地図帳の価値と編集者の価値(356号)
最近は本屋が次々となくなり、筆者のような本屋好きもネット通販に頼らざるをえない状況となっています。
最近、自宅のクルマを新調したこともあり、乗せておく地図(マップルなどの紙の地図)を買い換えようとサイトを見て驚きました。
ほとんど地図が販売されていないではないですか。
確かにカーナビやスマホを使えば現在位置もわかりますし、イマドキ紙の地図を買いたい人は少数派だろうとは想像していましたが、ここまでとは思いませんでした。
今回は、地図帳をテーマとして情報の取捨選択についてお話をします。
紙の地図帳
筆者は紙の地図が好きです。小学校の頃に学校の副読本として地図帳をもらった時にはすごく嬉しかったことをよく覚えています。
その頃から今に至るまで筆者は地図を見るのが好きです。
考えてみると、地図というのはものすごい情報量を提供してくれています。
小学校の地図帳を見ますと、地名・河川・山の地形情報はもちろん、道路・鉄道・航路の情報、住宅地・森林・田畑といった土地の使われ方、役所・名勝などランドマーク、あげくは特産品や名産品まで載っていたりします。
これを整理して過不足ないように掲載してあるわけです。
筆者が初めてカーナビを使ったのはもう20年ほど前でしょうか。その時は「便利なものが出てきたもんだ。もう紙の地図はいらなくなるな」と思ったものですが、今も紙の地図を愛用しています。
カーナビで十分でしょ?
読者の皆さんの多くは、イマドキ紙の地図帳など使われていないと思います。
実際、カーナビには紙の地図にないメリットがたくさんあります。
現在位置がわかる、道案内をしてくれる、地図の拡大縮小や回転ができる、お店の検索ができる、などなど。
スマホの地図アプリも同様で実に多様な情報を提供してくれています。
情報提供の視点で考えると、カーナビやスマホで十分なはずです。
それでも筆者は紙の道路地図には捨てがたいメリットを感じています。
それはプロの編集者による「編集」のメリットです。
編集者の仕事
どんな書籍でも「編集」と呼ばれる人々がいます。
この人々が書籍を作り上げます。
小説などでは作者がストーリを書き、編集さんはそのサポート役(書籍としてのコーディネートや販売戦略の立案など)なのであまり表には出てきません。
まさか、編集さんが勝手に文章を変えるわけにはいきませんから。
ですが、これが道路地図となると全く話が違ってきます。
地図にどんな情報を載せるのか、その見やすさをどうやって担保するのか?といったことは全て編集者の仕事です。
ところが、この成果が非常にわかりにくいのですね。
地図には最初にも書いたように大量の情報が掲載されています。
ですが、これを道路地図として機能させるには、単に全ての情報を盛り込むだけではダメなのです。
なぜか?
情報というのは適切に取捨選択しないと埋もれてしまうからです。
極端な例ですが、道路地図に全てのお店の名前を掲示したと思ってください。
この地図、見づらいですよね。各お店の名前もすごく小さな文字で書かれることになりますし、店名がジャマをして、肝心の道路が隠されたり、目立たせたい有名店が埋もれてしまうということになりかねません。
逆説的ですが、情報の提供時は「情報を減らす」ことが重要なのです。
カーナビやスマホの地図は拡大縮小が自在です。詳細にすればお店やビルの名前を表示させ、拡大すればより大きなランドマークだけが表示されます。
このように内部では全ての情報を持っておきながら、縮尺によって表示レベルを変更できます。
これは動的に表示内容を変更できるカーナビやスマホならではの使い方です。
一方、地図帳はそうはいきません。
縮尺は固定ですから、その縮尺に合わせて必要な情報だけを表示し、不要な物は表示させないという工夫が必要です。
同じ縮尺でも都市部と郊外とでは表示しないといけない情報量が全く違います。ですからある程度のルールは持たせながら、ページやブロックによって表示する内容を一つ一つ吟味して「ないと困る」情報、「あると便利」な情報を絞りに絞ってページを作っているのです。
つまり、見やすさのために情報を減らすことが必要なのです。
もちろん、情報を減らしすぎると、「必要なことが載ってなくてちっとも役に立たない」地図になりますから、そのさじ加減には実に絶妙なバランスが必要となります。
これが編集者の仕事なのです。
地図帳が売れない(評価されない)のはこの編集者の価値が評価されなくなったからではないかと思います。
ちょっと余談となりますが、地図帳とカーナビに掲載されている情報数だけで比較すると上述の通り、明らかにカーナビの方が情報量は多いです。
にも関わらず、カーナビ側がそのメリットを活かしきれないケースもままある話です。
筆者の自宅のクルマのカーナビ(武士の情けでメーカ名は伏せます)がそうなのですが、このナビでガソリンスタンドを検索すると、最初にブランド名(それも1つだけ)を選択させられます。
