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WISHING 09/27/22 人工ウイルス実験室流出仮説は決してなくならない~サイエンスの闇 Lab leak theory will never go away - A science in the shadows  📖Read 40分

今までのところ、人工ウイルス実験室漏洩仮説いわゆるラボリーク理論の生物学的証拠は存在しない。一方、誰もこの仮説を葬り去ることができないことも確かである。その経緯が、ワシントンポストが長年収集してきた膨大な証拠と証言によって、8月26日「サイエンスの闇:超強力病原体を使った機能獲得研究の規制は、実験室漏洩の懸念にもかかわらず緩められていた」という記事で紹介されています。補足説明付きの初の完全邦訳です (1066)。

物語は、日本が2011年の大震災後最も低迷していた時代まで遡ります。

まずは、言葉の説明

「機能獲得(gain-of function)(GOF)」とは? 
病原体の機能を強化するために用いられる技術のこと。これは通常、遺伝子編集、および異なる動物に宿している病原体の連続継代を組み合わせて行われる。

「なぜ議論になるのか?」
インフルエンザやコロナウイルスのある種の株の感染性や毒性を高める実験は、高いリスクを伴う。そのような病原体が科学者に感染するなどして逃げ出した場合、パンデミックが発生する可能性がある。

「そんなにリスクが高いなら、なぜやるのか?」
この技術は、マウスの遺伝子をいじって脂肪の蓄積を制限したり、病原体に突然変異を起こし、将来の脅威を推定するなど、さまざまな用途に使われる。

登場する政府機関

HHS (米国保健福祉省):日本の厚生省にあたる政府機関。

NIH(米国国立衛生研究所):保健福祉省(HHS)公衆衛生局の下にある医学研究のメッカ。自前で研究するだけでなく、世界中の研究機関に対する助成もしている。

NSABB(バイオセキュリティのための国家科学諮問委員会NATIONAL SCIENCE ADVISORY BOARD FOR BIOSECURITY):バイオテクノロジーの進歩に伴い生じる安全性の確保を目的としてHHSによって2004年に設立された。NSABBは、HHS所長、NIH所長、および生命科学研究を実施または支援するすべての連邦省庁の長に助言する。また、国家安全保障上の懸念と研究コミュニティのニーズの両方を考慮し、連邦政府が実施または支援する潜在的なデュアルユース(その成果が民生目的と軍事目的のどちらにも使える)の生物学的研究を効率的かつ効果的に監督するための具体的な戦略について助言し、推奨する。設立当初からNIHの管理下で運営されている (1067)。

HHS審査委員会(別名 フェレット委員会):連邦政府は潜在的パンデミック病原体と呼ぶものに関する研究の審査のために、NIHとは別組織として非公開のHHS内審査委員会を作った。提案された実験がNIHの科学的ピアレビューを通過した後、幅広い専門知識を持つ連邦政府職員からなるHHSの委員会がリスクと利点を比較検討すると定めています。委員会が承認した場合、NIHの資金援助を受けることができる (1068)。

主な登場人物

フランシス・コリンズ:米国国立衛生研究所(NIH)所長(2009年〜現在)、ファウチ博士とともに、ワクチンや治療薬の開発に役立つ可能性があるという機能獲得研究の利点は、リスクを上回ると語る医師・遺伝子工学者

アンソニー・S・ファウチ:米国国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長(1984年〜現在)、合衆国政権6代に渡って大統領に感染症関係の助言をし、ホワイトハウスのパンデミック対策のスポークスマンである。病原体の感染性や毒性を高める「機能獲得」研究に資金を提供してきた医師・科学者でもある

デビッド・A・レルマン:スタンフォード大学の医師で微生物学者でもあり、NIHや他の連邦政府機関にバイオセキュリティについて助言している。機能獲得研究に批判的立場 (1069)

ロバート・カドレック::米国保健福祉省(HHS)長官補佐(2017年から2021年まで)、医師で元空軍将校、数十年にわたる生物防衛政策の経験を持ち、米国が資金提供する機能獲得研究は十分な吟味がなされていないと言う

クリスチャン・ハッセル:カドレックのHHSの上級補佐官(2020年1月24 時点)、その後HHSの準備・対応担当次官補室の上級科学顧問でHHS審査委員会の議長を務め、審査プロセスの透明性を高めることに前向きである (1068)

