも涼しく感じない。風に揺れる風鈴の音に風情を感じられない日本人に、生きる価値は無い気がする。
風鈴の音は、昔飼っていたネコに付けていた鈴の音を思い出させる。あのネコはあの時、いつの間にか死んでいた。猫は死に目を人に見せない。だから家族の誰も気が付かなかった。
溶けてしまった身体をゾンビのように力なく起こし、セミの声が聴ける大型スピーカーに変わってしまった窓を閉める。風鈴は静かになってしまったが、嫌な事を思い出す起因は取り除いた方がいい。
取り敢えず、何か飲み物を飲むことにした。炭酸でも、酒でも、お茶でも、涼しくなれるならばそれで良い。冷蔵庫には沢山の飲み物が入っている。お茶、コーラ、記憶を消すジュース、ビール、サイダー、チューハイ……。缶を開ける音を聞くだけでも、この暑さから少しは解放される気がした。
歩くと床が「キィ」と鳴る。きっと床も生きている。立ち上がったついでにエアコンの電源を入れた。
冷蔵庫を開けようと思ったら、間違えて冷凍庫を開けてしまった。冷凍庫のドアの車輪が素早く回る。でも涼むにはアイスの方が合理的だ。冷気が外に吹き出して、キッチンの床が演歌のステージに早変わりする。
中にはアイスが沢山入っていた。自分で買った記憶はないが、自分の家なので自分で買ったのだろう。スイカバー、スーパーカップ、モナ王、パピコ、ガリガリ君……。個人的にはガリガリ君は買うことがない。いつか来た友人が入れていったのだろうか。
友人がいつ遊びに来たのか、覚えていない。少なくとも一週間以内には遊びに来ていたのかもしれない。暇だから電話をかけてみることにする。
「ピロピロピロ、ピロピロピロ——」
出ない。ずっと電話の前で待ち続けたが、一向に友人は電話に出ない。
ああ、つまらない。こんなにつまらないのは久しぶりだ。何もすることはないし、しかも暑い。この猛暑の中を生き抜く知恵をインド人に教わってみたい。
少なくともあれから二時間は経過したが、友人からの折り返し電話はない。
気が変わって開けた窓から、セミの声と、風鈴の音が吸い込まれてくる。隣の家の誰かが暴れている音も聞こえる。家の前を通り過ぎるスクーターの音は、家から離れていくにつれて段々高くなる。
二時間もぼうっとしていたら、喉が渇いてきた。
重く、熱気に包まれた体を起こし、冷蔵庫へ向かう。
床はまた、「キィ」という音を立てる。年季のこもった家の床は、重みにいつも悲鳴をあげる。人間で考えれば老人だと考えると、更にかわいそうだ。
冷蔵庫を開けると、お茶、コーラ、記憶を消すジュース、ビール、サイダー、チューハイ……。山ほどの飲み物が入っている。
奥には大きな包みが入っている。かなり大きい。肉を包む柔らかいスチロールに包まれたそれを取り出した。赤い液体が垂れる。僕はそれを徐に開ける。
死体だった。
僕はそれに驚き、驚いた体の反動でとりあえず冷蔵庫に入っていた記憶を消すジュースを一口で飲み干した。
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