自分が双極性障害だと分かって…

 唐突ではあるが、自分が双極性障害であると分かった。

 厚労省のサイトによると、双極性障害は「躁(そう)状態とうつ状態をくりかえす病気」だとあり、別名「躁鬱病」とも言う。躁状態とは、極端に気分が高揚して開放的になったり怒りっぽくなったりする状態のことで、逆にうつ状態は気分が落ち込み意欲が無くなったり生きる気力が無くなったりするような状態のことを言う。双極性障害の下では、この躁状態とうつ状態という両極端は状態を行ったり来たりする。


 自分が双極性障害であると分かったのは、二つの理由がある。一つは『躁鬱大学』という本に出会ったから。もう一つはその後に精神科を受診したからである。以下、その経緯を詳しく書き記したい。

『躁鬱大学』という本は、自身が双極性障害であり、また双極性障害の人の相談を多数受けている著者が「双極性障害である人間」=「躁鬱人」の特徴や対処法について著している本である。この本を手に取った理由は、以前から自分が気分の浮き沈みが人より激しい人間あったことと、Twitterでフォローしていた人が双極性障害であることを打ち明けたからであった。こうしたことで双極性障害に強く興味を持った自分は、この本を手に取り読むことにした。

 『躁鬱大学』では、双極性障害である著者に多大な影響を与えた精神科医・神田橋條治氏が躁鬱病について語った『神田橋語録』に触れながら、話が進行していく。この『神田橋語録』はネット上でも公開されており、冒頭の『I 説き語り躁鬱病』には『躁鬱大学』で記されている内容のエッセンスが詰め込まれている。ご興味があればぜひご一読頂きたい。

『神田橋語録』(PDFファイル)
http://hatakoshi-mhc.jp/kandabasi_goroku.pdf

 『躁鬱大学』を読み進めていくと、「躁鬱人」の特徴が沢山挙げられていた。

・心が柔らかく傷つきやすい
・人からの影響を受けやすい
・周りを伺う
・褒められるとその気になる
・一貫性がない
・気分屋
・極端
・大胆かつ繊細
・一対一が一番楽、でも自分オンステージなら大人数でも問題ない
・一つのことに集中しすぎていると窮屈になって鬱になる
・我慢すると鬱になるのに我慢をよくする

かなり沢山の例を挙げたが、実はこのどれもが自分に当てはまる。読んでいて、全く面識のない人に自分のことをよく知っているかのように言い当てられた感覚がして、とても驚いた。その驚きは読み進めるほどに、自分が双極性障害である確信へと変わっていった。

 ただ、あくまでこれは著者の経験ベースの話であり、『神田橋語録』という精神科医の言葉に沿った話であるとはいえ、この材料だけで自分が双極性障害であると判断するのは早計だと考えた。そこで、精神科医を受診してかかりつけの先生にこの本の話をすることにした。

 そもそもの話をすると、自分は「躁鬱大学」を読む以前から精神科を受診しているところだった。ここから話が長くなってしまうが、自分が精神的な不調を感じ始めたのは約10年前、高校時代にまで遡る。中学時代そこそこ頭が良かった自分は進学校とも呼ばれる高校に進学したが、そこでの勉強についていくことが出来ず、冬場になると朝がしんどくて度々学校を休んだり遅れて登校していた。その傾向は学年を重ねる毎に顕著になり、高3の時にはスクールカウンセリングを受けたり、病院にも通っていた。ただその時に双極性障害はおろか、うつの診断さえ受けた記憶がない。(起立性調節障害とかその辺りの診断だったような気がする。)大学進学で上京した後は一時体調が良くなったが、その頃から気分の浮き沈みが激しくなってきた。(今思えば、これは双極性障害の兆候だったかもしれない。)大学2年の時にとあるきっかけで「うつ状態」の診断を受け、そこから大学卒業まで定期的にスクールカウンセリングと精神科での診療を受けていた。その時点でも双極性障害の診断は受けておらず、あくまで「うつ状態」との診断で、そこからの寛解を目指す治療を受けていた。その後、体調が安定しない学生生活が続き休学したこともあったが、卒業後の進路も決まり6年かけて何とか大学を卒業した。社会人になって京都に戻ってからは、セカンドオピニオン的に別の精神科を一度受診したが、その後はたまに体調がかなり悪くなったら診てもらう程度で、定期的には診療を受けていなかった。ところが、今年の6月頃から久々にうつ状態になり始めそれが長く続いていたので、久々に精神科に通院し始めていた。この時は以前と同様の症状が出たという認識で、まだ双極性障害だとは思っていなかった。

 ただ、大学生の時に就活をし始めたあたりから、自分の体調のバイオリズム(周期)に気付き始めていた。60〜90日くらいの周期で調子のいい時と悪い時を繰り返しているようだった。調子のいい時はずっと続くわけでなく、ある程度日数が経つと段々下り坂になっていく。ただ、調子の悪い時期をやり過ごすと調子は良くなっていった。自分はそういう体質なのかなと思っていた。

 それが『躁鬱大学』を読み進めていくうちに、自分のそういう体質は双極性障害によるものではないかと思った。今まではうつ状態をずっと拗らせているのだと思っていた。『躁鬱大学』を読む前は、躁状態とは怒りっぽくなるなど激しいイメージを持っていたが、自分は怒ったりすることがめったになかったので、「自分には躁状態がない」=「自分は双極性障害ではない」と思っていた。しかし、『躁鬱大学』を読んでみて、怒りっぽくなることはほぼないにせよ、その他の躁状態に見られる特徴が自分の調子のいい時に当てはまると感じ、自分が双極性障害である可能性を強く考え始めた。

(画像は本文と特に関係ありません、挿絵です。)

 ここまでの経緯をかかりつけの精神科の先生に話した。すると、先生のほうからも「双極性障害かもしれない」という言葉を頂いた。はっきり断定するものではなかったが、先生からの言葉を受けて自分が双極性障害であることのお墨付きをもらったようだった。普通、「○○病である」みたいな診断を受けることはショッキングなことなのだろうが、自分からすればむしろ「自分を苦しめていたものの正体が明らかになった」と凄く前向きなことのように感じられた。正体不明の敵と戦うよりも正体が明らかな敵と戦うほうが、戦略も立てやすいし優位に戦える。

 自分がうつを長らく拗らせていると考えていた時は、「いつか治る(寛解する)」と思って治療に取り組んでいたが、体調は良くなったり悪くなったりの一進一退で、寛解するはずのものがなかなか治らないことに苦しさを感じ続けていたし、今続けている治療が本当に正しいのか疑問を覚えることもあった。しかし、双極性障害というものを知って、それを過去の自分に遡って当てはめると、ある時期に調子が悪かった理由も良かった理由も説明がつく。ずっと心の中で抱えてきたモヤモヤが消えた気がした。

 双極性障害とは生まれつきの「体質」のようなもので、体調の波を小さくすることはできても完全に治せるものではない。一生抱えていくものである。ただ、正体不明の敵と戦い続けていくよりも、正体が知れた相手と上手く付き合っていくものだと考えれば、気持ちは遥かに楽である。だから、自分が双極性障害だと分かって、それに合った生き方をすればいいと分かった。『躁鬱大学』では、「躁鬱人」がやるべきこととやるべきではないことがまとめられており、「躁鬱人」の生き方の指針が示されている。この指針は、暗闇のように先の見えなかった自分の未来に差し込んだ一筋の光といっても過言ではない。

自分が双極性障害だと分かって、本当に良かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?