マイケル・J・インペリアル:ミシガン大学のウイルス学者で、2005年から2012年までNSABBの委員を務め、現在は米国微生物学会の雑誌『mBio』の編集長

ローレンス・D・カー:オバマ政権ホワイトハウスの生物安全保障担当者である生物学者、2016年HHSのバイオセキュリティ担当上級職員で、2016年からHHSのパンデミック・新興脅威対策室を率いる

ラルフ・S・バリッチ:ノースカロライナ大学のコロナウイルス研究者、コロナウイルスがコウモリから人間を含む他の哺乳類にどのように跳躍するかを研究しているリーダー

マーク・R・デニソン:バンダービルト大学のコロナウイルス研究者、NSABBのメンバー(2020年1月24日時点)で、審査プロセスにさらなる段階を加えることは、緊急の研究を遅らせることになるのではないかと懸念する (1068)

以下、本文

(時はオバマ政権時代(2009年1月〜2017年1月))今から10年前、米国国立衛生研究所(NIH) の資金援助を受けた科学者たちが、フェレットを使って致死性の高いインフルエンザ・ウイルスを作り出した。「機能獲得」と呼ばれるこの研究の目的は、ウイルスがどのように進化するのかをよりよく理解し、潜在的な病気の脅威に対抗するための医薬品の開発に役立てることであった。

しかし、この研究にはリスクも伴う。実験室での誤操作が、壊滅的なパンデミックを引き起こす可能性がある。

オランダ・ロッテルダムとウィスコンシン大学で行われたこの研究は、国際的な論争を巻き起こし、このような実験に対する新たな制限措置につながった。しかし、直近の4年間、NIHの指導者と米国当局者は、こうした管理の重要な部分を弱めてきたことが、ワシントン・ポストの調査によって明らかになった。

リスクの高い彼らの研究は、中国の武漢で行われた実験が偶然にコロナウイルスの大流行を引き起こしたのではないかという憶測から、再び注目されることになった。中国のウイルス学者たちは自分たちの研究が原因であることを否定している。実際過去に、世界の他の地域の研究所でもまれに事故が起こり、病原体が意図せず放出されることがあった。

「リスクは絶対に現実のものです。知的な構築物や仮定の話ではないのです。」スタンフォード大学の医師で微生物学者でもあり、NIHや他の連邦政府機関にバイオセキュリティーに関してアドバイスをしているデビッド・A・レルマン氏は言う。いずれは、「あなたが作ったもの、あるいはあなたが公開した情報が、何らかの事故や災害を引き起こすことになります」と彼は言う。

武漢での研究についての憶測は、機能獲得型研究に新たな注目を集めることになった。我々は、そのような実験に対する米国の支援と、それを支える秘密主義についてできるかぎり詳述する。コロナウイルスの大流行が機能獲得研究の結果であるかどうかを明らかにしようとするものではない。

米国では現在に至るまで、NIHのコリンズ所長と国立アレルギー・感染症研究所所長のファウチ所長が、機能獲得研究に対する連邦政府の資金援助と監視を主導してきています。

8年前(2014年)、コリンズとファウチ両氏は、レルマン氏とオバマ大統領の補佐官から、フェレットを使った研究に対する監視が不十分であるとの懸念を受け、高レベルの審査とその他の監視措置を導入することに貢献した。NIHの幹部と保健福祉省(HHS)は、研究の透明性を高め、吟味することを約束した。これには、幅広い専門知識を持つ連邦政府高官からなる「フェレット委員会」と呼ばれる、(非公開の)HHS(研究プロジェクト)審査委員会を作り、提案された研究プロジェクトの安全性と価値を審査するというHHS審査枠組みが含まれていた。(この方針では、提案された実験がNIHの科学的ピアレビューを通過した後、HHS審査委員会がリスクと利点を比較検討すると定めています。委員会が承認した場合、NIHの資金援助を受けることができる (1068)。)

しかし、連邦政府の文書、議会の証言、数十人の現・元職員と科学専門家へのインタビューによると、コリンズ氏とファウチ氏は近年、そのHHS審査委員会の権限を弱める方針変更が成されるように、直接、あるいは側近を通じて行っていた。

2017年、二人の監督下で行われた変更によって、HHS審査委員会は厳密には単なる諮問機関(助言または推奨するだけの組織)となり、研究プロジェクトを阻止する権限がなくなった。

