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教育支援や生活インフラ環境整備による「次世代投資」という考え方

すべての地域に共通するものとして、地域をもり立てる要素に欠かせないのが「人」です。

コミュニティを支えるお祭りなどの地域の行事も、人がいなくては成りたちません。また、自治体の税収面においても、法人税や住民税などが人口減少によって目減りしていき、結果として、行政サービスの低下にもつながります。高齢化とともに地域に若い世代が減少していけば、地域そのものが地盤沈下してしまいかねません。

こうした危機感のもと、昨今の地方創生の流れにおいて移住や定住に向けた取り組みを各自治体でも積極的に行うようになりました。

しかし、社会全体でみたときには人口減少を抑える目処はたっていません。人口減少を抑えるためには、政府による子育て支援策などの充実がカギとなっており、また施策の展開から効果が見えるのにも一定程度の時間を要します。目下の社会において、人口減少が進むなかにおいては、移住や定住促進は各自治体同士が人口を取り合う競争状態になってしまいます。

昨今では「関係人口」というキーワードをもとに、地域に関わる多様な人を増やすための取り組みも増えてきました。移住や定住だけでなく、地域への関係構築をもとに地域への愛着や当事者性を持った人を増やすというものです。

人によってはその地域に移り住むこともあるし、住んではいないけど定期的に足を運んだり、ふるさと納税やクラウドファンディングなどで地域の様々なプロジェクトを応援したりという方法もあります。最近では、二拠点居住などをする人もいるかもしれません。

こうした地域における人的なネットワークづくりについては、 以前、学会での基調講演や『孤立する都市、つながる街』の私の担当章で具体的に書いていますので、ぜひそちらをご覧ください。

地域における重要な「人」にフォーカスするなか、『実践から学ぶ地方創生と地域金融』Scene3では、人を育て地域をもり立てる教育や地域ブランドに取り組む鹿児島・長島町と、人が生活する上で重要なインフラである家や仕事環境を支える新潟・魚沼の取り組みについてまとめています。

多様な人材還流を作りだす「ぶり奨学プログラム」の狙い

鹿児島県にある長島町は、かつては人口2万人ほどいましたが、いまでは人口1万人程度に減少しています。人口減少とともに2007年に島唯一の高校が閉校してしまいました。高校が閉校すると、中学を卒業した子は島外に転出してしまいます。同時に、保護者も一緒に島外に移り住んでしまい、働く担い手としての保護者世代が不在してしまう現象が起きてしまいます。教育施設がその地域からなくなるということは、若者不在だけでなく親不在という二重三重で人口減少に拍車をかけてしまう構造になっているのです。

しかし、食糧自給率の高さや出産率が全国平均よりも高く、ぶりの産地や豊富な自然資源がある住みやすい町という地域資源があり、こうした地域の魅力やブランド力を高めながらも、若い人たちがいかに働ける環境をつくるかが鍵だと、地域は考えるようになりました。とはいえ、いきなり外の人が長島町にやってくるのはとても難しい。であれば、一度、島外に出た人も地元に戻ってきやすいスキームを作ることが必要だ考え、そこで生まれた取り組みの一つが「ぶり奨学プログラム」です。

ぶり奨学プログラムは、若者の地域回帰促進のためのプログラム全体のことを指し、そのなかでもよく知られているのがぶり奨学ローン制度です。ぶり奨学ローン制度は、町提案のもと、地元の鹿児島相互信用金庫が開発し、高校生や大学生の教育資金として提供する教育ローンを活用しています。

ぶり奨学ローン制度では、卒業後10年以内に地元に戻れば、教育ローン分の資金を町が負担してくれるというもの。また、地元に帰ってこなくても、利息分は町が負担してくれます。スキーム上は、いったん学生や保護者がローンを返済するも、支払った分が毎年還付金として町から学生や保護者に支払われる仕組みです。

これらの還付金や利息の財源は、町が創設した基金をもとに運営しています。町からの予算だけでなく、ふるさと納税や町内の漁協からの寄付、民間企業らからの寄付付き商品の寄付先となっています。寄付先商品の開発は、鹿児島相互信用金庫の取引先が一役買っており、町の様々な人たちが関わる仕組みになっているのです。

