続唱 "Veni Sancte Spiritus" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ82)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX pp. 253–255; GRADUALE NOVUM I pp. 218–219.
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 今回扱う "Veni Sancte Spiritus" は続唱 (Sequentia セクェンツィア) であり,いつも扱っている入祭唱や拝領唱などが散文であるのに対し,これは韻文である。いくつかの節から成り立っているが,一般的な有節歌と異なり,ずっと同じ旋律に乗せて歌われるのではなく,2節ごとに旋律が変わる。
 

【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 聖霊降臨の主日 (当日) のミサで歌われる。「(当日)」と書いたのは,前晩ミサのための式文が別個にあり,そちらにはこの続唱は含まれていないためだが,実際には前晩にミサを行う場合でも当日用の式文を用いるところが多いのではないかと思う。少なくとも私のところではそうである。

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 こちらでは聖霊降臨祭は主日 (日曜日) だけで終わらず,そこから1週間にわたって祝われる (聖霊降臨の八日間。「八日間」といいながら実際には7日間である。なお主の降誕の八日間や主の復活の八日間というのもあるが,そちらは本当に8日間)。その間はずっとこの続唱が歌われる。
 

【テキストと全体訳 (節ごとに)】

 多様な解釈を許す箇所がいくつかあり,ここに示さなかった解釈は対訳・逐語訳の部に書いておいたので,そちらもお読みいただきたい (特に第6節)。

1.
Veni Sancte Spiritus,
Et emitte caelitus
Lucis tuae radium.
来てください,聖霊よ。天から送り出してください,あなたの光の光線を。

2.
Veni pater pauperum,
Veni dator munerum,

Veni lumen cordium.
来てください,貧しい者たちの父よ。来てください,諸々の賜物を下さる方よ。来てください,諸々の心にとっての光よ。

3.
Consolator optime,
Dulcis hospes animae,
Dulce refrigerium.

最良の慰め手よ,霊魂の好ましい客よ,快い清涼剤よ。

4.
In labore requies,
In aestu temperies,
In fletu solatium.
骨折りにおける安息よ,暑さにおけるやわらぎよ,泣いているときの慰めよ。

5.
O lux beatissima,
Reple cordis intima
Tuorum fidelium.

おお,この上なく祝福されている光よ,あなたを信じる者たちの心の最も奥のところを満たしてください。

6.
Sine tuo numine,
Nihil est in homine,
Nihil est innoxium.

あなたの (神としての) 御力なしには,人間の内には何も,欠けのないものは何もありません。

7.
Lava quod est sordidum,
Riga quod est aridum,
Sana quod est saucium.

汚れているものを洗ってください,乾いているものに水をやってください,傷ついているものを癒やしてください。

8.
Flecte quod est rigidum,
Fove quod est frigidum,
Rege quod est devium.
硬直しているものをしなやかにしてください,冷えているものを温めてください,道を外れているものを導いてください。

9.
Da tuis fidelibus,
In te confidentibus,
Sacrum septenarium.
あなたを信じる者たちに,あなたを信頼する者たちに与えてください,聖なる7つの賜物を。

10.
Da virtutis meritum,
Da salutis exitum,
Da perenne gaudium.

徳の報酬を与えてください,救いとしての死を与えてください,絶えることのない喜びを与えてください。
 

【対訳・逐語訳】

【第1節】

Veni Sancte Spiritus,
来てください,聖霊よ,

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
Sancte Spiritus 聖霊よ (Sancte:聖なる,Spiritus:霊よ)

Et emitte caelitus
天から送り出してください,

et (英:and)
emitte 送り出してください (動詞emitto, emittereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
caelitus 天から (副詞)

Lucis tuae radium.
あなたの光の光線を。
別訳 (の試み):あなたの光の放射を。

lucis 光の ("radium" にかかる)
tuae あなたの ("lucis" にかかる)
radium 棒を,線を,光線を,半径を  ……別訳の「放射」は,特に「半径」のイメージによるものである。中心 (光源) から伸びている直線,ということで。

【第2節】

Veni pater pauperum,
来てください,貧しい者たちの父よ,

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
pater 父よ
pauperum 貧しい者たちの

Veni dator munerum,
来てください,諸々の賜物を下さる方よ,

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
dator 与える者よ
munerum 賜物の (複数・属格)

Veni lumen cordium.
来てください,諸々の心にとっての光よ。

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
lumen 光よ
cordium 心の (複数)
 

【第3節】

Consolator optime,
最良の慰め手よ,

consolator 慰める者よ
optime 最良の  ……optimus (>optime) はbonus (よい) の最上級。

Dulcis hospes animae,
霊魂の好ましい客よ,
別訳:(客としての) 霊魂を迎える親切な主人よ,

dulcis 甘美な,快い,心地よい
hospes 客よ;(客を迎える) 主人よ
animae 霊魂の (単数)