同時に、機能獲得研究の定義が変更され、NIH幹部がHHS審査委員会に照会せずに研究プロジェクトを承認する自由裁量が拡大された。研究者の中には、遠大な審査はNIHの承認と科学の進歩を遅らせることになると不満を持つ人たちがいた。

以降、機能獲得実験は秘密裏に行われ続け、審査委員会を管轄するHHSは、委員会の仕事の秘密を守り続けてきた。議事日程、議事録、その他の記録は一切公開されていない。オバマ、トランプ、バイデンの各政権にまたがる同委員会の委員に任命された連邦政府関係者の名前さえも秘密にされている。

(実際に、HHSの審査委員会は2011年に論争を巻き起こしたオランダとウィスコンシンの研究所での2つのH5N1インフルエンザウイルスのプロジェクトを承認したが、連邦政府関係者は承認を公表していない (1070)。)

取材に対し、コリンズ、ファウチの両氏とその上級補佐官は、方針変更によって機能獲得研究に対する監視が弱まったのだと反論し、安全性の監視・規制は現在も行われていると指摘している。

コリンズ氏によれば、「合理的な人々は、非常に繊細である機能獲得実験の理想的な監視方法について完全に同意しているわけではありません。厳しい監視によって、リスクが大きくなりすぎ、利益が小さくなることも考えなければなりません。」「実験室の事故は確かに懸念されます。したがって、トラブルにつながるかもしれないあらゆる種類の実験に対して、可能な限り最高の封じ込めをすることによって、それを軽減したいのは当然です」と。

2017年に規制を緩めたことに関しては、コリンズとファウチ両氏は、機能獲得研究を導くための「フレームワーク」として正式に知られている最終方針を擁護する発言をしている。

コリンズ氏は、NIHと他の連邦機関が、非常に熱心で熟慮されたプロセスによってこの政策変更が行われたことを称賛した。これは、コリンズ氏の側近が、コリンズ氏の個人事務所でコリンズ氏や他の参加者と面会して進められたものだといいます。

コリンズ氏はまた、「国民が期待する透明性 」を達成するために、HHS審査委員会の関係者の名前を公表することに前向きであると述べた。

ファウチ氏によれば、すべての研究プロジェクトは、まずその研究所内の専門管理者によって評価され、その研究が安全な施設内で適切な訓練を受けた人員によって行われるかどうかがチェックされる。実験は、「最高度の監視のもとに行われている」と。「透明性を確保できる範囲、透明性を確保できるシステムであれば、我々は透明性を確保することに全力を尽くします」と彼は言った。

『自分たちの宿題を採点する』

NIHの関係者は、フェレットを使った実験をめぐる論争が2012年にピークに達して以来、2018年に2件のプロジェクトに対する助成を確認したこと以外、機能獲得研究プロジェクトに何件の助成を行ったかについての言及を避けた。

資金提供されたプロジェクトの数を示すよう求められたコリンズとファウチ両氏は、その答えは、その研究がどの年に属すると定義されるのかに依ると示唆した。

ある機関の広報担当者は、関連情報は、毎年何万件もの助成金をアーカイブしている機関のデータベースで見つけることができると述べた。しかし、このデータベース『NIH Reporter』では、どの助成金が機能獲得研究のためのものであるかは特定できない。

ワシントンポスト紙は、2012年から2020年にかけて助成金を獲得したプロジェクトのうち、機能獲得実験を含むと思われるものを少なくとも18件確認した。記者は、科学雑誌に掲載された論文とともに、データベース内の研究概要を調べ、専門家への取材を行った。

NIHからの18件のプロジェクトに対する資金提供は総額約4880万ドルで、13の研究機関で展開された。2017年に審査委員会の権限が弱まった後、8件が承認されていた。

2017年から2020年まで、HHS審査委員会に回されたプロジェクトは「3つか4つ」以下だったと、審査委員会を監督し、トランプ政権のHHS長官補佐を務めたロバート・カドレック氏は言う。

「彼らは自分たちの宿題を採点していた 」とカドレック氏は言う。

カドレック氏は医師であり、それ以前は国防総省、ホワイトハウス、上院で、バイオ防衛に関する任務を担っていたが、「審査委員会ではリスクの高い研究は実際に十分に吟味されてこなかった」「率直に言って、HHSには科学的な手段がなかった」「審査委員会の能力は、悪いことが起こらないようにするほど強固なものではなかった」と述べた。

