入祭唱 "Omnis terra adoret te" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ21)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX p. 260–261; GRADUALE NOVUM I p. 224.
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更新履歴

2024年1月15日

  •   「教会の典礼における使用機会」の部に加筆した。

  •  対訳の部と逐語訳の部とを統合した。

2022年1月15日 (日本時間16日)

  •   「教会の典礼における使用機会」に大幅加筆した。この入祭唱の背景の理解のため重要な情報なので是非お読みいただきたい。また,これに関連する解説を「対訳」の第1文のところに加筆した。

2019年1月14日 (日本時間15日)

  •  投稿


【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 1972年版ORDO CANTUS MISSAE (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEXはだいたいこれに従っている) では,年間第2週に割り当てられている (「年間」とは何であるかについてはこちら)。ほかに,「種々の機会のミサ」のうち「諸々の民の福音化のため」のミサで用いることができる入祭唱の一つ,また随意ミサのうち「至聖なるエウカリスティアについて」のミサ (四旬節に行う場合) で用いることができる入祭唱の一つともなっている。

 2002年版ミサ典書でもこの入祭唱は年間第2主日に割り当てられているが,上に記した「種々の機会のミサ」や随意ミサのところにはそれぞれ別の入祭唱が記されている。なお,年間第2「週」でなく第2「主日」となっていることについてはここではあまり気にしなくてよい。年間においては週日 (平日) に別の入祭唱が定められているわけではないため,実際の運用にはあまり違いがないからである。

 年間第2週の始まりである年間第2主日 (早ければ1月14日,遅ければ1月20日) は,降誕節が終わって最初の主日 (日曜日) である。この日には,福音書として3年に1回 (C年) ヨハネによる福音書第2章第1–11節が朗読されるが,ここに記されている「カナの婚礼」は,古くは公現祭 (エピファニー。1月6日) に東方の博士たちの来訪やイエス・キリストの受洗と合わせて記念されていたできごとであった。あくまで「年間」というニュートラルな性格の時期に入ってはいるものの,この意味で,年間第2主日はなおも公現祭の (したがって降誕節の) 性格をある程度残している日だと言うことができるだろう

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 1962年版ミサ典書ではこの入祭唱は「公現後第2主日」に割り当てられており,公現後第2主日というのは改革後典礼でいう年間第2主日と同じタイミングである。改革後典礼では3年に1回しか朗読されない「カナの婚礼」の記事はこちらでは毎年朗読され,以てこの日の公現祭的性格をはっきりしたものにしている。この入祭唱が歌われるのがもともと想定されていたのはこのような日であるということは,是非とも念頭に置いておきたい。

 AMS (第21a欄) にまとめられている8~9世紀の聖歌書でも,この入祭唱は公現後第2主日のところに載っている。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Omnis terra adoret te, Deus, et psallat tibi: psalmum dicat nomini tuo, Altissime.
Ps. Iubilate Deo omnis terra, psalmum dicite nomini eius: date gloriam laudi eius.
【アンティフォナ】全地があなたを拝みますように,神よ,またあなたに向けて (楽器に合わせて/讃歌を) 歌いますように。(全地が) に向けて讃歌を歌いますように,至高者よ。
【詩篇唱】神に向かって歓呼せよ,全地 (の住人たち) よ,讃歌を彼の御名に向けて歌え。彼への讃美を輝かしいものにせよ。

 アンティフォナも詩篇唱も,詩篇第65篇 (ヘブライ語聖書では第66篇) からとられている。前者に用いられているのは第4節であり,後者については,ここに掲げられているのは第1–2節である。
 Vulgataのテキストとほとんど同じだが,"Deus (神よ)" および "Altissime (至高者よ)" という呼びかけはVulgataにはないので,付け加えられたものかもしれない (それかほかのラテン語聖書をもとにしているか)。Vulgataのほかの箇所を探すと,「至高者」という語が呼びかけの形で出ている例は2つだけあり,いずれもこの入祭唱とよく似た内容を持っている。

psallam nomini tuo, Altissime.
御名に向けてわたしは (楽器に合わせて/讃歌を) 歌います,至高者よ。

詩篇第9篇第3節

Bonum est confiteri Domino,
et psallere nomini tuo, Altissime:
主に感謝するのはよいことだ,
御名に向けて (楽器に合わせて/讃歌を) 歌うのはよいことです,至高者よ。

