上手い人は目立たなかったりする

もう一人、アルバイト先で知り合った女の子もまた巧みに世を渡る子だったのを記憶している。こちらも仮名で、「大村さん」とでもしておこう。
もっとも、その大村さんにさえ私は「なかなかいない感じの人」と評されてはいたが、上手だな、と感じた。大村さんは、

「何もしたくない」

と常日頃言っていた。趣味を聞いても特にない、という。いわゆる「さとり世代」というやつかもしれない。
休日にはダラダラと動画を見たりしているらしい。やりたいこともなく、就職活動も嫌だと言っていた。ある日、何気なく「最近大学どうなの?」と聞くと、

「辞めました」

という返事が来た。さらに聞けば、結婚するというのだ。
流石に驚いた。その子は抜群に仕事が早く、よく気が付くし先手先手を打って行動するし回転の速い子だった。「アルバイト最強」とまで言えるほどの速さと正確性を持っていた。だが、バリバリのOLで仕事一本という感じではなかったし、そもそもそういう社会の競争みたいなのに興味がなさそうな人だった。完全にこれは私から見ての彼女評なので、大村さんから見ると「全然違うこと言ってる」と思われるかもしれないが、悪く思わないでいただきたい。あと、自身の事を「頭が悪い」と言っていた記憶がある。褒めても大抵そんなことはない、と謙遜していた。自分でそういう人は大概よく考えている。しかし、現実が嫌だからといってそれに押しつぶされるわけでもなく、結婚するという方向に舵を切って別のルートに切り替えた。道の開き方の一つに当然結婚というのもある。する人が減っているというデータは確かにあるかもしれないが、法的な手続きも踏むことになる以上それなりに人生にいい意味で動きが生じる。少なくとも、ぼんやりと何も考えずに生きるということはなくなるのではないか。

相手を見つけたり、口説いたり、自分をアピールするのも一つの能力だ。そういう意味では、「万能アルバイト」というスキルは業種を間違えなければどこに行ってもある程度通用するので、それを保ったまま今度は「気の利く奥さん」となる努力さえやっていけば、どこへいってもやっていけそうな気がする。こちらもまた、大権力を持ったりどこかで大きな影響力を持ったりすることはないかもしれないが、案外こういう風に巧者は目立たないものなのかもしれない。豊臣秀吉や田中角栄のような世渡り上手の究極形のような人間は、突然変異のようなものだ。因みに、同じ職場のとある人間は私と大村さんが仲良しだと思っていたらしい。だが、前項でも述べた通りこうした巧みな人と私は友情関係というより「契約関係」に近い関係を築く。当然、何もなかった。責任がない方がのびのびとやっていけるタイプというのも世の中には確実に存在する。大村さんも、自身の長所や性格というのを少なからず分析していたのだろう。


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