昨年(2021年)のNIHの会議で、カドレック氏の上級補佐官であるHHSのクリスチャン・ハッセル氏は、研究の審査について苦言を呈した。

2020年1月23日、NIHのバイオセキュリティに関する国家科学諮問委員会(NSABB)のメンバーに対して、ハッセル氏は「まだ2つの審査しかやっていない」「3つ目のプロジェクトが審査委員会に寄せられたばかりだ」と述べていた。

会議のビデオによると、ハッセル氏は、審査が少ないのは、改訂された新たな方針が機能獲得研究をきわめて狭く定義しているためだということを示唆した。「不適切なほど率直に言いますが、これでは機能獲得研究の定義の範囲が狭すぎると思います」「あまりに細かいフィルターを使ってはならない。」

ハッセル氏は、バイデン政権でもHHSの上級科学顧問を務めているため、彼はこの記事のためのインタビューを拒否しています。

レルマン氏や他の科学者たちは、この研究を管理する連邦政府の方針は不透明であり、強化する必要があると述べている。

ミシガン大学のウイルス学者で、2005年から2012年までNSABBの委員を務め、現在は米国微生物学会のジャーナル『mBio』の編集長であるマイケル・J・インペリアル氏は、「通常より高いレベルのリスクを社会に求めるなら、もっとオープンにしなければならないと思います」と述べた。

機能性獲得研究に懐疑的な人々は、それがリスクに見合うものであるかどうかを疑問視している。「今や地球上の誰もがパンデミックとは何か、それが家族、地域社会、収入にとって何を意味するのかを知っています」とラトガース大学の化学生物学教授でバイオセキュリティ・リスクを研究しているリチャード・H・エブライトは言う。「このような研究は、パンデミックを引き起こす可能性があるのです。」

『研究への新たな注目』

新型コロナウイルスがどのようにして出現し、この100年で最悪のパンデミックを引き起こしたのかという謎は、機能獲得研究に対する注目を再び集めることになった。

今年5月、バイデン大統領は、米国の情報機関に対し、パンデミックの起源を調査するための努力を倍加するよう指示し、2つの可能性あるシナリオがまとめられた。一つは、感染した動物に人間が接触したことが最初の感染源になったというもの。もう一つは、中国の研究所の事故によって病原体が放出されたというものである。当局は、バイデン氏に、パンデミックの発生源を特定することは現時点ではまだ不可能であると結論づけた機密報告書を提出したとのことである。

約20年前のSARSの自然発生後、シンガポール、台湾の研究所、中国の国立ウイルス病対策研究所での3回の偶発的ウイルス漏洩事故が起きている。WHOによると、北京での事故は1人の死亡を確認し、少なくとも600人を隔離する結果となった。

実験室由来の可能性は、現在進行中のパンデミックの起源を研究している多くの科学者によって、当初は否定されました。しかし、新型コロナウイルスと感染動物を結びつける証拠がないことや、中国政府が国際査察団に実験ノートやウイルスサンプルへのアクセスを拒否していることが、疑惑を深める一因になっている。

武漢ウイルス研究所は、2019年後半にこの菌株による重篤な疾病が最初に報告された都市にある研究所群であるため、監視の対象となっている。同所の中国人研究者が共著した学術誌論文(NIHからの資金提供があった研究)(1071) によると、同研究所はコウモリが媒介するコロナウイルスの機能獲得研究を行ってきたという。

武漢の主任中国人ウイルス学者であるShi Zhengli氏と、彼女のNIH資金提供パートナーの一つであるニューヨーク市に拠点を置くEcoHealth Allianceという非営利団体は、中国政府と同様に、研究所からの流出の可能性に異議を唱えている。EcoHealthのトップであるPeter Daszak氏も、武漢での機能獲得研究に自分の組織が参加したことを公に否定している。(Zhengli氏とDaszak氏は、コメントを求める電子メールに応答しなかった)。

機能獲得研究には、異なる病原体の遺伝物質を組み合わせて、実験室で作られた新しい「キメラ」ウイルスを作り出す技術が含まれることがありうる。

米国では、このような実験は通常、生物医学研究の主要な管理者であるNIHから資金提供を受けている。ワシントンポストが特定した18のプロジェクトは、1つを除いてすべてファウチ氏の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)から資金援助を受けていた。