現在、多くの若い世代は高校、そして大学進学が一般的となっています。一方で、家庭の事情などにより金銭的な問題から進学が厳しい状況に陥っている若者もいます。教育格差は、将来的な経済格差にもつながることが統計的にも算出されているなか、世界的にも教育環境の充実に取り組んでいます。また、ぶり奨学プログラムは長島町だけでなく取り組みに賛同した自治体や地域金融機関が連携して取り組んでおり、全国的な広がりを見せています。

子育て環境や教育環境を整えることは、未来に対する投資であり、少しでも多くの若い世代が学び、経験し、それらを地域や社会に活かしていく環境整備を整えることが大人の世代がすべきことではないでしょうか。

とはいえ、若者が地域で働きたい、一度外に出たけど、いつからは地元で起業したい、就職したい、と思われるような状況になっていなければ誰も戻ってはきません。そこで、鹿児島相互信用金庫と連携しながら、地元企業の経営サポートをしながら大手求人サイトなどと連携して求人募集を図ったり、地域ブランドを高め地域のファンを増やしながら、地元を盛り上げたいと思う人たちとのコミュニケーションを図ったり、不動産会社と連携しながら空き家情報を収集し、空き家改修に対して町が補助金をつけたりと、地域の環境整備のための予算活用をしています。

地域ブランド向上のために矢継ぎ早に手を打ち、民間企業とも連携を図りながら新たな展開を模索する。その推進役として副町長(当時)の存在が大きく光ります。そして、行政の動きと呼応して地元の信用金庫が地元企業のネットワークや商品開発力を活かした取り組みを迅速に対応していく。

そして、その根底には、教育投資を軸としながら、若い人たちが帰ってきやすい環境を作り上げようという中長期的な視点で動いていることではないでしょうか。

ハコ物ではなく「人」に投資し、人が住みやすく動きやすい環境を構築する。まさに、行政、金融、企業が連携しながら地域に必要な人材投資を行っている事例です。

「家庭円満51」にみる生活インフラ整備を通じた地域投資という考え方

人が生活を営むのに欠かせないものに「衣食住」があります。安心して生活できるためのこうしたインフラや、安定した雇用があることによって人は安心して生活をすることができます。いわば、健康的な生活を過ごすことが、人にとって何よりも大事なこととです。

1947年に採択されたWHO憲章では、「健康」を次のように定義しています。

"Health is a state of complete physical, mental and social well - being and not merely the absence of disease or infirmity."
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

健康状態の差は、ライフスタイルや環境、保険医療の違いによって起こりますが、それらを決定している要因は政治的、社会的、経済的要因に寄与しています。本人の責任ではなく、社会が引き起こしている要因が、ある種の健康における不公平を生み出しており、こうした健康格差を生み出す要因を「健康の社会的決定要因」と呼ばれています。

WHOは「健康の社会的決定要因」として10の要因を挙げています。①社会格差②ストレス③幼少期④社会的排除⑤労働⑥失業⑦ソーシャルサポート⑧薬物依存⑨食品⑩交通、です。これらの要因が複雑にからみながらその人が健康でいられるかどうかが決まります。つまり、健康の健全さは人の生活の安定性としての衣食住や雇用の安定性、社会的なつながりといったものが重要なのです。

そのなか、地域においては「家」は大きな要素になってきます。生活のセーフティーネットとしての機能もそうですが、特に地方においては賃貸ではなく持ち家文化もいまだ多くありますし、家を買い、しっかりその地域に根付いて生活をしたいと思う人たちも数多くいます。持ち家という資産を形成しながら、月々の生活や将来に向けたファイナンスプランを立て、子育てや老後をじっくり見据えていく。

一方、持ち家を買うには金銭的な問題が大きくぶつかります。特に、若い世代は資産もまだ十分に持ち合わせていませんし、昨今の雇用状況をみるに、安定した賃金や月収を確保するのも難しい状況は続いています。

また、地方においては、全国的に人口減少とともに定住者をいかに確保するかが大きな課題となっています。昨今において、移住定住の促進施策は様々にやられていますが、その受け皿となる住居環境への施策も最近増えてきました。多いのが家の改修予算の補助や、移住に係る費用などです。しかし、金融機関としてこれまでと違ったアプローチをしているのが、塩沢信用組合の「家庭円満51」です。

家庭円満51は、若年層支援の一環とした生まれた住宅ローンの一つです。住宅ローンは35年が一般的でしたが、この家庭円満51は51年という期間のローンで、しかも、20代限定の住宅ローンです。

