突き抜けた短所は短所と言わない

再び、高校の時の話に戻る。
高校三年間は全てクラス替えがあったが、そのうち二年を共にした「久保田君(仮名)」という人物がいる。男性で、アイドルオタクだった。
この人物は、はっきり言って前項で紹介した中村、大村とは異なり、「巧さ」の点ではかなり劣った。口は軽いし、行動も軽かった。私たちが高校時代だった2011年~2014年は、AKBの全盛時代ともいえる時代で、前田敦子や大島優子といった今言うとレジェンドに相当するような人達がまだ現役だった。久保田君はこのAKBにのめりこんでおり、握手会に何度も足を運んでいた。そのことを、自慢げに語っては、周りから気持ち悪がられていた。

「それっぽい」が仕事になるの回で言ったが、見た目というのは割とその人のイメージを作り上げる。高校時代の久保田君は、正直そこまで清潔ではなかった。歯が黄色いと非難されていたこともある。おぼろげな記憶だが、髪の毛のセットもいまひとつ決まっておらず、女子受けはとてもない人物だった。それに加えて、誰にも聞かれていないのに握手会に行った話やアイドルのプリントされた下敷きとかをもって声高に自分の存在をアピールしていた。周りの評価は、単刀直入、「キモい」であった。会う人会う人からそう言われていた。

一般的に考えれば、誰でも非難されると傷つく。それが外見のことであろうと内面のことであろうとだ。私も、身体が細い事をこそこそ言われるのは嫌だった。特に、外見のことはどうしようもない。久保田君の場合確かにふるまいも問題があったが、見た目も問題があった。久保田君の味方をする人間は少なかった。自分の身に置き換えたら、まず学校に行かなくなる。アイドルが好きだったとしても、粛々とアルバイトでもしながら、個人的に応援する方向にシフトチェンジするだろう。だが、久保田君は違った。

彼は中学時代もいじめにあっていたらしいが、そんな風に見えないほど元気だった。
そう、彼には何の悪口も効いていないのだ。ポケモンだと、何の攻撃をやっても

「こうかはいまひとつだ」

となるようなものだ。キモいのに。
そう、彼の強みはほかならぬ「強靭なメンタル」にあった。彼がショックを受けるのは、出会い系で知り合ったがその後失敗した失恋の時など女性関係絡みのことで、自分についての悪口に関しては何を言われても平然としていた。
例えるなら、大きな車だ。私なんかは、自分の弱さをわかっている小さな車だ。打たれ弱いし燃費も悪い。だから、とにかく障害物にぶつからないように、スピードを落とさないように、巧みなハンドリングで道を進んでいくタイプだ。中村君や大村さんも、程度の違いはあれど巧みに障害をかわしていくタイプだ。だが久保田君は例えるなら、全ての障害物に衝突するが、耐久力があり、事故を気にしないので突き進んでいく巨大なダンプカーのようなものだと思う。私は彼と一緒にいる二年間、ほどよい距離を保っていた。最初は周りと同様「気持ち悪いな」と思っていたが、次第にその感情は尊敬に変わっていった。彼のいわゆる「気持ち悪さ」は短所だが、短所は突き抜ければ、或いは本人がそれを短所でないと判断すれば、たちまち短所ではなくなるという新しい知見を私に与えてくれた。彼とは個人的に一緒にバッティングセンターに行ったり、野球をやったりした。後腐れがなくノリが良かったので、よく付き合ってくれたし、お菓子もよくくれていた。寛大で器の大きな一面があったかもしれない。いや、あれだけ悪口を言う人達がいても受け流せたのだから、かもしれない、ではなくて本当に器が大きかったのだと思う。同業の仲間は恐らく彼にはいて、そういう人たちとは仲良くやっていたから、今でもそうだろう。

その後、彼は地下アイドルの追いかけをやっていたようである。高校時代血が噴き出すほど応援していた篠田麻里子も引退した。時代は流れた。あれから数年、彼とも私は会っていない。あの時と同じなのか、見違えて今は別人のようになっているのかはわからない。ただ、その「強靭なメンタルで強行突破していく世渡り」の力強さは常人に真似できる芸当ではなかった。だが、卒業後にもなって久保田君の悪口をいう人間は流石にいない。結局、「学校」という閉鎖的な空間にいるがゆえに悪目立ちしたのを追及されていただけで、その関係が切れればバッシングも終わった。人の目を気にせずにやる事は簡単ではないが、案外いじめる側はくだらない理由で悪口を言っているし、そこに高尚さも深い理屈もない。他人の言う事なんて気にしなくていいというのを身体を張って私に教えてくれた一人の男の背中の話である。

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