ファウチとコリンズ両氏は、こうした研究のゲートキーパーとしての役割を担ってきた。

二人とも米国の健康と医学を象徴する人物である。コリンズ氏は政府によるヒトゲノムのマッピングを主導し、ファウチ氏は40年間、エイズからCovidまで健康上の危機について大統領や議会の指導者に助言を与えてきた人物である。ファウチ氏はバイデン大統領のチーフメディカルアドバイザーも務めている。

ファウチ氏とコリンズ氏は、得られた知識はワクチンや治療薬の開発に役立つとして、長い間機能獲得研究を擁護してきた。

ファウチ氏は、2012年12月17日にNIHに招かれた国際的研究者の集まりで、「これらの実験の科学的あるいは公衆衛生的価値については意見が分かれるところです」「しかし、私は、これらの実験が行われるべきではないと感じている人々は、少数派であると信じています」と述べた。

その頃、NIHのリーダー達は、2つの機能獲得研究によって引き起こされた大炎上の事態に対処していた。

『ロッテルダム研究』

オランダ・ロッテルダムのエラスムス医学センターとウィスコンシン大学で別々に行われた機能獲得実験(NIHの資金援助を受けている)で、鳥が媒介する強毒性インフルエンザの株が、初めて哺乳類に空気感染を引き起こすように変化していました。

2011年秋、この秘密裏に行われた研究成果を記した原稿が、別々の科学雑誌に投稿された。そのうちの1誌の査読者であったレルマン氏は、もしこの内容が公表されれば、テロリストのレシピになりかねない、と危機感を募らせた。

彼はホワイトハウスの生物安全保障担当者である生物学者ローレンス・D・カー氏に内々に報告し、カーはオバマ政権の他の職員に警告し、NIH所長つまりコリンズ所長のオフィスに連絡したと、これまで報告されていなかった詳細について詳しい科学者たちは述べている。

コリンズ所長のスタッフは、NSABBにそのリスクを評価させることにした。NSABBは、いくつかの研究によってもたらされる公衆衛生やその他のバイオセキュリティのリスクをどのように軽減するかについてNIHに助言することになっている。コリンズ氏は、HHSの長官と協議の上、その委員会のメンバーを任命し、彼のオフィスがその機能を管理するようになっている。

当時のNSABBのメンバーでJournal of Virology誌の編集長であったLynn W. Enquist氏は、「我々はこのような機能獲得の論文を見たことがなかった」と述べている。「病原性を高める、あるいは感染性を高めるという考えは、ほとんどの科学者がこれまで考えたことのないものでした。懸念されるべきことでした。」

その研究で使われたのは、鳥インフルエンザH5N1株で、季節性インフルエンザの致死率が1%未満であるのに対し、約60%の致死率である。この鳥インフルエンザのヒトからヒトへのへの感染は確認されていませんが、東南アジアの養鶏農家で、鳥からヒトへの感染が確認されていました。

NIHから資金提供を受けていた研究者の一人であるロッテルダムのロン・フーチェ氏は、H5N1をより危険なものに変えて、人間の感受性のシミュレーションに最も適した哺乳類であるフェレットの間で籠の中の呼吸器飛沫によって広がるようにしたのである。フーチェ氏との共同研究者であるウィスコンシン大学の川岡義博氏は、H5N1株がどのように変異したかを研究していた。

北アリゾナ大学の遺伝学者で、当時NSABBの委員長であったポール・ケイム氏は、その論文の発表によって、「きわめて感染力が強く致死率も60%に至るウイルスが、世界中に瞬く間に広がり、40億人を一気に殺してしまうことになるかもしれない。」という重大な懸念を共有することになったという。

2011年11月30日、NSABBは全会一致で、その研究手法の公表を差し控えるよう勧告した。この議決は、ファウチとコリンズ両氏の責任を直接的に問うものであった。なぜなら、その機能獲得研究は、外部の審査を受けずにNIHによってすでに承認されていたからである。「彼らは、気まずいことに、すでにこれらの研究に資金を提供することを決定していました。」当時NSABBのメンバーであったインペリアル氏は語りました。

