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五つの願い

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スーパーは、節分の波に揉まれて人でごった返していた。叩き売りされる大量の恵方巻き。この日のためだけにこれだけ作られたのだろうか。

生憎僕らには金がない。しがない、大学院生。

半額の刺身と、チーズスティックパン、そして僕はレモン酎ハイを買った。それから、いつもの公園へ。

冬は公園に来れないだろうなと夏に笑っていた僕らは、結局冬になってもここに来る。ここが僕らの居場所であるから。

半額の太巻きを買う金すら惜しんだ。せめてもの楽しみとして、チーズスティックパンを恵方巻きに見立てて、北北西を向いた。

食べ終わるまでは、沈黙を守らねばならない。公園が静寂に包まれる。真の友人とは、沈黙をも共有すべきだ。

日頃あれだけ多くの欲を抱えながら、いざこういう時になると何も出てこない。とりあえず一本目は、健康を願った。神社と同じだ。

「初手よな笑」

彼も同じ願いだったようだ。

二本目。

スコットランドに、彼と、友人と、ウイスキー仲間と、行きたい。

これは願いというよりは、宣言かもしれない。

スコットランドで蒸留所をめぐり、ピートを掘る、、とめどない幸せな妄想に、僕は力強く頷き、チーズスティックを噛み砕き、飲み込んだ。

三本目。今のラボについて。

なかなか過酷なラボだ。恵まれている点も数多いが、学生が悉く心を蝕まれている。

少しでも楽になれるよう、楽しく研究できるよう、そう願った。

四本目。僕の将来について。修士後の将来について、普通と違う道を選んだ僕は、やはり不安もある。期待と不安というやつだ。

情けないことに、僕は心が弱い。酔うためにウイスキーやビールを使うのは絶対に嫌だから(愛好家として)、スト缶やチューハイに手を出し始めた。最近は漠然と生きるのが辛い。そんな僕が、レールを少しだけ外れる時が直に来る。心が折れぬように、そう願った。

五本目。最後の一本。

この時、僕らは四本目の願いについて話していた。

アカデミアを去る僕とは違い、博士まで進むという彼。進路の迷いや生活について、ぼんやりと話した。

レモン酎ハイにほんの少し酔いながら、彼には幸せになってほしいと思った。綺麗事ではなく、ふと思った。

そしてそれが五本目の願いだなと感じた。彼が、そして、僕の友人全てが、幸せになれますように。本当に叶ってほしい。


願い事なんて普段かしこまって考えない。いざ考えると悩むくらいには恵まれている。それでも生きることに過敏で、生きづらい。

チーズスティックパンを恵方巻き代わりにするなんて、阿呆らしい、馬鹿にしていると思う人もいるかもしれないし、僕も最初はふざけ半分だった。

しかし、いつもの公園での沈黙、笑い声、そして五つの願い…

こんな節分は今までになかった。願いが一つなら、健康、の初手で終わってしまう。

五つの願いを考える中で、自分がいかに恵まれているか、友人に恵まれているか、噛み締めることとなった。願いと感謝は、かなり近いところにあるのかもしれない。

僕らの節分は、これで良かったのだ。

そう思いながら、帰路自転車を飛ばした。

幸せは、僕らの内にある。




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