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地域経済を支える地域信用組合、その変革が経済循環を促進する

地域金融機関のなかでも、信用金庫や地域信用組合は地域と共存共栄が宿命づけられている組織です。

信用金庫も信用組合もある種の協同組合組織で、職域や地域など、特定のコミュニティの人たちによる相互扶助を目的にした組織で、個人や住民、事業者が会員や組合員となって会員の発展を支える非営利組織としての金融機関です。つまり、会員同士の生活の質や地域経済を活性化するためにいかに寄与していくかを考える必要がある組織といえます。

特に、信用組合は、地域だけでなく業域や職域などの信用組合もあります。『実践から学ぶ地方創生と地域金融』では、地域信用組合という地域コミュニティを主体とした信用組合のことを指しています。

協同組合としては「生活協同組合」(生協)や「農業協同組合」(農協、農業協同組合の前身は、明治時代に作られた産業組合や帝国農会にさかのぼる)、「全国労働者共済生活協同組合連合会」(全労済)など様々なものがあります。

協同組合の歴史を少し紐解くと、日本の協同組合運動の功労者であり「JA共済の父」「生協の父」と呼ばれている賀川豊彦は、戦前・戦中・戦後に活躍した宗教家であり活動家として知られています。

賀川は、神戸市内のスラム街での経験から貧民救済活動に献身し、その後、労働組合運動、農民組合運動、協同組合運動などを推進した人物です。賀川による活動が、現在の様々な協同組合の礎となっています。

そんな賀川は、各種協同組合を生産組合、消費組合、信用組合、販売組合、共済組合、保険組合、利用組合の七種組合に分け、それぞれの機能と役割を人体にたとえ、「筋肉は生産組合、消化器は消費組合、血行は信用組合、呼吸は販売組合、泌尿器は共済組合、骨格は保険組合、神経は利用組合にあたり、人体の機能の一つを欠いてもならぬように、この七種組合が身体のようによく結合統治されていることこそ、健正な活動が生まれる」と各種協同組合が連携し統合事業を行うことの重要性について説いています。

賀川の言説を借りれば、信用組合とは人体における血液であり、それは地域における血液です。地域の循環を滞りなくするための役割によって、地域の持続性を高める存在として地域金融機関は存在しているといえます。地域コミュニティと二人三脚の地域信用組合は、地域コミュニティや地元の中小企業や地域固有の業種や職業を支えていくための存在といえます。

地域経済を支える役割の信用組合として、今後どのような存在となるべきか。そのなかでも、域内循環を支える基盤としての地域金融のありようについて、『実践から学ぶ地方創生と地域金融』では、二つの信用組合の事例を中心にまとめています。

地域全体を育て、丁寧に向き合うなかから生まれた「育てる金融」構想と電子地域通貨

岐阜県にある飛騨高山。白川郷など観光地としても知られているこの地域は、観光に頼るだけでなく、地域内経済をいかに循環させるかという課題に対して、近年、飛騨信用組合が率先して様々な活動に取り組んできています。

多くの人は、「さるぼぼコイン」という地域通貨として知ってる人もいるかもしれません。地域通貨とは、特定の地域やある目的を持って集まったコミュニティ内で流通する通貨で、円やドルといった法定通貨と同等、あるいは異なる価値を持って発行され、地域・コミュニティ内でサービスや商品の対価として使用することができます。

地域通貨という概念そのものは以前からあり、その形態や運用方法なども様々あります。もちろん、その中には、生まれては消えていったものも数多く存在します。『実践から学ぶ地方創生と地域金融』でもコラムにて地域通貨の是非について言及したページをいれています。

鍵となるのは運用体制継続性、さらに利用者を広げる仕掛けや利用を促進する(使う側、サービスなどを提供する側)インセンティブです。多くの地域通貨は、地域通貨という考え方だけをインストールしただけにすぎず、運用も国や自治体の補助金を基盤として運用していったため、補助金がなくなれば自然と終息してしまうケースも後を絶ちません。