Dulce refrigerium.
快い清涼剤よ。

dulce 甘美な,快い,心地よい  ……上の "dulcis" と同じ語。かかる名詞の性が異なる (これは中性,先ほどは男性) ため違う語尾になっている (ラテン語の形容詞は,かかる名詞の性・数・格に一致するように語尾が変化する。なお一致するのはあくまで性・数・格であって,ここにも見られるように,語尾の形そのものは一致するとは限らない。語尾変化のパターンがいくつかあるためである)。
refrigerium 涼しくするものよ,気分爽快にさせるものよ,気持を楽にするものよ,苦痛を和らげるものよ,援助よ,励ましよ,慰めよ

  •  一語で訳せて都合がよかったことから,また比喩表現でもよく用いられる言葉らしいことから「清涼剤」と訳してみたが,"refrigerium" という語には内服するものということが含意されているわけではない。
     

【第4節】

In labore requies,
骨折りにおける安息よ,
別訳:労働における休息よ,

in ~における
labore
 労,骨折り,仕事,労苦,苦労 (奪格)
requies 休息よ,安息よ,安らぎよ

In aestu temperies,
暑さにおけるやわらぎよ,
別訳:暑いときの涼しさよ,

in ~における
aestu
暑さ (奪格)
temperies ほどよさよ,(暑さを和らげる) 涼しさよ,気分を爽快にするものよ

In fletu solatium.
泣いているときの慰めよ。
別訳:涙における慰めよ。

in ~における
fletu
泣くこと,涙 (奪格)
solatium 慰めるものよ,慰めよ
 

【第5節】

O lux beatissima,
おお,この上なく祝福されている光よ,

o おお
lux 光よ
beatissima 最も祝福されている,最も幸いな (beataの最上級)

Reple cordis intima
Tuorum fidelium.

あなたを信じる者たちの心の最も奥のところを満たしてください。

reple (再び) 満たしてください (動詞repleo, replereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
cordis 心の ("intima" にかかる)
intima 最も内側を,最奥を (中性・対格・複数)
tuorum あなた (へ) の ("fidelium" にかかる)
fidelium 信仰者たちの,忠実な者たちの ("cordis" にかかる)
● "cordis intima (心の最も内側を)","tuorum fidelium (あなた [へ] の信仰者たちの)" をそれぞれひとまとまりと捉えて,後者が前者にかかっているのだ,と大づかみに考えるほうが分かりやすいかもしれない。
 

【第6節】

Sine tuo numine,
あなたの (神としての) 力なしには,
別訳:あなたの神意なしには,
別訳:あなたのうなずきなしには,
(など。下に示す通り,ほかにも考えられる。)

sine ~なしに (英:without)
tuo あなたの
numine
 うなずき,身ぶりによる合図;(神の) 意志/意思,(神の) 支配,(神の) 力,(神の) 性質/あり方,恵み (奪格)  ……基本の形 (単数・主格の形) は "numen"。

  •  "numine" という語の本来の意味に従えば「うなずき」「身ぶりによる合図」ということになり,派生的な意味に解釈するにしても逐語訳で示した通りいろいろな可能性があるのだが,Mittellateinisches Glossar (中世ラテン語小辞典) にまず "die göttliche Wundermacht (神の奇跡の力)" とあるので「(神としての) 力」を第一の訳として採用することにした。

Nihil est in homine,
Nihil est innoxium.

人間 (の内) には何もない,
欠けのないものは何もない。

nihil (英:nothing)
est (英:is) (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
in ~において
homine 
人間 (単数・奪格) ……基本の形 (単数・主格の形) は "homo"。
nihil (同上)
est (同上)
innoxium 危険がない,罪がない,損なわれていない

  •  韻文にする都合のためか "Nihil est" が2回言われており,その結果2つの独立した文で2つのことを言っているように見えるけれども,言いたいことは "Nihil est in homine innoxium (人間の内には欠けのないものは何もない)" という1つのことではないかと考える。

  •  そのような解釈を入れず,文字通りに読むならば,第1文については「欠けのないものは」という限定が外れるので,これは「人間の内には (欠けのあるものであろうが欠けのないものであろうが) 何もない」という意味になる。第2文については「人間の内には」という限定が外れるので,これは「(人間の内外を問わず,世界全体に) 欠けのないものは何もない」という意味になる。

  •  しかし,第1文はともかく第2文がこのような意味になるとすると,ここ以外はずっと人間のことについて言っているので,果たしてここでだけ急に世界全体のことを話題にするだろうかという疑問が生じる (この後にくる第7節・第8節は必ずしも人間のことを言っているわけではないのでは,という意見があるかもしれないが,少なくとも私が考えるに,この両節にあるのは人間の精神・霊魂の不完全さの諸相を比喩的に表現したものであると捉えないと,わざわざ聖霊の働きを願う意味が不明になると思うので,「ここ以外はずっと人間のことについて言っている」と述べた)。