2011年以降、連邦政府は、すべてのジャーナルに、研究室で作られた「鳥インフルエンザ」の報告を検閲するよう要請している。

インタビューや記録によれば、ファウチとコリンズ両氏は、NSABBの勧告を覆すために内々に働きかけ、同時に研究の必要性を公に擁護した。

ファウチとコリンズ両氏はもう一人のNIH職員との共著で、ロッテルダムとウィスコンシン大学の実験のリスクは取るに値すると結論付けた小論を2011年12月30日にワシントンポストに寄稿している。

3人は、「重要な情報と洞察は、潜在的に危険なウイルスを実験室で発生させることから得られる。フェレットを使った実験は、ヒトへの感染性に関する重要な知識のギャップを埋めるためのものだ」と述べている。

米国内外の多くのインフルエンザ研究者は、季節性インフルエンザの株の移り変わりに関する情報の共有に依存しており、NIHの指導者の立場を支持した。しかし、科学的な意思決定に政府が介入してくることに憤慨する研究者もいた。

2012年3月29日と30日、NSABBは、参加者が緊迫した状況であると語る中、非公開で会議を開いた。ファウチとコリンズ両氏も出席し、ロッテルダム研究とその発表を支持することを改めて表明した。参加者によると、参加者は秘密保持契約書にサインすることが求められたという。

NSABBは、すでに発表した勧告を覆し、12対6でフーチェ氏の研究の公表に賛成し、ウィスコンシン大学の研究結果の公表をメンバー全員一致で支持した。会議の公文書は残っていない。フーチェ氏と川岡氏は、自分たちの研究は責任ある価値のあるものだと弁明している。

(つまり、NSABBは最終的に、人工ウイルスが研究所から流出した場合のリスクがあるにもかかわらず、起こりうるパンデミックに備えるために専門家が行うこれらの機能獲得研究を公表すべきであると結論付けました (1069)。)これらの研究論文は、別々の科学雑誌に掲載され、議論を呼ぶような内容は一切削除された。

NSABBの委員を務めた6人の科学者は、NIHがロッテルダムとウィスコンシン大学の実験への資金提供を承認する前に、研究に関わる懸念が公表されるべきだった、とインタビューに答えている。

「なぜ、NIHの誰かが、助成金審査中に、ちょっと待てよ、問題がありうると言わなかったのだろう?」とインペリアル氏は言った。

ファウチ氏は、2012年以降も、H5N1株を使った実験やその他の機能獲得プロジェクトに対するNIHの対応について支援を求め続けている。そして、彼は2012年の秋、ジャーナル「mBio」に「このような研究に関するすべての決定は、透明性のある方法で行われなければならない」と書いている。

『フェレット委員会』

鳥インフルエンザ実験をめぐる論争を受け、オバマ政権は2013年2月21日、「NIHが承認する前に」他のリスクの高い研究プロジェクトの提案を審査する「HHS審査委員会」を設立した。この政策は当初、H5N1型のみに適用され、翌年には他のインフルエンザ株やコロナウイルスにも拡大される予定であった。

この政策はさらに、HHS審査委員会にNIHから照会された研究提案に拒否権を与えるものであった。冒頭にあるように、このHHSの研究審査委員会を 「フェレット委員会」と呼んだのはコリンズだった。

ファウチとコリンズ両氏と他の3人のNIH職員は、同じ日にオンラインに発表された論文の中で、「連邦職員レベル(程度)の審査によって、適切なリスク軽減策と、ある提案がHHSの資金援助に値するかどうかが決定されることになる」と書いている。

しかし、当初からHHS審査委員会はNIH所長室からプロジェクトに関する十分な情報を得るのに苦労していたと、オバマ政権の科学政策担当者は語っている。

この科学者は現在も政府の役職に就いており、その役割の機密性から匿名を条件に語ったが、HHS審査委員会はNIHから不完全な情報しか得られず、助成金提案が審査される問題を有する研究についての最終決定は我々の範疇ではなかったと語っている。

同じ頃、米国のエリート研究機関での一連の危険な失態が公になり始め、進行中の機能獲得研究によってオバマ政権への信頼は揺らいでいた。

2014年3月、米疾病対策センター(CDC)の職員が非致死性インフルエンザ株と思われる小さな容器を、ジョージア州アテネの連邦研究所で鶏の研究を行っていた農務省の担当者に送付した。そこの鶏たちが死に、CDCは病原性のある菌株に汚染された材料を出荷していたことが判明した。