本書では、そんな地域通貨を、しかも電子地域通貨で導入し、利用を促進させている飛騨信用組合の事例が中心となっています。しかし、たださるぼぼコインを取り上げたわけではなく、そこに至るまでの飛騨信用組合の試行錯誤の連続のなかから着想されたものだということが理解できる内容となっています。

観光地として知られる飛騨地域ですが、やはり高齢化や地域の地場産業の衰退は大きな課題となっていました。同時に、飛騨信用組合としての財政再建というもう一つの課題が浮き彫りとなっていたのです。地域信用組合であるにもかかわらず、融資体制が脆弱で、預貸率の低下を招いていたのです。

本来の意味で、地域信用組合としてのあるべき姿をつくりあげるため、「CSV経営」を柱に積極的な改革に乗り出しました。足下である融資体制を確立しながら、そこを基盤として、積極的な地域への価値創造のためのプロジェクトを次々と立ち上げていったのです。

キーワードは「育てる金融」構想。すでに動いてる企業だけでなく、地元で立ち上がる新たな事業や事業の種になりそうなものから丁寧にフォローしていきながら、まさに育むための環境を整えてきました。いつでも気軽に相談できるビジネスコンシェルジュヒダのオープンや、地域金融機関が主体として運営する地域クラウドファンディングをいち早く開設する動きとなりました。

さらに、地元企業を資金面からバックアップするための地域活性化ファンドも設立。ファンドの管理運営として投資会社を創設し、ファンドの運用をもとに地元企業の活動を積極的に後押しをしています。出資先として、まちなかの遊休地を活用した屋台村「でこなる横丁」には、数多くの事業者が軒を連ね、飛騨地域の観光名所の一つとしてにぎわいを生み出しています。

こうした地域経済基盤を作るなかなら、地域の飲食店などへの誘客の仕組みとして、さるぼぼコインの前身である「さるぼぼ倶楽部」が誕生しました。飛騨信用組合に預金をすると、預金額に応じて割引券が市民に贈られ、さるぼぼ倶楽部に加盟している飲食店などで割引やサービスなどが受けられる仕組みになっています。

こうした仕組みを作る背景には、域内経済をいかに循環するかということが課題でした。この域内経済に関しては、以前、「漏れバケツ理論」として紹介もしました。同時に、漏れバケツ理論とあわせて、域内乗数効果について触れておくと理解しやすいです。

地域内の経済循環を高めるには、入るお金である収入を増やすか、出て行くお金を減らすかのどちらかです。そのなかでも、域外から物やサービスを購入することは、域外にお金が流出すること(地域から出ていくお金)につながります。いわば、地産地消や地域内の事業者やお店でいかに売買するかが重要になってきます。

さらに、それらを積み重ね、地域内で使われるお金の率を高め続けることによって、地域内の投資効果が乗数的に飛躍していきます。例えば、同じ1万円でも、地域内循環率が80%(A)と20%(B)では、3巡したら、Aでは24,400円になりますが、Bは12,400円になり、最初の1万円による経済効果に大きな差が開くことがわかります。こうして、域内で多くの資金が循環することによって、地域経済の活性化が期待できるのです。

飛騨信用組合は、このさるぼぼ倶楽部の基盤をもとに、2017年12月に電子地域通貨の運用が始まったのです。口座からアプリ内でコインに交換し、コインで商店街のお買い物ができ、さらに、ユーザー同士での送金も用意です。加盟店同士の商品の仕入れなどBtoBにも利用されるまでになりました。これらの流通データを飛騨信用組合が持つことで、マーケティングに関するより緻密なデータを提供することも可能になります。コインが使える場所そのものが飛騨信用組合の営業エリア内であることから、コインを使うというインセンティブが域内経済の循環率を高める仕掛けにもなっています。

また、さるぼぼコインは商品の購入だけでなく、市税など公共料金の支払いも出来るようになり、さらに、地域特性として防災無線の通知も行うなど、市民生活に無くてはならないものにまで浸透してきました。

