痛くない

 これは以前、俺がラブホテルでバイトをしていた時の話だ。
 ご存知のようにラブホテルの利用目的は、男女の秘め事がほとんどである。だから従業員は、お客様の目につかないように仕事をする。基本的に従業員は、エレベーターの使用は禁止。退入室の多い時間帯は、何度も階段を昇り降りすることになる。
 俺の務めていたラブホテルでは、効率よく清掃作業をするために、休息から宿泊に切り替わる午前0時前などは、階段の踊り場で待機していることが多い。
 その日も4階の踊り場で待機していると、階段を駆け下りる靴音がする。時々、痴話喧嘩果てや料金を踏み倒すためにこのような輩がいる。
男が「助けてくれー」と叫びながら駆け下りて来る。俺は取り押さえるために身構えていたが、男に突き飛ばさて踊り場で仰向けに倒れてしまった。直後に後を追ってきた女に踏まれたはずだが…。「何で痛くないんだ」と思った瞬間、悪寒が走り、金縛りになったように固まってしまった。
 後から駆け付けた主任は、俺を哀れみの目で見下ろしている。
 俺が、すぐにバイトを辞めたのは言うまでもない。

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