入祭唱 "Ne derelinquas me" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ1)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX p. 360; GRADUALE NOVUM I pp. 348–349.
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更新履歴

2023年10月4日

  •  現在の方針に合わせて対訳の部と逐語訳の部とを統合したほか,いろいろと細かい改善を行なった。

2020年2月2日 (日本時間3日)

  •  現在の方針に合わせて全面的に改訂し,タイトルも変更した。

2018年11月4日

  •  投稿 (10日後すなわち11月14日に更新したとの記録が残っているが,何をどう更新したのかは不明)
     


【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 1972年版Ordo Cantus Missae (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEXはだいたいこれに従っている) では,四旬節第2週の水曜日と年間第31週 (C年の主日を除く) とに割り当てられている。(「年間」「C年」「主日」などの用語についてはこちらをお読みいただきたい。)
 これらのうち,この入祭唱の伝統的な使用機会は四旬節第2週の水曜日のほうである。第2バチカン公会議後の典礼改革以来の教会暦で「年間」の各週に割り当てられている入祭唱の多くは,改革前の典礼の暦で「公現後第○○主日」や「聖霊降臨後第○○主日」に割り当てられているものなのだが,簡単にいうとそれだけでは足りないので,ほかのところから持ってこられたものがある。年間第4~6週および第29~32週の入祭唱がそれにあたり,興味深いことに,その多くが四旬節あるいはそれに類する (悔い改めの性格を強く持った) 日から持ってこられている。

 2002年版ミサ典書でも四旬節第2週の水曜日と年間第31主日 (※) とに割り当てられているが,後者について,こちらではC年にだけ別の定めがあるということはない。

※  年間第31週のうち主日だけという意味では必ずしもない。2002年版ミサ典書では一般に「第○○週」ではなく「第○○主日」と記されており,ほかの季節はともかく「年間」の週日 (≒平日) については入祭唱の定めがないので基本的には主日のそれをそのまま用いればよく,つまりこの相違はあまり気にしなくてよい。

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 1962年版ミサ典書では,四旬節第2週の水曜日に割り当てられている。
 AMSにまとめられている8~9世紀の諸聖歌書でも同様である。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Ne derelinquas me, Domine Deus meus, ne discedas a me: intende in adiutorium meum, Domine virtus salutis meae.
Ps. Domine, ne in furore tuo arguas me: neque in ira tua corripias me.
【アンティフォナ】私をお見捨てにならないでください,しゅよ,私の神よ,私から離れ去らないでください。私を助けることに御心をお向けください,主よ,私の救いの力よ。
【詩篇唱】主よ,御憤りをもって私を罪に定めないでください。御怒りをもって私を非難なさらないでください。

 ラテン語学習の教材としてお使いになりたい方のため,古典ラテン語式の母音の長短も示しておく。このテキストは教会ラテン語なので,この通り発音されるべきだというわけではなく,あくまで学習用のものとお考えいただきたい。
Nē dērelinquās mē, Domine Deus meus, nē discēdās ā mē: intende in adiūtōrium meum, Domine virtūs salūtis meae.
Ps. Domine, nē in furōre tuō arguās mē: neque in īrā tuā corripiās mē.

 アンティフォナの出典は詩篇第37篇 (ヘブライ語聖書では第38篇) 第22–23節であるが,テキストはVulgata=ガリア詩篇書ともローマ詩篇書とも少しずつ異なっている (「Vulgata=ガリア詩篇書」「ローマ詩篇書」とは何であるかについてはこちら)。
 まずVulgata (Biblia Sacra Vulgata Stuttgartensia第5版) では最初の "ne" が "non" となっており (意味は同じ),"discedas" (動詞,接続法・現在時制) が "discesseris" (接続法・完了時制) となっており,あと,終わりから3語めの "virtus (力よ)" がない。アルクィン聖書でも同様である。
 ローマ詩篇書でも "discedas" は "discesseris" となっており,また "virtus" の語はないが,こちらではその位置に "Deus (神よ)" とある。
 "discedas" と "discesseris" とは時制が異なるわけだが,この用法 (命令・禁止を表す接続法) においては同じ意味である (ニュアンスは異なるのかもしれないが)。

