1月歌舞伎

壽 初春大歌舞伎のうち鰯賣恋曳網

海老名なあみだぶつ(以下 なあみだぶつ)は鰯売りを引退して、息子の猿源氏に仕事を任せている。

久しぶりに 猿源氏(さるげんじ)の仕事ぶりを見ようと、街中へ繰り出したのだが。。。

向こうから聞こえてきたのは、今にも死にそうなほどの弱々しい声で「鰯買え〜〜」(いわし こえ〜)と鰯を売り歩いている猿源氏。

なあみだぶつが問いただすと、五条の橋で見かけた「傾城」に一目惚れして、仕事に身が入らないと猿源氏が訴える。

話の分かるお父さん「なあみだぶつ」は息子 猿源氏の恋の為に、一肌脱ぐことにする。
「猿源氏」が恋をした相手は、大名高家しか相手にしない 傾城の蛍火なので、「なあみだぶつ」は一計を案じる。

猿源氏を大名に化けさせ、大名行列を仕立てて、自らは手引きとして遊郭に向かうのだが・・

脚本

昭和の文豪「三島由紀夫」の作です。話としては、三つの御伽草子を底本に話が作られています。話の骨となるのが「猿源氏草子」、エピソードとして「魚鳥平家」(大名に化けた猿源氏が語る軍物語)、「小夜姫の草子」(傾城蛍火の身の上)で構成されています。

え、鰯売りじゃないの

色々あって(魚で語る 軍物語は白眉ですが)、「蛍火」の膝枕で、寝入ってしまいます。

猿源氏は、寝言を呟きます。

 「伊勢国に阿漕ヶ浦の猿源氏が、鰯こえ〜」

何やら驚いた様子の「蛍火」

「なにやら鰯くさくなってきたような・・・」

と猿源氏を起こし、殿様かどうかを試す為に質問をします。

必死に、元武士だった親父「なあみだぶつ」 から教え込まれた和歌の知識を駆使し、必死に 取り繕う猿源氏。

何とか殿様と信じさせることが出来ました。

ほっとしたのも束の間・・何故か「蛍火」が泣きはじめます。

「本物の鰯売りと思ったのに、殿様だったとは泣くしかない」

話が呑み込めなくて、戸惑う「猿源氏」に「蛍火」が自分の身の上を語り出します。

元々は 丹鶴城の姫で、ある日城の外から、「いわしこえ〜、いわしこえ〜」という声が聞こえてきて、その声に聞き惚れて城の外を出てしまいます。

その声を追いかけているうちにすっかり夜になってしまい、道に迷ってしまいます。

親切そうに声をかけてきた男に付いていったら、曲輪に売り飛ばされてしまった。

それから、もう何年も経ってしまった。。

と、身の上を語り終えた「蛍火」が やおら刀を取り出して、死のうとします。

猿源氏が 今度は必死に「自分は鰯売りだ」と説明して、止めます。
当たり前ですが信じてくれません。

慌てて「なあみだぶつ」が 止めに入ります 。

事の顛末を、「なあみだぶつ」が説明し、「蛍火」は納得します。
二人はめでたく両思いになり、恋が成就します。

と、そこへ・・

まじか

以前から姫を探していた「藪熊次郎太」が「姫様 怪しい奴ら捕まえました!」と、意気揚々と大名行列に扮した人々(猿源氏の仲間)を「蛍火」の前に連れ出します。

「姫様ずっと探しておりました。(親御さんが心配してますので)城に戻りましょう」

「藪熊次郎太」の立場からしたら、行方不明になった「姫」を城に戻すことは 殿様から命令された「正義」だったはずです。

ところが・・・姫からは思わぬ言葉が発せられます。

「私 姫やめるから。鰯売りの声がしたら、城の外を見てくれるようにママとパパに伝えといて」

このまま、二人は手を繋ぎ、舞台下手の花道を下がっていきます。

「藪熊次郎太」の立場からしたら、踏んだり蹴ったりの結果になってしまったと思います。

城に帰ったら、切腹は避けられないんじゃないだろうか・・
と他人事ですが胃が痛くなりました。

※超訳です

鰯賣恋曳網 は 「中村屋」の 祖父、先代、そして当代で演じ続けられていた演目で、御家芸と言っても良いかもしれません。

御伽草子と文学

江戸時代の身分制度の限界を、「軽々」と飛び越えて、二人を結びつけてしまった三島由紀夫は素晴らしいと思いました。

猿源氏が一目惚れしたのが、「五条の橋を通った時に見かけて」と語っていますが、実際には、遊女は自由に歩き回ることもなく遊郭の外に出ることはありません。

話を成立させる為に、上手に虚構を取り入れています。

一方で 傾城仲間と「環境」の違いから馴染めなかった場面を敢えて入れることで、その後の苦労を想像させているような気もします。

御伽草子(物語)を借りて、荒唐無稽で現実には起こり得ない状況を描きながら、薄らと未来の真っ直ぐではない生活を予想させたかったのでは・・

文学者として、単に「物語」には出来ずに、どうかして「現実」も表現したかったのでは、そんな風にも思いました。

■ 「壽 初春大歌舞伎」
2020年1月2日~26日
東京都 歌舞伎座

□ 夜の部
「鰯賣恋曳網」
鰯賣猿源氏:中村勘九郎
傾城蛍火(実は丹鶴城の姫):中村七之助
博労六郎左衛門:市川男女蔵
庭男(実は藪熊次郎太):中村種之助
傾城春雨:市川笑也
傾城薄雲:市川笑也
禿: 中村勘太郎(偶数日) 中村長三郎(奇数日)
海老名なあむだぶつ:片岡市蔵
(廓)亭主:市川門之助

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