Cage. #3【特命】

万歳橋警察署署長室。
窓の外は激しい雨が降り続いている。
硬めのソファに座り、携帯で通話をしている上山警部補。
向いに座りテレビを眺めている署長の「矢為田 美妃(やいだ みき)」。
リモコンでテレビを消し、ティーカップとソーサーを持って立ち上がる。
アンニュイな表情で目を細め、遠くを見つめながら紅茶を啜る。

上山「…そうか分かった。署長に伝えておく、今日はそのまま上がれ。…いやそっちは目撃者も情報もない。…ああ、それじゃ」

電話を切る上山。

上山「 相澤、遺体の確認が終わったそうです」

矢為田「ん」

上山「父親に間違いないと」

矢為田「そうか…」

上山「知りませんでしたよ。相澤の親父がプロの将棋指しだったとは」

矢為田「…しかし、よく降るな」

上山「署長…窓は後ろです」

矢為田、上山を振り返りうなづく。

上山「署長はご存知だったんですか?」

矢為田「ああ、もちろん知っていたさ。窓が後ろにあることくらい」

上山「相澤の父親の件です!」

矢為田「ああ、もちろん知っていたさ。お前が私を愛していることくらい」

上山「署長―――――!」

思わず立ち上がる上山。

矢為田「はっはっは! 照れるところが可愛いな上山」

ソファに座る矢為田。上山も腰をおろす。

上山「ふざけるのはやめて下さい」

紅茶をテーブルに置き、話し始める矢為田。

矢為田「小堺から聞いていた。相澤はあいつの推薦だったからな」

上山「そうですか」

矢為田「母親を早くに亡くし、ずっと父親と二人で暮らしていたそうだ。しかし高校卒業と同時に家を出て、それ以来父親とはほとんど会ってないらしい」

上山「なるほど、キャリア試験で落とされるわけだ・・・あれから本社はなんか言ってきましたか?」

矢為田「いや何も。被疑者さえ手に入ればこちらに用はないらしい。後始末は好きにしろって事なのか?」

上山「署長と関わりたくないだけだと思いますよ」

矢為田「つれない連中だ」

上山「で、どうします?」

矢為田「引きずり出せ」

上山「は?!」

矢為田「この私を袖にするなど許されると思うか? マヌケな通り魔などより遥かに重罪だ!」

上山「始まった…」

矢為田「相澤の父親と被疑者の関係を洗え。些細なことでも構わん。ブチ上げて捜査本部を立てさせる!」

上山「しかしそうなるとウチじゃなくてガイシャが出た原宿署の方に」

矢為田「向こうには話を通しておく。署長の杉村は面倒を嫌うタイプだ。こっちで引き取れば逆に感謝されるさ」

上山「本当ですか~?」

矢為田「とりあえず上山、お前ともう一人…ホラ今日たまたま居合わせた」

扉をノックする音。

矢為田「誰だ?」

岡嶋「刑事課の岡嶋です」

矢為田 「入れ」

岡嶋「失礼します」

上山「なんてタイミングだよ…」

呆れる上山。ドアを開けて部屋に入ってくる岡嶋。

岡嶋「あ、いた。上山さん、本庁の事情聴取やっと終わりました」

矢為田「上山、しばらくそいつと二人で動け」

上山「一人の方がマシですって!」

矢為田「つべこべ言うな。昼間の事件といい今といい、こういうのは才能だ。役に立つ時が来る」

上山「勘弁してくださいよ…」

岡嶋「何の話ですか?」

矢為田「いいか! 今からお前たちを特命捜査官に任命する!」

岡嶋「ええ?!」

矢為田「コードネームはロデム兄弟だ。お前は1号、あいつが2号」

上山「ちょっと署長、悪ノリはやめて下さい」

矢為田「さあ行け公僕! 法の犬! 死して屍拾う者無し! ハァッ!」

馬を駆るような動きで暴れん坊将軍のテーマをハミングしながら去る矢為田。ドアが閉まる音とともに暗転。

岡嶋「え? このシーン終わり?」

上山「ちょ、署長! どうしてくれるんですかこの空気!署長―――!」

強くなる雨音にかき消されていく上山の叫び。

雨音カットアウトと同時に明転。
矢為田、戻ってきて入口付近に立っている。
ハケようとしていた二人驚く。

岡嶋「うわ!」

矢為田「何だお前たちその変な動きは?」

上山「もうなんなんだよ!」

矢為田「言い忘れた事があってな。相澤が言っていた怪しい二人組」

上山「黒スーツ黒サングラスの?」

矢為田「ああ、相澤は被疑者の仲間かもしれないと思ったようだが、あの様子では訊き出すのは無理だろう」

上山「でしょうね。ほとんど壊れてる状態だった」

矢為田「お前たち、ひと通り情報を集めたら相澤の家に行ってくれ。少ないが親戚もいるようだし、葬儀が終わるまでは大丈夫だと思うが、もし相澤の勘が正しければ狙われているのはアイツ自身だ」

上山「…了解しました。大輔、行くぞ」

岡嶋「は、はい」

矢為田「頼んだ」

上山「署長…相澤の勘は外れたことないんですよ」

部屋を出る二人。

矢為田、ティーカップとソーサーを持って窓際へ寄り、目を細め遠くを見つめる。

矢為田「…もちろん、知っていたさ」

矢為田、紅茶を飲み干す。

矢為田「しかし、よく降る…」

雨音が激しくなり暗転。

§

Cage. #4 【帰宅】へ続く

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