同年6月5日、同じくCDCの研究者が炭疽菌の検出技術を改良する目的で、高レベルの生物隔離施設で研究していたのだが、誤ってCDCの別の研究所に炭疽菌の活性サンプルを送ってしまった。被曝した可能性のある41名のCDC職員は抗生物質による治療を受けた。

同年7月1日、連邦政府の職員が、メリーランド州ベセスダにあるNIHのメインキャンパスの冷蔵室に、長い間放置されたままの段ボール箱12個を発見した。箱の中にあった300本以上の感染性物質の小瓶のうち、6本には1979年に世界から根絶されたはずの天然痘ウイルスが含まれていた。そのサンプルは、数十年前に食品医薬品局(FDA)の研究者が使用したもので、CDCの高レベル生物濃縮施設で破壊または保管されていたはずだった。

オバマ政権の国家安全保障副顧問リサ・モナコ氏とホワイトハウス科学技術政策室長ジョン・ホルドレン氏は、2014年8月28日、すべての連邦および非連邦の研究所に対して、「研究所のバイオセーフティとバイオセキュリティのベストプラクティスとプロトコル」を見直すように 、「安全注意喚起活動休止」を実施するように促した。

2014年10月中旬、「連邦研究施設における最近のバイオセーフティ事件」を理由に、科学技術政策局とHHSは共同で、インフルエンザや、恐れられているコロナウイルス株MERSとSARSの機能獲得実験を新たに提案する場合の資金提供を「一時停止」することを発表した。同時に、「現在この種の研究を行っている者は、連邦政府の資金提供を受けているか否かにかかわらず、リスクと利益が再評価されている間、研究を自発的に一時停止するように」とも呼びかけている。

『研究の再開』

2014年に行われたこの連邦政府の監視強化は、コロナウイルス研究者のノースカロライナ大学のラルフ・S・バリッチ氏とバンダービルト大学のマーク・R・デニソン氏を含む一部のウイルス学者からの反発を引き起こしました。

彼らは、「機能獲得研究の生物学、長所、短所、公衆への可能性の高いリスク、および倫理を真剣に論じる科学的公開討論は未だ行われていません。そのため、我々は、新興コロナウイルスの研究をこうした監視下におくことは時期尚早だと主張します。」と、2014年11月12日NSABBに書簡を送りました。

高病原性インフルエンザやコロナウイルス株についての広範で膨大な参照に基づく彼らの書簡には、「これらのウイルスによるパンデミックの可能性は明らかだが、ウイルス漏洩発生初期ならば公衆衛生上の介入によって制御しやすく・・・機能獲得実験は証明された強力なツールである。」とある。

数週間のうちに、NIHの職員はバリッチ氏や他の不特定多数の研究が一時停止から免除されたことを通知した。

バリッチ氏は、コロナウイルスがコウモリからヒトを含む他の哺乳類にどのように跳躍感染するかを研究しているリーダーとして知られている。バリッチ氏の研究は、どの株が最大の脅威となるかを特定し、ワクチンや治療薬の開発につながる可能性のあるアプローチを模索してきた。記録によれば、この研究にはNIHから約1190万ドルの助成金が出されている。

コリンズ氏が2016年11月にNSABBの委員に任命したバリッチ氏もデニソン氏も、彼らの研究についての質問には答えていません。

バリッチ氏は、もう一人のコロナウイルス研究の第一人者である武漢ウイルス研究所のZhengli氏と共同研究を行っています。「中国のコウモリ女」と呼ばれる彼女は、中国のカブトコウモリの遺伝子配列とDNA分子を提供し、バリッチ氏はノースカロライナ州チャペルヒルにある彼の研究室で実験を計画した。

バリッチ氏、Zhengli氏、他の共著者は、"A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses show potential for human emergence" と題するNature Medicine誌の2015年12月の論文でそれぞれの役割を要約しています。論文では、逆遺伝学を使ってコウモリ由来のキメラウイルスを作り、実験用マウスに移植するなど、機能獲得研究の特徴である技術が紹介されています。

インタビューやこれまで公開されていなかった政府の電子メールによると、一部の連邦科学者の間で、2016年までに機能獲得研究プロジェクトがさらに増えるという見通しが懸念されていた。

2016年4月17日、オバマ政権ホワイトハウスに在任中であった生物学者カー氏は、最初の機能獲得実験に警鐘を鳴らし、連邦政府の同僚6人にメールを送り、コロナウイルス株を使ったリスクの高い研究がブームになりそうであることを警告した。