「いや、お前、ブランド名気にしてる場合か?ガソリンスタンド探してるゆーとんねん。」と筆者は思いました。
情報を持っているからといって必ずしも優れているわけではないという一例です。
情報リテラシー
情報を利用する能力のことを情報リテラシーなどと呼びます。
読者の皆さんは、「がんばりすぎないセキュリティ」を購読したり、note.comでバックナンバーをご覧になっています。
つまり、ある程度のネット利用が行える層ということになります。
多くの方は「そんなの常識だし、特別なことじゃない」とお考えでしょうが、年長者などで、ネットがうまく利用できない方からするとうらやましい話に聞こえるはずです。
これは地図帳についても同様で、特に若年層を中心に、地図帳を使いこなせる能力がない(その能力を磨いてこなかった)のではないかと思うわけです。
いわば「地図帳リテラシー」ですね。
なにも「イマドキの若い者は...」とやりたいわけではありません。
誰だって、有限の時間の中で生きているのです。必要なものに時間を使うのは当然です。
道具があるんだから、その道具を使いこなせば良いのです。
たまたま、地図帳についてはスマホやカーナビに役割が変わってしまったのです。
ですが、だからといって古いものが一方的にダメなわけではありません。
地図帳には、カーナビや地図アプリにはないメリットがあります。
例えば、ドライブしている時にこの先のルート取りを確認したいことがあります。現在位置と大きく離れた場所を調べたいことがあります。
こういう時には地図帳の俯瞰能力が威力を発揮します。
カーナビでももちろんできるのです。
ですが、スピーディーに調べたいとなると地図帳の方がはるかにラクですし、早く調べられます。
高速料金いくらだったっけ?となる時もそうです。
道路地図なら巻末に高速料金表が載っていて、(慣れていれば)カーナビやスマホより早くラクに調べられます。
これを実現するのに必要なのが地図帳リテラシー、地図帳の利用スキルです。
地図帳をあまり使ったことがない人なら「こんなのめくってるよりカーナビの方が早いよ」となるでしょう。
そりゃそうです。だってトレーニングしていないんですから。
日本人ならたいがいお箸が使えます。
お箸なんて単なる二本の棒だけというシンプルな道具のくせに、恐ろしく便利です。
ですが、お箸を使えるようになるのはかなりのトレーニングが必要です。
そのトレーニングを経たからこそ、お箸が使えるわけです。
これは日本人に「お箸リテラシー」があるからです。
伝統的な道具であっても、便利が周知されていれば世代を越えて使い続けられます。
一方、地図帳はそこまで便利さが認知されていなかったということです。
何十年にわたって培ってきた地図編集者の能力が失われることは、地図帳大好きな筆者からすると残念至極ですが、これも世の流れというものでしょう。
まとめ
最近、道路地図の地図帳を更新しようとして、ラインナップが激減していることに驚きました。
道路地図というのは、クルマのドライブに特化した特殊な地図ですが、特化しているだけに運転中の調べものには最強のツールといっていいと筆者は思います。
ところが、この最強ツールが随分と前からカーナビにその牙城を奪われ、さらに最近はカーナビがスマホの地図アプリにその地位を奪われつつあります。
これは、カーナビやスマホならではの機能、つまり現在位置の表示や道案内機能が便利だからということなのでしょう。
地図帳好きの筆者に言わせれば、道路地図は使いこなせば、カーナビにない利便性があるのですが、そこにたどり着くにはトレーニングが必要です。
ご存知ない方も多いでしょうが、地図帳自体も随分と進化しています。
これは地図を作っている出版社の編集者の努力のたまものです。
今の地図帳にはランドマーク(目印)が載っているのは当たり前です。
でも昔は道路から見えにくい場所が目印になっていたりで役立たないことも多かったのです。
また、現在の道路地図では駅前の複雑な道路も省略と誇張を使って非常にわかり易くなっています。
もちろん、出版社もこういったノウハウをカーナビ用の地図情報作成などに流用されているのでしょうが、それでも紙の地図帳が減っていることには寂しさを感じます。
トシをとったせいですかね。(笑)
ちなみに、筆者は運転がヘタクソなのでクルマの運転は家内が行います。
その分、私は地図帳を駆使して安全快適なナビゲーションを行うことになっています。(できているかどうかは別にして(笑))
さらにどうでもいい話ですが、地図は昭文社のスーパーマップルを購入しました。
今回は、地図帳やその編集作業についてお話しました。
次回もお楽しみに。
追伸
今回はエッセイ風となりましたが、いかがだったでしょうか?
たまにはこんなのもいいよ、という方がおられましたら是非教えてください。
(本稿は 2024年5月に作成しました)
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