  •  ただ,聖書によれば,人間の状態と世界 (万物) の状態との間には関連がある。その意味では,急にここだけ世界 (万物) の話になっているとしてもそれほどおかしくはないのかもしれない。

あなたは妻の声に聞き従い
 取って食べてはいけないと
 命じておいた木から食べた。
あなたのゆえに,土は呪われてしまった。

創世記第3章第17節より (聖書協会共同訳)

いつまで,この地は嘆き
あらゆる野の青草は枯れたままなのでしょうか。
そこに住む者たちの悪のゆえに
獣も鳥も滅んでしまいました。

エレミヤ書第12章第4節より (聖書協会共同訳)

被造物は,神の子たちが現れるのを切に待ち望んでいます。被造物が虚無に服したのは,自分の意志によるのではなく,服従させた方によるのであり,そこには希望があります。それは,被造物自身も滅びへの隷属から解放されて,神の子どもたちの栄光の自由に入るという希望です。実に,被造物全体が今に至るまで,共に呻き,共に産みの苦しみを味わっていることを,私たちは知っています。

ローマ人への手紙第8章第19–22節 (聖書協会共同訳)
  •  いずれにせよ,聖霊の働きを受けない場合の状態,すなわち「欠けのある」状態がどのようなものか,そしてそれに対して聖霊にどうしてほしいのかが,次の2節で示される。このようにして,第6節と第7~8節とはつながっている。
     

【第7節】

Lava quod est sordidum,
汚れているものを洗ってください,

lava 洗ってください (動詞lavo, lavareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (英:関係代名詞としてのwhat) (先行詞を含んだ関係代名詞,中性・単数・主格)
est (英:is) (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
sordidum 汚れている (形容詞)

  •  ここから2節 (6行) にわたって述べられ (,それぞれに対する助けが願われ) ているのは,まずは人間の不完全さの諸相だと思われるが,この6行すべてに現れる「~もの」は「者」ではなく,あくまで「もの」である (関係代名詞 "quod" が中性形であるため。「者」すなわち人間であれば男性形か女性形になる)。つまり,この行についていえば,「汚れている人間を洗ってください」と言っているのではない。「(人間の中にある) 汚れているものを洗ってください」と言っているのである。

Riga quod est aridum,
乾いているものに水をやってください,

riga 水をやってください (動詞rigo, rigareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (同上)
est (同上)
aridum 乾いている (形容詞)

Sana quod est saucium.
傷ついているものを癒やしてください。

sana 癒やしてください,健康にしてください (動詞sano, sanareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (同上)
est (同上)
saucium 傷ついている (形容詞)
 

【第8節】

Flecte quod est rigidum,
硬直しているものをしなやかにしてください,
別訳:硬直しているものを曲げてください,

flecte 曲げてください;やわらかくしてください;考えを変えさせてください (動詞flecto, flectereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (英:関係代名詞としてのwhat) (先行詞を含んだ関係代名詞,中性・単数・主格)
est (英:is) (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
rigidum 硬直している (形容詞)

Fove quod est frigidum,
冷えているものを温めてください,

fove 温かく保ってください;温めてください (動詞foveo, fovereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (同上)
est (同上)
frigidum 冷たい

Rege quod est devium.
道を外れているものをお導きください。

rege 導いてください (動詞rego, regereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
quod (同上)
est (同上)
devium 道を外れている (形容詞)
 

【第9節】

Da tuis fidelibus,
In te confidentibus,
あなたを信じる者たちに,あなたを信頼する者たちに与えてください,

da 与えてください (動詞do, dareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
tuis あなた (へ) の
fidelibus 忠実な者たちに,信仰者たちに
in te あなたを (te:あなた [奪格])
confidentibus
信頼する者たちに (動詞confido, confidereをもとにした現在能動分詞の男性・複数・与格の形)

Sacrum septenarium.
聖なる7つの賜物を。

sacrum 聖なる
septenarium 7つから成るものを (単数形)
● 2語合わせて,聖霊の7つの賜物を表す定型句。
 

【第10節】

Da virtutis meritum,
徳の報酬を与えてください,

da 与えてください (動詞do, dareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
virtutis 徳の
meritum 報酬を

Da salutis exitum,
救いである死を与えてください,
別訳:救いの成果を与えてください,

da (同上)
salutis 救いの
exitum 出口を;死 (生の終わり) を;脱出口を;結果を,成果を;行き着く (べき) ところを

Da perenne gaudium.
絶えることのない喜びを与えてください。

da (同上)
perenne ずっと続く (形容詞)  ……本来は「その1年の間ずっと続く」という意味だが,「永遠の」という意味でも用いられるようになった語。
gaudium (内面的な) 喜びを


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