全力で自分を甘やかすのは、“気持ち”が仕事道具だから
ここ数日、少し古い時代の講演がわたしの部屋のBGMになっている。内容が深くて学びがあるから聴いているのだけれど、なんせ聞きにくい…講演会の音源のはずが、なんだか独り言のように聞こえる。なんとも聞きにくい……
こんなことをきっかけに、動画で学ぶことも当たり前になった今、みんなの“わかりやすく話すスキル”が格段に上がっていることをはじめて気付かされる。もちろんうまい•下手の差はあるけれど、平均レベルが急上昇したんだな。いいお手本が流通すると、やがてそれが当たり前になっていく様子をみられた気がしてちょっとうれしい。
……とはいえ、「聞き取りにくさ」というのは、思っている以上にストレスがかかる。騒がしい環境で小さな声を聞かなければならないこと。わたしだったら、複数の人の声が重なっているインタビュー音源の文字起こしとかね。
なぜこの話を取り上げて書いているかといえば、これが今のわたしの生活で唯一と言えるくらいのストレッサーだから。何か理由がないときは、ストレスを感じること•感じそうなことは自然と避けて暮らしているので、気持ちが落ち込んだり、悩んだり不安になったりすることがほとんどなくなった。
逆に、自分がうれしくなるものをこれでもか! というくらいに摂取している。#毎日自分にごほうびを のタグをつけてときどきTwitterにごほうび写真を投稿するのはその一部。
おいしいもの、ほしいもの、参加したいイベントやライブ。ほしい! という気持ちを抑え込まずに、遠慮なく、たっぷりと甘やかす。
こうやって書き並べると、我ながらワガママに生きてるなぁと思えてくる。それでもいい。これは、わたしにとっては欠かせないことだから。
仕事でインタビューやライティングをする。プライベートでは、ファン活動に全力を注ぐ。生活すべてにおいて気持ちを注ぐ。とにかく、気持ちが下がったらすべてがうまく回らなくなるライフスタイルになっていた。となれば、気持ちを良い状態で保つために注力するのは必要不可欠。料理人が包丁を砥いだりスポーツ選手が道具の手入れをしたりするのと同じことのはずよね。
先日、水墨画家の方に取材させていただいた。彼女のお話の中で「楽しい気持ちで描けば楽しい作品になるし、いやだなという気持ちで描けばそれが表れる」というのが、あぁ正にその通りだなぁと思った。
いろんなものや人の影響を受けて気持ちが揺れやすいタイプだということは、わたし自身と長く付き合ってきてもう十分すぎるくらいに分かっている。だからこそ、わがままでも自分勝手でも何でもいいから、自分の気持ちが明るく楽しくいられる方を優先してあげる。わたしくらい、わたしに優しくしてあげたっていいじゃない?
お仕事面からすこし付け加えると、わたしがメインでしていることはファンづくりのお手伝いだ。どんなお仕事も、最終的に受け取ってもらうのはファンの人、またはファン候補の人たちになる。自分がファン業(?)を長くやっているから痛いほど分かっているのは、ファンって思っている以上に敏感だし、ネガティブに反応しやすいこと。ファンでい続けてもらうためには、いかにネガティブ要素を減らして、心地よく、気持ちよく、愛し続けてもらうこと。
そういう人たちに受け取ってもらうものだから、わたし自身がいつもよい気持ちでいて、素敵だなぁ推したいなぁってポイントをたくさん見つけるインタビューをしたり、受け取った好きをたくさん詰め込んで記事にしたりしたいなぁと思っている。