詩篇第91 (92) 篇第2節

いずれも動詞psallo, psallere (撥弦楽器をかき鳴らす,それに乗せて歌う,讃歌を歌う) を用いており,またいずれも「御名に (あなたの名に)」という言い方をしているという共通点があるのが興味深い。
 

【対訳・逐語訳 (アンティフォナ)】

Omnis terra adoret te, Deus,

全地があなたを拝みますように,神よ,

omnis 全部の
terra 地が
adoret 拝みますように (動詞adoro, adorareの接続法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
te あなたを
Deus 神よ

  •  前述の通り,この入祭唱がもともと割り当てられていた「公現後第2主日」は (そしてそれをある程度引き継ぐ「年間第2主日」も) 公現祭の続きのような内容を持つ。そして公現祭といえば東方の博士たち (神の民イスラエルの対概念としての「異邦人/諸国の民」の代表) による幼子イエスへの礼拝である。神の救いが今や選民ユダヤ人に限らずすべての民に拡大し,そして救いのしるしである神の子をすべての民が拝む,というまさに公現祭的なイメージが,この一文にはっきりと表れている。

et psallat tibi:

またあなたに向けて (全地が) (楽器に合わせて/讃歌を) 歌いますように。
別訳:またあなたに向けて (全地が) 楽器をかき鳴らしますように。

et (英:and)
psallat 撥弦楽器をかき鳴らしますように,楽器の音に乗せて歌いますように,讃美を歌いますように (動詞psallo, psallereの接続法・能動態・現在時制・3人称・単数の形) …… 主語は引き続き "omnis terra"。
tibi あなたに

psalmum dicat nomini tuo, Altissime.

(全地が) 御名に向けて讃歌を歌いますように,至高者よ。

psalmum 讃歌を,詩篇を
dicat 歌いますように (動詞dico, dicereの接続法・能動態・現在時制・3人称・単数の形) …… 主語は引き続き "omnis terra"。
nomini tuo あなたの名に (nomini:名前に,tuo:あなたの)
Altissime 至高者よ,最も高くいます方よ
…… 形容詞の最上級を名詞的に用いている。
…… 前回も書いたが,ふつう「言う」と訳される動詞dico, dicere (ここでは "dicat" という形になっている) には「歌う」という意味もある。


【対訳・逐語訳 (詩篇唱)】

Iubilate Deo omnis terra,

神に向かって歓呼せよ,全地 (の住人たち) よ,

iubilate 喜んで叫べ,歓呼せよ (動詞iubilo, iubilareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
Deo 神に
omnis 全部の 
terra 地よ (単数)

  •   「歓呼せよ」と訳した命令法の動詞 "iubilate" は複数形をとっているのに,呼びかけている対象である「全地」"omnis terra" は単数形である。七十人訳聖書のドイツ語訳 (Septuaginta Deutsch) が "alle (Bewohner der) Erde"「全地 (の住人たち) よ」と,「(の住人たち)」を訳文で補っており,こうすれば複数形で呼びかけているのがまあ問題なくなるので,私もこれに倣うことにした。

psalmum dicite nomini eius:

讃歌を彼の御名に向けて歌え。

psalmum 讃歌を,詩篇を
dicite 歌え (動詞dico, dicereの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
nomini eius 彼の名に (nomini:名前に,eius:彼の)

date gloriam laudi eius.
彼への讃美を輝かしいものにせよ。
直訳:彼への讃美に飾りを (輝きを/栄光を/誉れを) 与えよ。

date 与えよ (動詞do, dareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
gloriam 栄光を,誉れを,飾りを,輝きを
laudi eius 彼への讃美に (laudi:讃美に,eius:彼への) …… "eius" は最も一般的には「彼の」だが,これに限らずラテン語における名詞の属格や所有形容詞は「~の」だけでなく「~への」という意味でも用いられ,どちらなのかは文脈判断する。ここでは,「彼の讃美」すなわち「彼 (神) 讃美すること」より,「彼への讃美」すなわち「彼讃美すること」ととるほうが明らかにふさわしい。

  •  ただ神を讃える祈りを唱えるのも讃美だが,歌うことにより,讃美自体が美しいもの,輝かしいものになる (そしてそれが,神の栄光を地上で示すことにもなるだろう)。直前の「讃歌を彼の御名に歌え」の言い換えであるとともに,讃歌を歌うこと (ひいては教会音楽全体) の意義の一つを教えてくれている言葉だと思う。

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