まさに、地域基盤をつくると同時に、地域信用組合がどのように地域と二人三脚で歩んでいくか、その有り様を一歩ずつ形にしている事例と言えるでしょう。

地域と向き合う信用組合、そして「リレーションシップキャピタル」という考え方

「地域」というと、最初に想起されるのは、地方都市や山間部などの場所が多いかもしれません。しかし、都心部であっても、そこには商店街が軒を連ね、マンションや団地などの一定規模の世帯が生活し、その周辺には保育園や介護施設が密接したエリアが存在します。

とはいえ、都心部における地域コミュニティの希薄化については枚挙に暇がないくらいに指摘されています。そして、人が集まるところにはあらゆる経済圏があり、信用金庫や信用組合も同様で、都市部も多くの地域金融機関が存在します。以前、朝日信用金庫の事例を取り上げましたが、朝日信用金庫と同様に、東京の都心部を拠点に活動しているのが第一勧業信用組合です。

第一勧業信用組合は、もともとは、日本勧業銀行(現在のみずほ銀行)の職域信用組合でした。その後、1965年に東京都を基盤する地域信用組合となった地域金融機関です。先に触れた朝日信用金庫とは違い、地域信用組合としての歴史は浅く、預金量も東京を基盤とする金融機関としては比較的小規模といえます。

そんな第一勧業信用組合も含めた信金・信組の協同組合金融機関は、以前は、協同組合の理念である相互扶助の精神に則り、地域のコミュニティ情報を活用して中小企業の資金繰り支援をしてきました。現在にようにインターネットやウェブサイトによる情報などが発信されていない時代ですので、なおのこと、こうした口コミやコミュニティによるまなざしが貴重な企業評価の情報源となっていました。

しかし、1999年の金融検査マニュアルが、金融機関の業務を大きく変えることとなりました。つまり、日本の金融機関のすべてが財務状況を活用した企業格付けとそれに基づく審査の仕組みを導入したことです。これにより、日々の業務内容を一律化したことで評価の品質が保たれるようになった一方、企業評価が低い、もしくは創業したてなど評価がしずらい企業への融資が難しくなっていきます。

また、金融機関としては貸出増強のためのノルマが営業に課せられ、本来であれば、企業の未来への査定や技術に対する成長性などを見極めるのが金融機関の仕事であるにもかかわらず、優良企業に「お金を借りてください」というお願い営業をしにいくようなスタンスになっていったのです。

こうした検査マニュアルも、上場企業など大手企業であればいざしらず、信用組合の取引先の多くである中小企業にとっては、あまり意味がなしません。財務状況と経営の実態が大きくずれていることは往々にして多いことが実態です。貸借対照表に現れないその会社の社長さんの人間性や強み、技術やノウハウ、ネットワークなど、「知的資産」という考え方は目には見えない資産としてその会社に積み上げられています。そうした目に見えない価値と向き合うことなく、定量重視での審査や判断によって数字ばかりを追いかけ、結果として、目の前で行われている物事を曇らせしまうのです。

そうした状況を改善し、本来の地域コミュニティとの共存共栄や地域密着を活動の精神とする地域金融機関である信用組合として、第一勧業信用組合の抜本的な改革が始まりました。まずは、先に挙げたお願い営業を止め、地域のお祭りに職員が積極的に参加(お祭りに参加するのを仕事とした)し、薄くなっていた地域コミュニティや地域の商店らとの紐帯をつなぎ直す作業を図っていきました。

また、定量ではなく定性情報をもとにしたコミュニティローンを積極的に開発していきます。一般的なローン商品、代表的な住宅ローンは年収や家族構成、勤続年数、自己資金額などを入力すると借り入れ可能な金額が自動で算出されます。まさに定量情報をもとにした審査の仕組みです。