 詩篇唱にとられているのも同じ第37 (38) 篇であり,ここに掲げられているのはその第2節である。テキストはVulgata=ガリア詩篇書に一致している。
 

【対訳・逐語訳 (アンティフォナ)】

Ne derelinquas me,

私をお見捨てにならないでください,

nē dērelinquās 見捨てないでください (:[否定詞],dērelinquās:見捨ててください [動詞dērelinquō, dērelinquereの接続法・能動態・現在時制・2人称・単数の形]) ……2人称の接続法にはこのように,命令 (今回のように否定詞がついていれば「禁止」) を表す用法がある。
私を

Domine Deus meus,

しゅよ,私の神よ,
別訳:私の神である主よ,

Domine 主よ
Deus meus 私の神よ (Deus:神よ,meus:私の) …… "Domine"と同格。

  •  この呼びかけは,前の文にかかっているとも次の文にかかっているとも両方にかかっているともとれるし,さらには "Domine" が前に,"Deus meus" が後ろにかかっているという解釈も可能である (句読点は本来ないので)。GRADUALE TRIPLEXやGRADUALE NOVUMにおける区分線の大小に従うならば,前の文にかかるということになる。

ne discedas a me:

私から離れ去らないでください。

nē discēdās 離れ去らないでください (:[否定詞],discēdās:離れ去ってください [動詞discēdō, discēdereの接続法・能動態・現在時制・2人称・単数の形])
ā mē 私から (:私 [奪格])

intende in adiūtōrium meum,

私を助けることに御心をお向けください,

intende 注意を向けてください (動詞intendō, intendereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
in adiūtōrium meum 私への助け (私を助けること) に (adiūtōrium:助け [対格],meum:私の→私への)

  •  ラテン語では一般に,「~の」という意味の語は「~への」をも意味しうる。別の言い方をすると,"adiutorium meum" は「私助けること」を意味することもあれば「私助けること」を意味することもあり,今回は文脈からして後者である。

  •  前置詞 "in" には奪格が続くことも対格が続くこともあり,それぞれさまざまな意味を持っているが,対格が続く場合の基本的な意味は「~へ」であり,つまりこの場合の "in" は方向を示す働きをする。ここでも,「注意を向けて」ほしい方向を示している。

Domine virtūs salūtis meae.

しゅよ,私の救いの力よ。

Domine 主よ
virtūs 力よ ("Domine" と同格) ……本来は「徳」などいろいろな意味を持つ語。
salūtis meae 私の救いの (salūtis:救いの,meae:私の) ……直前の "virtus" にかかる。


【対訳・逐語訳 (詩篇唱)】

Domine, ne in furore tuo arguas me:

しゅよ,御憤りをもって私を罪に定めないでください。
別訳:(……)罰しないでください。

Domine 主よ
 (以下の内容を否定文にする否定詞)
in furōre tuō あなたの憤激のうちに,あなたの憤激をもって (furōre:燃えるような怒り [奪格],tuō:あなたの)
arguās 罪に定めてください,訴えてください,罰してください → 上の „ne“ と合わせて,「罪に定めないでください,訴えないでください,罰しないでください」(動詞arguō, arguereの接続法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
私を

neque in ira tua corripias me.

御怒りをもって私を非難なさらないでください。
別訳1:(……) 罰しないでください。
別訳2:(……) 破滅させないでください。

neque (以下の内容を否定文にする否定詞 "ne" に,英語でいうandを意味する "-que" がついたもの)
in īrā tuā あなたの怒りのうちに,あなたの怒りをもって (īrā:怒り [奪格],tuā:あなたの)
corripiās 非難してください,懲らしめてください,罰してください,破滅させてください → 上の "neque" と合わせて,「非難しないでください,懲らしめないでください,罰しないでください,破滅させないでください」(動詞corripiō, corripereの接続法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
mē 私を

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