従来、多くの金融機関は勤続年数の短さや資産の蓄積の少なさを背景に若年層への融資を厳しくしていました。そのため、20代で住宅ローンを借りる人はなかなか少ないのが現実でした。しかし、塩沢信用組合はそれを逆手にし、若年層に大きく舵を切りました。

また、地元工務店50社と連携することで、地元工務店への発注も確保できる仕組みで、地元経済への経済循環をつくり出すことも目的としています。

もちろん、ただ期間を51年ローンにしただけではなく、請け負った工務店と信組職員は、毎年自宅に訪問し、家の不具合を聞き取ることで早期の対応や将来の修繕の予見ができます。また、金融機関側は、ローン期間中、最大50回の条件変更を行えるのがこの住宅ローンのポイントです。

条件変更をするということは、一般的に返済になにがしか問題が生じたことが多く、そうした状況となると、金融機関的にはいわゆる「不良債権」の対象として見なされてしまいます。しかし、そうした条件変更にも柔軟に対応するという、金融商品からしたらいままでにない仕組みを入れています。

塩沢信用組合にとっては、こうした条件変更も含めてしっかりとケアをすることで、建てた家や将来の家計に不安を残さずに、安心して生活して欲しいという考えが込められています。

実際、今回の新型コロナウイルスの影響により失業や賃金が下げられるなど、家計に大きな影響を与えたところも少なくありません。不良債権化した状態をそのまま見過ごしてしまえば、一家が路頭に迷うだけでなく、その家計に金融商品を提供した金融機関も経営が危うくなります。だからこそ、金融機関は、家計の不安を取り除くために最大限努力をし、日々のコミュニケーションやケアをしていくための対話が求められるのです。そうした考えのもとで設計された家庭円満51は、まさに「家庭円満」を生み出すものといえます。

また、塩沢信用組合は、若年層に向けた就職支援の取り組みや寄付を中心とした給付型の奨学基金を設立するなど、徹底した若年層に向けたアプローチを強化しています。

安定した生活を営む人が増え、仕事をばりばりし、安心して子育てをし、次の世代を育成する。そのための家庭における仕事や家や資産の不安を支えるという行為こそ、金融機関におけるある種の投資的な行為かもしれません。

こうした施策を通じて、結果として定住者の定着や定住者の促進、地域経済の活性化にも間接的につながっているのです。

中長期的な視座で次世代投資と向き合う

人材への投資としての教育環境の充実については、事例だけでなく本書内のコラムにおいて教育関連の項目を書いています。前回紹介した豊岡において、文化芸術的なアプローチで子供たちに出前授業で演劇授業を行っている平田オリザさんも、教育的なアプローチに強い関心を向けています。本書の事例における奨学ローンや住宅支援以外にも、、各地で人材投資や教育的なアプローチを取り組んでいる事例は様々あります。

地域において重要な人の育成や人への投資、目に見えないもの、かつ、すぐに結果が出ないものかもしれませんが、長い目で見たときにじわじわと効いてきます。そして、地域で育った若い世代が大人になったとき、また地元に帰ってきたい、子育てするなら地元で、と思うようになります。

移住定住の促進においても、重要なのは出身者やかつて住んでいた人が鍵です。関わりのある人が戻ってきやすい環境を作ることこそ、地域において考えるべきものアプローチなのです。

行政においては、ついつい即時的な効果をもとめがちな施策に予算が配分されがちですが、中長期的な視点に立ち、社会的なセーフティーネットであると同時に、教育格差や健康格差を是正することが、結果として医療費の削減や将来的な地域の税収に大きな影響を及ぼします。直接的な予算のばらまきではなく、こうしたシステム思考的アプローチをもとに地域課題に対して予算を割いていくべきです。

国が投資すべき先、そして自治体が真に投資すべき先こそ、こうした次世代や若年層が安心して暮らし、働けるためのインフラや環境整備だということを改めて感じさせられます。

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各事例の詳細は、ぜひ本書をご覧くださいませ。


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江口晋太朗 | SHINTARO Eguchi

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編集者、ジャーナリスト、プロデューサー。編集デザインファームTOKYObeta代表。著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』 『孤立する都市、つながる街』『日本のシビックエコノミー』等。 https://eguchishintaro.jp