それとは違い、第一勧業信用組合は「東十条商店街ローン」や「台東区の皮革事業者向けローン」など、狭いコミュニティ単位ごとに専用のローンをつくっています。しかも、無担保・無保証ローンです。そのかわり、条件としてローン実行の際に商店街ローンであれば商店街の組合長の推薦を必須としているところです。これは、従来の連帯保証人ではなく、あくまで推薦保証であるという点です。つまり、コミュニティからの推薦による定性情報を組み込んだローンなのです。だからこそ、ローンの対象範囲をできるだけ狭くすることに意味があるのです。そのため、第一勧業信用組合のコミュニティローンは、これまでに400を超えるローンが開発されています。

コミュニティローンの原点は2016年に誕生した「向島芸妓ローン」でした。一般的に芸者さんが独立し、お店を開業しようとしても、通常の金融機関ではなかなか融資をさせてくれません。そうした問題が発端となり、芸者向けの融資商品が作れないかということが始まりました。

一般的には、連帯保証人になることで仮に借主に返済能力が無くなった際には借金を肩代わりする必要がありますが、このコミュニティローンは推薦だけで担保や保証を請け負う必要もありません。あくまで第一勧業信用組合単独によるものですが、定性情報を重視しながら使いやすい設計にしているところがポイントなのです。先にあげた、まさに人間性や個々人が持つ魅力や価値を評価することを重要視しているといえます。

こうした、顧客とのコミュニケーションや顧客との関係性を重視するかという考え方を基盤に、新田理事長(当時)は、地域金融機関における新たな戦略を打ち出しました。それは「リレーションキャピタル」というものです。

リレーションキャピタルとは=(職員+組合員+コミュニティ)×(信用組合との関係性)という図式で新田理事長は表現しているもので、職員や組合員、地域コミュニティにおける信用組合との関係性が相乗効果として効果を発揮し、そこに寄り添いながら地域と二人三脚で歩むことであり、地域信用組合は収益をあげることよりも、このリレーションキャピタルを高めることが大きな目標であると設定したのです。

この考え方を通底されながら、東京という街におけるコミュニティのつながりや下町で展開される商店や土着的な活動に率先して関わっていくことにより、従来イメージされてきたような金融機関を払拭し、金融という立場だからこそできる支援のあり方を模索しているのです。

先にも挙げたように、信用組合は株式会社銀行とは違い、非営利組織かつ協同組合組織です。だからこそ、コミュニティの再生、活性化を重視するだけでなく、信用組合で働く職員も一人の人間であり、顧客である中小企業や地元商店の方々も一人の人間であることにきちんと向き合うことにより、その個人間の関係構築を丁寧に積み上げること、その集合体こそがコミュニティであるという考えをリレーションキャピタルは教えてくれます。

地域経済を支える役目の再構築

飛騨信用組合も第一勧業信用組合も、掲げる柱やアプローチは違えども、ともに、地域と向き合い、地域のなかにおいて信用組合が果たすべき役割とは何かを向き合うなかから生まれている取り組みといえます。

そして、地域経済において、そこに住まい、働く人個々人といかに向き合いながら、日々接していくかが、信用組合としてのあり方の大きな柱になっていることが見えてきます。前回の記事では、教育という視点から人材育成という目に見えないものに投資をしていくことに触れましたが、地域経済全般で見た時には、地域金融機関としての振る舞い方そのものが大きくシフトし、まさに地域経済の一つの基盤という役割に移行しつつあるように思えます。

同時に、こうした協同組合組織というあり方は、これまでの資本主義的なありようとは違った形でエコシステムが構築されつつあるように感じます。

近年、様々なところで協同組合組織についての見直しが起き始めているなか、信用組合という地域における血液となる立場が、一つ、大きなシフトをしていることを知ること、そして、地域経済の相談役となっていけるようになっていくことが、これからの地域においても大きな意味を持ってくることでしょう。

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各事例の詳細や地方創生と地域金融のこれからの関係について知りたい方は、ぜひお読みください。







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