当時HHSのバイオセキュリティ担当上級職員であったカー氏は、2012年に発生し7年間で海外で866人の命を奪ったMERSを引用した。「MERSの発生が続いたことで、科学者たちはコロナ生物学の世界に戻り、遺伝子合成された感染性ウイルスを自分の仕事にする人が増えている」とカー氏は書いている。「MERSの機能獲得研究は、検討すべきテーマではない。」

ワシントンポストはこのメールのコピーを入手しているが、HHSの広報担当者は、2016年から同省のパンデミック・新興脅威対策室を率いるカー氏への取材を求めたワシントンポストの依頼に応じなかった。

実験室で改変されたコロナウイルス株の潜在的な危険性は、NIHの委託を受けたコンサルティング会社Gryphon Scientificの2016年4月の報告書でも示されていた。1,016ページに及ぶその報告書は、コロナウイルスの感染性を高めるとパンデミックにつながり、死亡のリスクが数桁の大きさで高まると警告していた。

(2014年10月以降、連邦政府は18の機能獲得研究に対するNIHの資金提供を停止していたが、)その裏では、2015年から2017年にかけて、NIH、HHS、他の連邦省庁の関係者たちは、機能獲得研究の方針をどう修正するか、いつ休止を解除するかについて協議していた。NIHのプロジェクトに対して一時停止の免除を認める唯一の権限を持つコリンズ氏と彼のチーフ・オブ・スタッフが、この取り組みを指導していたと、展開に詳しい人々は述べている。コリンズ氏の指示で、NSABBは機能獲得研究方針に関するパブリックミーティングも数回開催した。

これらは実際には、ホワイトハウスの科学技術政策室や国家安全保障会議の関係者、コリンズ氏やその補佐官、その他の連邦政府職員だけが参加した非公開のミーティングであったと、会合に詳しい関係者は述べている。

この不明瞭な省庁間のプロセスによって、NIHの職員に機能獲得研究プロジェクトへの資金提供の大きな裁量権を与える2つの変更がなされたのである。

そこで改訂された方針は、HHS審査委員会からNIHが管理するプロジェクト案に対する拒否権を剥奪することに加え、HHS審査委員会が審査するプロジェクトの範囲を限定するものであった。

2014年10月に制定された方針では、NIHは「哺乳類間で伝染する」インフルエンザやコロナウイルスを生成し、誤ってヒトに感染させる可能性のある実験をHHS審査委員会に回すよう求めていた。

しかし2017年12月、この方針は「ヒト集団の中で広く、制御不能な広がりを見せる可能性が高い」改変病原体のみを対象とするように限定されることになる。哺乳類というより広範囲の条件は削除された。作成される病原体が、NIHによって 「将来、ヒトのパンデミックを引き起こす確率がかなり高いと合理的に判断される 」場合を除き、HHS審査委員会による審査は必要ない、と方針変更がなされた。

NIHとHHSのメディア担当者は、ワシントンポストへの文書による回答で、この方針変更は政府の専門家などからの意見を考慮した広範なプロセスに基づいて行われたものだと述べている。

哺乳類への言及が削除された理由について、NIHは、改訂された方針は、ヒトに最大のパンデミックリスクをもたらす可能性のある「研究の組み合わせ」を特定するためのものであると述べている。

コリンズ氏は、なぜこのような変更が行われたのかについて質問され、「詳細を完全に再現することはできないが、NIHのスタッフは 「最も洗練された観点から 」研究提案を評価するのだと語った。

その後、バリッチ氏は最終的には、実験室からの漏洩がCovidのパンデミックにつながった可能性を1年以上にわたって否定してきた機能獲得研究の他の推進者たちと袂を分かつようになった。2021年3月14日にScience誌に発表された書簡の中で、バリッチ氏はレルマン氏や他の16人の科学者とともに、パンデミックの起源を厳密に調査するよう求めた。「実験室からの事故漏洩説と自然流出説はどちらもありうる」と (1072)。

(1066)

https://www.washingtonpost.com/nation/interactive/2021/a-science-in-the-shadows/?itid=lk_inline_manual_16&itid=lk_inline_manual_2

(1067)

(1068)

(1069)

(1070)

(1071)

(1072)

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abj0016


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